14-王子の贖罪
10才の時前世の記憶が蘇ってから俺は絶望した。あの時誤解を解くことが出来ないまま命を失ってしまったことに気付いて。あの時、莉奈の瞳には侮蔑よりも悲嘆の方が強く表れていたことに心が抉られるように辛かった。
莉奈、ごめん。何をしたってもう取り返しのつかないことだけど俺にはそう心の中で謝罪することしか出来なかった。莉奈の最後の俺を見つめる瞳を思い出す度に心の奥底に痛みが走るようだった。
きっとあの時莉奈は俺と一緒に死んだのかも知れない。俺は莉奈を悲しませるばかりか守ることも出来なかったのだ。
……俺と一緒に死んだ……ん? 待てよ。俺と一緒に死んだと言うのなら莉奈も生まれ変わっている可能性があるのか? この世界に……あの時俺の腕の中には確かに莉奈がいたのだから。
だったら、莉奈がこの世界にいるかも知れない。そうだ、前世では莉奈を最後まで守ることが出来なかったけど、今世で莉奈と巡り会えたら今度は絶対に幸せにしてやる。だから俺はそれまで誰とも結婚はしないことにしよう。
第三王子と言うのも都合が良い。上には兄が二人いるのだから別に跡取りを作る必要もないのだから無理に結婚しなくてもいいだろう。そうだ、莉奈と巡り会えないのなら俺は結婚しない。
これは前世の俺に対する贖罪だ。こうして俺に前世の記憶があるのもきっとその為だ。
それから俺は莉奈を捜すために表では愛想の良い王子を演じた。数々のご令嬢が寄って来たが浅い付き合いで済ませた。婚約者の話が出たときにも自分で見つけたいと言えば、第三王子と言う事も有ってか大目に見て貰えた。
付き合う度に令嬢達の癖や言葉を分析してリナの生まれ変わりではないかと見極めた。その間に俺が彼方此方で浮き名を流していると言う噂が出てしまったが決して手を出すことはしなかった。
いや、手を出したいとも思わなかった。彼女以外は誰でも同じだと思っていたから。俺が求めるのは莉奈だけだったから。
莉奈を捜し初めてからもうすぐ7年は経とうかと言う時だった。
東の棟と西の棟の間にある噴水の前で何人かの侍女同士で話している声が聞こえた。
「実は昨日私の領地からワインを手に入れたの。みんなで飲みましょうよ」
「えー私お酒飲めないのよね」
「私も」
「あら? 私は是非頂きたいわ。ねぇ、メリッサ私は参加するわよ」
「リナリー、ああ、心の友よー」
「あはは、どっかのアニメの少年みたいな事いうのね」
「アニメの少年?」
「あっ、何でもないわ。気にしないで」
「ふーん、まぁリナリーが意味不明な事を言うのは以前からだったわね。兎に角今夜私の部屋に来てね」
木立の影で聞き耳を立てていた俺はその時の会話に衝撃を受けた。
アニメの少年……紛れもなく前世で馴染みのある言葉だった。もしかしてあのリナリーと呼ばれていた娘は俺と同じ前世の記憶があるに違いない。
それから俺はその娘の情報を調べ始めた。
詳細はすぐに分かった。昨年から俺のすぐ下の妹である第二王女セレナの侍女として働いていること、ハーセンロンダ子爵の長女であること、年は俺の一つ下であること。
名前はリナリア・ハーセンロンダ。前世の莉奈という名前とリンクしている。俺の場合も前世の斗真と今世のトーマスの名がリンクしている。どういう仕組みかは分からない。もしかしたら単なる偶然かも知れない。
それでも、何故か俺にはリナリアが莉奈だと言うことを確信した。
それから俺は時々影に隠れてリナの様子を覗うようになった。良く見ると前世の色味は異なるが前世のリナと顔形が似ていることに気付いた。王家の影にも逐一リナのことを報告して貰った。ここで弁明しておく。決してストーカーではない。前世で果たせなかったリナを幸せにするという義務を果たすためだ。
さて、どうやってリナに認識して貰うか。俺は考えを巡らせた。そうこうしているうちにリナは従者の間でかなり人気が高いことを知った。
真面目で仕事熱心、見た目も可愛い。前世でもそうだったがリナは自分がもてるということに気がついていない。だから下心満載で近づく男達に対しても警戒心が薄い。警備が厚いこの城で不埒な真似をする者もいないだろうが、強引な誘いには乗ってしまうかも知れない。
前世のリナも強引さには勝てなかったようだったから。
まぁ、それをしたのは俺だが。
そんな焦りの中、チャンスが訪れた。王家の影から夜遅くにリナが庭で一人で飲んでいるとの報告が上がったのだ。
何て無防備な。いや、だがこれはチャンスかも知れない。そう思って俺はリナに声をかけてまんまと自室に連れ込むことに成功したのだった。




