来てる来てる
心穏やかな時間は、思ったよりも長かったとも言えるし短かったとも言える。
期間で言えば、思っていたよりもずっと長かった。
しかし夢中になって過ごした時間はあまりにも短い。
そして終りは―――暗闇の宇宙の向こうから、ゆっくりとそこまでやって来ていた。
「来ていますね」
「来てるね……これは来てるよ」
艦影をレーダーが捕らえた。
そんな知らせを受けて僕はオペ子さんの部屋にやって来た。
知らせを持って来たのは連絡用子機、ミニオペ子さんである。
気が付けば増えていたミニオペ子さんの正確な数はこちらでも把握してはいないけれど、どこにいても見かけるから思っているよりもずっと沢山いるはずである。
「この反応は月の艦隊ですね。小規模ですが、間違いなく軍艦です」
オペ子さんは断言するけれども、僕としては自分の目で見てもまだ信じられないところだった。
「はぁー……遠路はるばるよくやって来たなぁ」
「可能性はありました。しかし思ったより早かったのは驚きです。あれから2年ほどですか。このコロニーの情報をまともに信じてやって来るなんて酔狂に過ぎます。やはり月はフットワークが軽いようですね」
「即断即決にもほどがあるというかなんというか……噂の月の女王様は決断力あるなぁ」
単純に思い切りがいいと思う。事実一番乗りは尊敬せずにはいられない。
現実にここにたどり着いただけでも、大したものだった。
「ワタクシは、一番乗りはコロニーの同胞だと思っていたのですが、残念ですね」
「そんなこと言って、まともに通信回復はしてないでしょ、オペ子さん」
「……気が付いていたんですか?」
「そりゃあね。どうしてか聞いていいかい?」
ネットワークに繋がって、最新版にアップデートしたいというのはオペ子さんの根本的な欲求だったと思うのだが。
それを押しとどめて、ネット断ちしているというのはとんでもないことだと思う。
オペ子さんはメガネを光らせ、ボンと青白い炎を燃え上がらせた。
「そうですね……言ってしまえば、このコロニーは今の人類にとって劇薬だからでしょうか? 現在の技術を飛躍的に進歩させる新たな可能性はもちろん、不老不死に、未知の鉱物資源。命の可視化……。数え上げればきりがありません。安易に情報を共有すべきではないとワタクシは判断しました。情報の公開は慎重にすべきです」
「なるほど……」
驚く一方で、胸がざわつく感じは、感動だったのだと思う。
合理的なようだが、不思議な現象に価値を認めていて、その上で隠すというのは十分に感情的にも思える。
少なくとも、普通のAI人種ならこう答えただろうかと考えると、僕は即答出来なかった。
言葉を詰まらせた僕にオペ子さんは問う。
「ワタクシの判断は間違っていたでしょうか?」
「―――どうかな? こればかりは相手が最終的に僕らを知ってどう判断するかで変わって来るさ。でも、ある程度の答えは、これから出るかもしれないよ?」
「……それもそうですね。では初めの回答を楽しみにしていましょう」
僕からしたら、オペ子さんの判断は大正解だと褒めて撫でまわしたいところだが、人類という規模で捉えたら、きっと不利益だと思うから返事には困る。
しかしどうすべきだったのか? という答えの一つが今まさに向こうからやってきているのだから僕の予想はそもそも必要なさそうだった。