魔法特訓
「ぎゃああああああ!」
トリケラトプスと言えば突進だ。
そんな軽い気持ちで指示を出したのが間違いだった。
僕は軽くダッシュをするくらいだと思っていたのにその突進は思っていた以上にハードだった。
しがみつくだけで精一杯の僕は、かれこれ数分ロディオをする羽目になった。
「たぁすけてーー」
「楽しそうだなぁ」
「たのしくないからねー!?」
あ、この危機的状況が伝わってない。死んじゃう!
手がしびれ、死の予感を感じ始めた頃、トリケラタックルを止めたのはやけに弾力のある水の塊だった。
「ガバゴバボボ!」
ドパンと水が弾けて、そのまま体がつつみこまれてゆく。
訳が分からずに水の中でもがいていると、気が付いたら僕は頭から湖に落ちていた。
ずぶぬれになった僕は湖から這い上がろうとして、きょとんとした顔が僕を覗き込んでいることにに気が付いた。
「何やってるの?」
「……いやぁ、こんにちはフーさん。新しい乗り物の検証をね」
「ふーん」
「そう言う君は一体何を?」
恥ずかしいところを見られてしまった僕は、照れ隠し混じりにフーさんに訊ねるとフーさんはにっこり笑って拳を握った。
「うん、ちょっと修行中」
「……修行?」
「そう! この間の私はすっごく情けなかったでしょ? だから修行!」
バシッとパンチを繰り出すフーさんはずいぶん気合が入っているらしい。
強くなるために修行とは中々古風な言い回しだった。
「あー……いや、頑張ってくれていたと思うよ?」
「頑張ってても戦場で気を失ったら死ぬでしょ!? 私元ソルジャー! 気が緩みすぎ!」
「そ、そうなんですね」
そこはやはり一定のこだわりがあるのか。
僕はフーさんの職業意識に感心していたが、フーさん的にはずいぶん悩んでいるようで、眉間に深いしわが寄っていた。
「でも、これが中々難しいんだ……。アウターで訓練もしてるんだけど、それだけじゃ心もとないなって。だからルリ達に頼んで魔法を見てもらってたんだ」
「ああ、それで修行か」
「そう! あんまり顔を出さない子も引っ張り出してきたよ!」
「若干可哀そう」
「もっとちゃんとお願いする!」
プラーンと眠そうな顔で抱きかかえられているのは森担当の猫くん。
一見すると猫にしか見えないが、実は立派な虎柄が虎の証であるらしい。
あんまり外に出たがらない、のんびりした子でたまに食事会には顔を出すことがあった。
一番シュウマツさんとつながりが強いのだが、いつも森の奥深くで苔のベッドを作り、寝ているのだとか。
そして、僕のところにたまにいるタツノオトシゴくんもフーさんの修行に手を貸しているようだった。
「タツノオトシゴくんも陸までありがとうね」
ポコポコポコ。
「だいじょうぶだよ」と返事をしてくるあたり、こちらはある程度納得しているようだった。
「うん。で、思ったんだけど。やっぱり私だけでやるんじゃなくて力を借りた方がいいかなって」
「それって精霊達にってことだよね?」
「そう! もっとこの子たちの言うことをちゃんと聞いて力を貸してもらって、そんでうまく使えたら、すごいことが出来ると思うんだ! ルリと合体した時みたいに!」
「ああ……あれは確かにすごいよね」
ルリは、鳥だけあって風……というか大気を操ることに長けている。
それはフーさんが使っている風の魔法の完全に上位互換で、大気のない宇宙空間でさえ、ものすごい力を発揮した。
ただでさえフーさんの風の魔法は銃弾の軌道すら逸らすと言うのに、たぶんルリの力を借りた状態なら、もっと大規模なことも出来るのだろう。
クッキーの本気は“真なるドラゴン”らしいが、みんな同じ経緯で生まれている以上、同格の存在であることは疑いなかった。
フーさんが更に別の精霊の力まで借りることが出来たなら、更にすごいことになりそうだった。
「それで声をかけて、集まってくれたのがこの子達と言うわけです!」
「亀くんとトカゲくんは?」
「亀くんは交渉中だよ。クッキーは白熊さんとずっとパンを焼いてた」
「なるほど……彼らにもやりたいことはあるだろうから、あんまり無理強いしたらダメだよ?」
「わかってるよ。でも私はコミュニケーションがみんなと取れるんだから、交渉なら出来るんだ。粘り強くやってみる」
「……それって精霊全員と会話みたいなことが出来るってこと? それも魔法?」
「違うよ? ああいや……翻訳は魔法だけど、ほら、私も共振っていうか、テレパシーみたいなことできるから。月人だし」
「ああ、そうか。僕はタツノオトシゴ君みたいにちょくちょく会いに来てくれないと、ぼんやりとしか話せないもんね」
僕がいきなりわかるのは感情くらいな気がする。
しかし詳細に会話らしいものをするには、個別に馴れが必要だった。
それが難しく、僕らが何かしているというよりも、精霊達が僕らに合わせてくれてやっとと言った方がいいかもしれない。
それは僕らが彼らを見ていたように、彼らもまた僕らを見極めようとしていたということなんだと思う。
フーさんはそのあたりを自分からも歩み寄って、無線のように調整できるのだとしたらそれは確かに話が速いだろう。
「そうそう、私は結構すぐ大丈夫なんだ。そういう脳の構造なんだよ、これは使わない手はないでしょう?」
「なるほどね。うまくいったらすごいことが出来そうだ」
流石は月人。そして全員と仲良くなれるフーさんはまさしく才能がある。
ここにいるメンツだけでも、相当なレベルアップが見込めるのは間違いなさそうだった。
何よりファンタジー感がすごいなと僕はときめいてしまったよ。
「精霊使いみたいなことかな? いよいよ、魔法使いっぽいねフーさん」
「でしょー? なんかカッコイイよね! カノーは何か強化案に意見ある?」
ただ改めて意見を求められると、言いたいことがないわけではなかった。
「僕? そうだな……ええっと、魔法の訓練は大いにありだと思うけど、本来のアプローチをもっとしてもいいかなとは思うかな?」
「本来のアプローチって何かある?」
「アウターのカスタマイズとか」
「あ! あぁ~……」
フーさんは今気が付いたとばかりに声を上げたが、それはないだろう。
魔法はもう言うまでもないが、とても素晴らしい力であることは疑いない。
でも僕らは僕らの強みがある、そこは僕的には譲れない部分だった。
「確かに。でも私じゃその辺ちょっと手が出しづらいかな?」
フーさんはどうやら自分で調整しようと考えているようだが、ちょっと待ってほしい。
目の前に最適の人材がいるじゃないかと僕はアピールしておいた。
「おいおい。僕は技術者だよ? 精霊達だけじゃなくて僕にも頼っていいんだからね?」
僕が自分を売り込むと、フーさんは目を丸くする。
でもすぐに、とても嬉しそうに笑うと僕の手を取ってぶんぶん握手していた。
「……! うん! 頼りにする!」
「OK。任せておいてよ」
安請け合いのようだが、僕だって何も出来ないというわけじゃない。
最初の頃に比べたらオペ子さんもいるし、開発環境だって大幅に改善しているのだ。
それにみんながぼんやりと戦う力を求めているのは不安が根底にあるのが分かる。
僕も頑張らなきゃなと、心の中で呟いた。