縄張り争い
「本当に……なんでこんなことに?」
氾濫した川のように荒々しく無数の魔法生物が、とんでもない数で群れを作って宇宙空間を駆けてゆく。
そして群れが一斉に襲い掛かったのは、なぜか五つのトゲが付いた星形の小惑星だった。
所謂☆。とってもファンシー。
しかし防衛拠点と銘打たれたその中から無数のメタリックな虎が飛び出してくるのだから、バイオレンスなギミックである。
いや、☆にだけではなく周囲の小惑星帯にはすでに金属製の巨大虎達は潜んでいて、ギラギラと光る目が無数に輝いている。
そんな虎達が背中に取り付けられた2本のマシンキャノンから銃弾で狙い撃っている光景は、斬新な宇宙戦争だった。
「ムナー!」
撃つたびに気の抜けた声が聞こえるのが気になるけれど、その威力は本物である。
あの魔法生物達と、一進一退の攻防が繰り広げられているようだった。
「これは完全に戦闘だよね?」
そう僕が尋ねると、シュウマツさんの光量が落ちた。
「うーむこれは誤算だった。どうやら縄張り争いが起こっているようだね」
「縄張り争い?」
「魔法生物の回遊ルートと、拠点がかぶっていたらしい」
シュウマツさんはそう分析した。
そして僕は聞いていた情報を基に考察を続けた。
「ああ、あの金属生命体の主食は鉱石って話だし、その辺も関係あるかもしれないなぁ」
「他の生き物食べちゃうから宇宙に連れて来たのではなかったかね?」
「雑食だけど主食が鉱石なんだって。生ものを食べる場合は基本鉄分を求めているらしいよ?」
しかしあまり効率自体はよくないとの話だ。
宇宙に来てから金属の体はより硬く、美しくなったという報告は聞いていた。
ついでにデカくなっているけれども、オペ子さんは楽しそうだった。
しかし仮に食料をめぐって戦っているとして、それでは納得できないこともある。
「しかしなんかもう、無限にあるってくらい石はあるのにそこでもめるかな?」
「もめているというよりも、捕食しあっているのかもしれない。ほら、動物って動くものに反応しがちなんだよ」
「妙なところ野生を残してるんだね……どっちもメタルなのに」
「どっちもメタルだからなんだろうなぁ」
シュウマツさんと僕は岩石砕け散る戦いの様子を観戦して、しみじみと呟いた。
いやだってこんなのに突っ込んだら死んでしまうので仲裁はしたくない。
しかし、野生動物が宇宙戦なんてできるのかと内心思っていたけれど、なかなかどうしてその動きは様になっていた。
ここが小惑星の多い宙域と言うのはもちろんあるだろう。
金属生命体のそれはまさに密林で戦う猛獣の様な動きで、器用に足場を確保して動く姿は優雅ですらある。
どうしても足場を確保できない場合はキジムナー君がサポートして、ブースターで飛ぶ戦闘スタイルの様だ。
ミサイルの群れみたいな魔法生物を小惑星を壁にして器用にかわし、苛烈に反撃を加える姿は、防衛戦力として十二分に見えた。
「でも……あんまりここで暴れられるのも困るよ」
「確かに……ああ、でも大丈夫そうだ」
シュウマツさんは、コロニーから飛び出した増援を確認してそう言う。
僕は翼をはやした青いアウターが宇宙生物の群れに突っ込むところを見て、ああなるほどと声を漏らした。
宇宙生物の群れは一斉にアウターを避けるように散会して、アウターの周りを渦を巻くように回遊し始めた。
「もう! 何やってるの! この子たちは味方! ご飯は仲良く食べなきゃダメ! いっぱいあるでしょ!」
プンプン怒りながら、腕を振り回しているのはアウターに乗ったフーさんである。
新しい機体にもずいぶんなれたようで動きがまるで体の一部のようだが、魔法生物とのコミュニケーションもかなり順調のようだ。
「でも、女の子の周りにあれだけの数ぐるぐる回られると、落ち着かない気分になるね」
「神秘的な光景じゃないか。女の子どころか女神の様だよ」
「そう? 金属生命体の方は……」
僕は状況を確認すると、剣を持った巨人がトカゲと一緒に金属生命体達を一喝していた。
「ダメだよね? 喧嘩は」
剣をガツンと小惑星に振り下ろしただけで、大人しくなった。すごい。
そういえば彼らを一匹残らず集めたのは、白熊さんだったか。
どうやら相当圧倒されたのか、金属生命体達は、遺伝子レベルで負けの記憶が焼き付いているらしい。
「……とりあえず、大丈夫のようだ」
不安だらけに見えるのに、不思議とうまくいっている。
武装した金属生命体なんて調教できるのだろうかと疑問だったのだが、キッチリと抑え込んでいるあたり、家の給食係が最強だった。
そして事の発案者はこの結果に大変ご満悦の様で、フワンとドローンを飛ばしてきた。
「素晴らしい統率力です。月人と地球人の新たな可能性を見た気持ちですネ」
「出たねオペ子さん」
このオペ子は本当に反応が難しい。
ともすれば、なまじ自分より優秀だという確信があるから黙ってしまうのもよくないところだなと僕は思った。
「手塩にかけて装備を拵えた甲斐があったというものですね」
「拵えたのは私なのだがね?」
シュウマツさんも自分の成果を主張するが、サラッと流してしまうのがこのオペ子である。
そして彼女は、魔法生物と金属生命体を見比べて、妙な事を言い始めた。
「しかし……こうやって実際に戦っているところを見ると、疑問が出てきますね」
「オペ子さん?」
「一体どちらが、防衛戦力としてふさわしいのでしょう? 出来れば強い方を主軸に考えたいのですが?」
「オペ子さん!?」
そんな新たな火種になりそうなセリフを軽率に口にしないでくれないか?
コミュニケーションで絆を育んでいる彼女達には、たぶんこんなお決まりのセリフはそれなりに効く。
「「どっちが強いかって?」」
ホラ反応しちゃった。
案外血の気が多いのだ、フーさんと白熊さんは。
「止めようよ……仲間同士で。きっと争いは何も生まないよ?」
一応止めてはみた。
しかし残念ながらそんな僕のありきたりのセリフの方は、この場で何の効力も持っていなかった。