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04-リナリアの困惑

 いや、酷いのはどっちだ。泥酔した女性を部屋に連れ込むなんて——。

 そう言い返したかった。だが、目の前にいるのはこの国の第三王子。王族相手に文句を言えば、それは不敬罪にあたる。立場も身分もまるで違う。第一、こんな状況になったのは、私が油断していたせいでもあるのだ。


 ……でも、それとは別の話。



 それよりもリナとか呼ぶのは辞めて欲しい。私達は愛称で呼び合う仲ではなかったよね。

 私は心の中で目の前にいる王子に文句を言った。


 本当は口に出してはっきり言いたいのだが、流石に王子相手にそんなことを言ったら不敬罪になると思いグッと堪えた。


「リナ、この世界でも君に会えるなんて嬉しいよ」


 その言葉に、私は金縛りにあったように身体が動かなくなった。

 ……え? 今、何て言った?

 “この世界でも”って……どういう意味?

 思考が一気に渦を巻き、第三王子——いや、“彼”の言葉の意味がすぐには理解できなかった。

 “この世界でも”ということは、つまり——“別の世界”でも会っていたという意味?


 まさか、前世……?

 私は一気に胸がざわめき、彼を凝視した。



「……まさか……」

「やっと気づいてくれたようだね」

 彼は柔らかく微笑む。

「そう。俺は斗真だ。君は……莉奈だろ? 前世で、俺の恋人だった」

「斗真……?」



 私は言葉を失った。


 唇がかすかに震える。目の前にいるこの男が、あの斗真——前世で私を裏切った、あの人?


「やっぱり君は前世の記憶があるんだね。俺と同じように……」

 斗真——いや、今世の第三王子は、懐かしさに満ちた目で私を見つめる。


「俺はずっと莉奈を捜していたんだ。転生したと知った時、もしかしたら莉奈もこの世界に転生したんじゃないかと思って。そしてやっと見つけた。莉奈、会いたかった」


 その言葉は、静かに私の胸に流れ込んできた。

 けれど——私は動けなかった。頭も、心も、何もかもが混乱していた。


 気がつけば、私は斗真の腕の中に包まれていた。懐かしいぬくもり、知っている体温。でも、それ以上に、怒りと哀しみが私の中に渦巻いていた。


 ——ドンッ!

反射的に、私は彼の胸を強く押し返した。そして、一歩、二歩と距離を取る。

「莉奈……なぜ……?」

 困惑する斗真が、眉尻を哀しげに下げた。

 でも、私はもう泣かない。


「何を言ってるの? 私が“前世持ち”だって分かってるなら、私が“あなたに裏切られたこと”も思い出したって当然分かるはずよね」

 私は唇を強く噛みしめた。視界がにじみそうになるのを、ぎりぎりで堪える。

「もう騙されない。……遊びだったくせに」

「違う! あれは違うんだ!」


「何がよ! 斗真のマンションに、我が物顔でいたあの女はどう説明するの? “婚約者”って名乗ってたわよね? あそこはカードキーがないと入れないはず。……彼女に渡したのはあなたでしょ!」

 言葉と一緒に、込み上げていた感情があふれていく。怒りも、哀しみも、悔しさも。


 涙が、止まらなかった。

 前世の私——莉奈は、井上斗真という名の医者と付き合っていた。私は総合病院の看護師で、彼は若くして将来を嘱望されるイケメン医師。女性の影が絶えない人だった。


 ……それでも私は、彼を信じた。

初めて付き合った男性だった。初めて手を繋いで、初めてキスして、初めて愛し合って。……全部、彼に捧げた。

 でも、最後には裏切られた。


 あの夜。彼の部屋の合鍵で入った時、そこに見知らぬ女がいた。彼のTシャツを着て、まるで当然のようにソファに座っていた。

 私の存在は、ただの“遊び”だったのだと……その時、思い知った。


 ——それなのに、今になって「会いたかった」だなんて、どの口が言うの。

「私は……前世を思い出してから、恋愛も結婚も夢を見られなくなったの。だからこの世界では、侍女として生きていくつもりだった。……一生、独りで」


この世界では、貴族の娘が働くことは少ない。だが、私は自ら望んで王宮に出仕した。

 恋に期待なんて、もうしないために。


 この世界の両親は「良き縁に恵まれますように」と願って送り出してくれた。でも私は違った。結婚など考えず、一生働いて生きていく覚悟でここにいる。


 王宮には、騎士や文官、従者として多くの男性も働いている。いわゆる“職場結婚”が主流だ。でも、私は最初からその選択肢を捨てていた。

 ——なのに、どうして今さらあなたが現れるの。


 しかも、また王子様の姿で。見た目も完璧で、誰から見ても憧れの的。

 ……ずるい。


 どうして、私だけ——いつもこんなに不器用で、傷つくばかりなの。

 この世界では子爵家の娘として生まれたけれど、容姿はいたって平凡。いくら前世よりマシとはいえ、周囲の貴族令嬢たちは目が眩むほどの美少女ばかり。私はまるで、石畳の隅に転がる小石みたいな存在。


 目立ちたいわけじゃないけど……それでも、虚しい。

 前世の私は、看護師として女性の多い職場で働いていた。派手でも美人でもない私が、あの斗真と付き合っていたのは、本当に奇跡だったのかもしれない。


 でも——

 結局は、終わった。

 酔った勢いで始まった関係。気づけば夢中になって、初めての全てを捧げて。

 そして、裏切られた。

 そう。私はまた同じことを繰り返していたのだ。


 酔って、無防備になって一夜を過ごしてしまった。

 なんて、成長のない人間なんだろう。

 思い出したら、胸が締めつけられて……息が苦しくなってくる。

 ああ、もう。


「どうせ遊ぶなら、もっと遊びに慣れてる女を選べばよかったじゃない!」

 気づけば、叫んでいた。

「何で、私なんか選んだのよ! 真面目で、要領悪くて、すぐ信じて、すぐ傷つく私を……どうして……!」


 涙が、また溢れてきた。目の前がぼやけて、斗真の表情が見えなくなる。

 私の頭の中には、彼と出会った日から、付き合い始めた時のこと、そしてあの夜——裏切りを知った瞬間までの全てが、走馬灯のように蘇っていた。


 そして、再び向き合った今。

 私の心は、まだ癒えていなかったのだと……嫌というほど思い知らされた。

 ああ……こんなやつの前で涙を流すなんて……悔しい……


 それでもこんなにも好きだったことに気づくなんて……本当に私ってなんてバカなんだろう……




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