15-リナリアの氷解
「リナ、今世では絶対に幸せにする。だから俺の婚約者になって」
斗真はそう言って強く抱きしめてきたが、私は混乱のあまり人形の様に微動だに出来ない。ゆっくりと腕の力を緩め、私の瞳を見つめる斗真に私は前世の話を詳しく話して欲しいと懇願した。
斗真は私の誤解を解くべく順を追って説明してくれた。
話し終えると縋るような瞳を私に向ける斗真……じゃなくて今はトーマス殿下だったわね。
「ええと、話は分かったわ。斗真……トーマス殿下が裏切ったのではなかったと言うことは」
「よかった。だったらリナ、今世は俺と結婚しよう。それと俺のことは前世と同じようにトーマと呼んで欲しい。幸いにして今の名はトーマスだしおかしくはないだろ? 俺も君のことはリナって呼ぶよ。もう呼んでいるけど、君も同じくリナリアだからリナって呼んでも違和感はないと思うんだ」
「でも、いいのかしら? 私はしがない子爵家の娘で今はタダの侍女。不敬に当たるんじゃないかしら」
「そんなの全然問題ないよ。君は俺の婚約者になるのだから」
「婚約者……?」
私は驚きのあまり言葉を失った。
え? いくら一夜を共にしたからって今の斗真はこの国の王子。そう簡単に婚約者を決めてしまって良いわけないでしょ? 貴族と言え私の家は子爵。王族の婚約者としては身分が低すぎると思うんだけど。
「いやだなぁ、そんなに驚くなんて。婚約者になるのは当たり前だろ? なんせ俺達は既に同衾した中なんだから」
「え? ちょっと待って殿下……」
私が言葉を発するとトーマが私の唇に人差し指を当てた。
「リナ、殿下じゃない。トーマと呼んで、ね?」
笑みを向けながら発するトーマの言葉には有無を言わせないような圧力を感じた。
「えっと、トーマ? でも私達何もなかったわよね」
「そうだね。でも一晩を俺の部屋で過ごしたことはもう知られているよ」
「え? 誰に? だってあの時この部屋を出るときに誰とも会わなかったわよ」
「ねぇ、リナ。仮にも王子である俺に目に見える護衛しかいないと思う?」
「え?」
「俺も王子の端くれ。ちゃんと王家の影がついているんだよ」
王家の影。そう言えば聞いたことがある。人目につかないところで王族の護衛をしたり諜報活動をする家臣だと言う。
「そう、私が人目につかないように頑張って自室に戻ったのは無駄だったと言う事ね」
「その通りだね。だからリナはもう俺と結婚するしかないんだよ。出なければ一生結婚は出来ないからね」
「そうね。でもそれでもいいかもね」
トーマは私の言葉に驚いた様に目を見開いた。
「ダッ、ダメだよ! リナ。ごめん。脅すような真似をして本当にごめん。だから俺の婚約者になって俺と結婚して。絶対に大切にするよ。だから……」
トーマは瞳を潤ませて私に懇願した。そこまで言われると私は拒否することが出来なくなった。
「トーマ、分かったわ。でも、いくら何でもそう簡単に婚約なんて出来ないと思うの。分かっていると思うけど貴族同士の婚約には当主同士の了承が必要なのよ。つまり、トーマの父親である陛下と私の父親の了承なんだけど、私の父親は兎も角陛下の了承を得ることは難しいんじゃないかしら?」
「それは大丈夫。もう了承は得たから。それに君のハーセンロンダ子爵にはもう知らせてある。明日にでも登城するんじゃないかな」
「はいぃぃ?」
私はトーマの言葉にまたもや言葉を失った。
え? 私が殿下……トーマと一夜を共にしたのは一昨日で、もう陛下に了承を得て私のお父様にも知らせたって。なにそれ? 対応が早すぎない?
「えっとぉ……陛下が了承したなんて。それに明日お父様が来るって……ええぇぇっっ?」
いや、待って、どういう事? 私が王族と結婚? 私はあまりの急展開に頭を抱えた。
でもさっきトーマは私に「結婚して」って言ったばかりよね。と言うことは私の了承を待たずに行動に移したって事? もしかして計画的なの? そうなの?
あれ? ちょっと待って。そう言えば第三王子は女たらしだって言う噂が有ったわね。何か良いように丸め込まれた? 私騙されてないわよね。
そう思ってトーマに尋ねたら、私を捜すためにご令嬢達とは浅い付き合いをしていたらしい。
トーマは、
「絶対に命に誓って、いやリナに誓って誰にも手を出していない。信じてくれ!」
と必死に懇願していたから大丈夫だと思いたいわ。
トーマの策略に嵌ったことを知っても心の中ではすっかり許してしまった私はやっぱり甘いのかも知れない。前世での裏切りが誤解だと知って嬉しかったからだと思うけど。
兎に角、私はトーマと婚約することを受け入れたのだが、前世の恋人だとは言え相手は王族だと言うことを考えると不安が過ぎったのだった。




