宇宙の異世界料理人
続いて僕がやってきたのは、白熊さんのレストランだ。
宇宙広しといえども、極上の異世界グルメが食べられる場所はここしかないのは間違いないに違いない。
しかし地球人である白熊さんから見ても月は友好的とは言えない相手である。
「こんにちは、白熊さん。ちょっといいかな?」
「ちょっと待ってね……うん。今行くよ」
声がしてしばし。
バッチリ見慣れたエプロン姿の麗人は、アツアツの一皿と一冊の本をもって僕のところにやって来た。
「お待たせ」
「おや? 新作? 揚げ物の様だけど」
「そう。ドラゴンと肉キメラのメンチカツだね」
「……合わせていい奴なのそれ?」
「それを確かめるための実食だよ。うん……悪くない」
ためらいなくシャクリとおいしそうに食べる白熊さんにつられて僕も一口。
すると、混然一体となった極上の油が僕の舌の上で溶けた。
こいつはすごい。
ただ感動を口にする前に、白熊さんは僕にもう一つ持ってきた本を差し出した。
その本は皮の装丁が施されていて、使い込まれているのかずいぶんくたびれているようにも見えた。
「これなんだかわかる?」
「いや、わからない?」
「メニュー表さ。気に入った料理が出来たら書いていってたんだ」
白熊さんは本を開いて見せてくれる。そこには今まで食べた料理の数々がびっしりと書き込まれていた。
「……ああ、そういえば食事の感想を毎回聞いていたね」
ならこのメニュー表はここに来てから積み上げた集大成というわけか。
白熊さんはそうだよと笑い、本を眺める。
懐かしむような白熊さんの表情を見れば、ここに書かれたメニューの一つ一つが彼女にとって掛け替えのない記録なのだと僕にも分かった。
「そう。最初は殆どゼロからのスタートだった。地球じゃ料理なんて言っても塩をかけて肉を焼くくらいしかできなかったからね。実は料理らしい料理は作ったことがなかったんだ」
「白熊さんは最初から料理はうまかった気がしたけれど?」
「はははっ。そうだったら嬉しいけどね、でもまだまだ足りない」
「そうなの?」
「もちろん。まだまだ君達に食べてもらってないものも沢山あるから。だから、今回の件が終わったら……もっとたくさん食べてもらいたいなって思ってる」
白熊さんはジッと僕の目を見つめていた。
僕は妙に覚悟の決まった白熊さんの表情を見て、察してしまった。
「……ひょっとして、もうわかってる?」
「何か来たんだろう? わかるさ」
顔に出ていたかと僕は思わずヘルメットを触ってしまったが、白熊さんからは笑われてしまった。
「うおっほん。えーっと……当たりだね。うん。今このコロニーに月の艦隊が接近中だよ。まだ交戦するとは決まってないけれど、月と直接話をすることになるのは確定だ」
「月かぁ。……なるほどね。いっそ殲滅して、なかったことにしたい気分ではあるな」
「物騒な宣言。そんなこと出来るかなぁ」
僕は言葉を濁すが、こちらを覗き込む白熊さんの表情はいたって真面目で、目は本気だった。
「出来るさ。君が求めるならやって見せるよ。君はそう指示を出してくれればいい」
余りにもはっきりと口にする白熊さんに、僕は息をのんだ。
戦う意思は本物で、今見せてくれたレシピも何もかも、この場所を守るためなら捨て去ってもいいという覚悟さえ感じたほどだ。
「……僕の命令なんか聞き流してくれて構わないよ? 元よりそんな立場じゃないんだから」
「いいや、そういう立場だ。なんなら、君だけ逃げるって選択も視野に入れていいんじゃないかな?」
「僕だけ逃げる?」
ただ、思ってもみなかった提案に僕は面食らうが白熊さんは続けた。
「そう。誰かを助けられるならボクは君を助けたい。勝っても負けても、これからこのコロニーにはどんどん人がやって来るだろう。ボクやフーさんは……まぁ結果的にではあるけど脱走兵みたいなものだし、帰ったところで先はない。でも君はそうじゃないんだろう? なら、ゲートを使って今のうちにコロニーに帰ったっていいはずだ」
「それはないな」
僕は答えた。
僕だけ帰るという選択肢は、ない。
すると白熊さんは苦笑しつつもアッサリと頷いた。
「……そっか。ゴメン。でも色々な可能性は考えておいてよ。ボクらは君からの願い事なら大抵の事なら引き受けるってことは覚えておいてほしいな」
白熊さんの言葉に嘘はないのだろう。冗談でこんなことを言うような人ではないと僕だってわかっていた。
でもだからこそ、あまり早まったことはしてほしくないというのが僕の本音だった。
「ありがとう。でも僕も僕なりの考えはあるさ。この後相手次第では君達の力を借りることになると思う。ただ、このコロニーはシュウマツさんの夢の世界だ。命を懸けるに値するのか、その辺りよく考えておいてね?」
「命を懸けるに値するかだって? そんなのあるに決まっているじゃないか。だから心配なんだよ」
「そう?」
「ああ……誰だって命と引き換えにしたってこのコロニーは欲しいはずだ。ボクは少なくとももう全賭けしているくらいだ。このコロニーはもうシュウマツさんだけの夢じゃない」
白熊さんに言われて、僕は目を丸くした。
ああ確かにそうだ。最初はシュウマツさんの言葉に乗っかっただけだったコロニーは、もうそれだけではない。
僕もまた、シュウマツさんの見せる夢に魅せられている。
「そうだね……これは僕らの夢だ。でもね、実は僕の夢が始まるんだとしたらここからなんだよ。だから僕の言葉を忘れないでおいて。君達はいつでもこの夢を終わらせられるってことも含めてね」
「……それは一体どういう意味だい?」
白熊さんの表情が少しだけ怪訝そうにしかめられたのを感じ、僕はしまったと頭を掻いた。
今のは言葉が足りなかった。まだ方針も決めていない段階で話すことでもない。
「ああ、ゴメン。ちょっと飛躍しすぎたね。この後話し合いをするから、僕の家に集まって。そこできちんと今後の方針も話をしよう。じゃあ、また後で」
手を振って、僕はレストランを後にする。
やっぱりフーさんも白熊さんも、ここに来るまでに色々と考えてくれているようだった。
だが―――僕もノープランではない。
それこそ、フーさんや、白熊さんを巻き込むのは心苦しいのだが、どう切り出したものかと僕は首を傾げた。