16-婚約
私とトーマの婚約は思ったよりすんなりと結ばれた。
慌てて登城してきたお父様とお母様は私と最初に顔を合わせたときにまだ疑っていたけど、トーマと会って漸く信じたようだった。
「リナリア、何がどうなってどうやってこうなった?」
顔を合わせた途端、開口一番でお父様が私に詰め寄った。まさか子爵の子女が最高位の中の一人である第三王子との婚約を打診されるなんて夢にも思わなかったのだろう。どう見ても動揺しているのは明らかだった。
お母様なんて
「ああ、リナリー貴方ってば何をしでかしたの?」
なんて、婚約の打診ではなくて何かのお咎めが有ったかのような言い回しをしていた。何で私が何かやらかした前提なのだろう? 王家からの婚約の打診じゃなくて何か別のことと取り違えたと思ったのだろうか? そんな事あるわけないのに。
それ程、私が第三王子と婚約すると言うのはきっと二人にとってあり得ないことだったのだろう。
その後何とかトーマの説明で納得したお父様とお母様はだったが、
「おお、トーマス殿下、何と懐が深い! しがない子爵娘、しかも何の取り柄もなく然程美しいとも言えない娘を娶って頂けるなんて何てありがたい」
「本当に殿下には感謝に堪えません。殿下のお声がかからなければ娘は一生独り身だったかもしれません。どうか呉々も娘をよろしくお願いします」
と大げさなほどありがたがり、まるで神を崇めるような態度だった。それにしても、所々で娘を貶めるような言葉はどうかと思う。例え事実だとしても。
トーマは、
「私こそ、リナリア嬢に出会えたことは僥倖でした。リナリア嬢はとても真面目で可愛らしい。もしリナリア嬢に出会えなかったら私こそ一生独り身だったでしょう」
何て満面の笑みで答えるものだから、お父様とお母さまは一瞬頬を染めて固まっていた。イケメンスマイル恐るべし。誰をも魅了するそのスキルってズルすぎない?
トーマは難なく私の両親を懐柔したから万が一私達が喧嘩をしたり離婚なんてことになったら私の方が悪者扱いされるに違いない。
ふうっと密かに溜息を漏らしたのに、トーマは直ぐに惚けるような顔で私を見つめるから私はいちいちドキドキしてしまう。
庭に出て話をしている途中、ふとこの先の事を考えて少し不安そうな顔をしただけで
「どうしたの? リナ。何か心配な事でもあるのかな? 俺がリナの心配は全部払拭するから大丈夫だよ」
何て言って私の腰を抱き額にキスをした。
え? ちょっと待って、周りにトーマの従者達もいるんですけど。いや、それよりも貴方元日本人ですよね。日本男児の殆どはそんな事しませんよね。
心の中で叫びながら顔に熱が集まってくる。動揺のあまり言葉が出ない。
「クスッ、真っ赤になって可愛い。俺達もう一緒に寝た仲なのに」
いや、ここでそれを言いますか? そりゃあ一夜を共にしたけど私達まだ清い関係ですよね、今世では。それに貴方の従者達にも見られていますよ。
と言いたいのにあまりに動揺して何も言えなかった。悔しい。
そっと周りを見てみるとみんな目を逸らして見ない振りをしているしもうそれだけで恥ずかしいんですけど。
前世よりも甘々な態度は全然慣れなくてムズムズするのに嫌ではないから困ってしまう。
婚約が正式に交わされると、私は第三王子の婚約者として東の離宮に移った。しかもトーマの隣の部屋に。部屋の中にはトーマの部屋に続くドアがあって自由に出入り出来る様だった。つまり、夫婦の部屋である。
え? 私達まだ結婚前ですよね。そう言ったら、
「もう同衾した仲だからいいんだよ。どうせ直ぐに結婚するんだし子供が出来ても心配しなくても大丈夫だから」
なんてトーマが宣った。何が大丈夫か全く分からない。
結局、トーマはもう我慢出来ないなんて言うもんだから、今世でも私の初めては全部トーマに捧げたのだった。まぁ、私が拒絶すればトーマはきっと我慢したのかも知れないが、私だってトーマの全部が欲しいと思ったのは否定できない。
「あーあ。結局前世も今世も私の全部はトーマに捧げちゃったから、私はトーマしか知らないってことね」
とボソリと呟いた私の声を拾ったトーマは惚けるような顔で
「うれしいよ、リナ。俺の全部も今世ではリナが初めてだよ」
と言って私を強く抱きしめた。
あれ? 今世では……? まあね、今世は私と一つ上だけど、前世では6つ上で30前のトーマはずっと私より大人だったから仕方が無いと言えば仕方が無いけどね。
「ふーん、今世では……ねぇ。じゃあ前世では違かったってことね」
でもちょっと意地悪を言ってしまった。それなのに
「ふーん、妬いているリナも可愛い」
何て言って蕩けるような笑みを浮かべて抱きしめられた私は何も言えなくなったのだった。




