その翼は誰のために
「どどどどどうしようシュウマツさん! フーさんが大変なことに!」
僕は一瞬の出来事に、対応出来ずに完全に取り乱していた。
そしてシュウマツさんも、とても悲しそうに明滅する。
「ふーむ……しかし、もはやどうしようもない。別れが早まってしまった」
「れ、冷静過ぎないかシュウマツさん」
「いや、危険だが、たぶん穴からは無事抜けられたと思う。賢い子だ。着いた先はおそらく……君達の元居た場所だろう」
そういう風に言われると、故郷に帰ったという気がしないでもない。
いやでもあの状況はそう楽観視出来るものではなかった。
「そ、そうなのか? ……いや、大丈夫じゃないだろう?」
「そうだとしても、彼女は自分の意志で流れ着いた者を追ったように見えた」
だがそう言ったシュウマツさんの言葉は間違いないだろうと僕にも確信があった。
別れの言葉を残した彼女は、漂流者を無茶なワープから救うために行動したことに疑いはない。
「……そうだね。優しい子だから、見捨てられなかったんだろうな」
僕はフーさんをそう評価する。
けして長い付き合いではなかったが、心根が優しくなければ精霊も動物もああまで彼女になつくわけもない。
僕だって、彼女がいなくなって寂しいと感じている、それが事実である。
「彼女をどうにかして連れ戻すかね?」
ただ改めてそう尋ねられると、僕の中に一瞬迷いも生じてしまった。
「……連れ戻すか」
フーさんは、ここに残りたいと言った。
もちろん残ってくれれば僕は嬉しいけれど、問題が何もないかと言われるとそんなことはない。
ゲートが完成すれば、ますますこのコロニーは人の流れを遮るだろう。
残るのは、たった3人だ。
ここに居続けることが果たしていいことなのか? 断言するのはとても難しかった。
僕が考えこみ、黙り込んだら―――きつめの一発が、僕の頭部を襲った。
「クエ!」
「おおっと!?」
僕のヘルメットを一撃したのは、青い翼を広げて怒りを表現するルリだった。
『なんか納得した空気出してあっさり諦めてんじゃない!』と言われている気がする。
たぶんそれは間違いないし、そしてその通りだった。
「ゴメンゴメン……シュウマツさんどうにかできないかな?」
しかし僕には、ワープで飛んで行ったフーさんを見つけ出すことなんてできない。
そしていつも万能にさえ思えるシュウマツさんでさえ、体の光り方がちょっと自信なさげだった。
「ううーん。正直に言えば厳しいな。彼女の出た先は当然私の知覚圏外だからね。ゲートも完成していないから、狙って同じ場所に行くというのは……」
「クエ!」
だがその時、僕の頭の上にいたルリが、一声鳴いて飛び上がる。
そしてその体が見たことない輝きに包まれて、僕が目を眩ませているとシュウマツさんの声がしみじみと優しく響いてきた。
「おお、そうか……お前が迎えに行きたいのだね? ―――いいよ、行ってきなさい。その出会いを大切に思うのなら、きっとお前は飛べるだろう」
光は言葉を受けて一層力強く輝くと、一直線に飛んで行く。
光が目指すゲートは大きく揺らぐが、光は止まらない。
僕は何が起こったのかとパチクと瞼を瞬かせ、シュウマツさんに尋ねた。
「い、今のはルリだよね?」
「ああ、そうだよ。迎えに行ってくれたんだ。彼が心からそう望むなら、それは可能になるだろう。あの翼が、フーさんをここまで導いてくれる」
「そ、そうなんだ」
僕はシュウマツさんの言う意味がほとんどわからなかったけれど、あの穏やかな声を聴いているともう大丈夫なんだろうと納得はする。
しかし、フーさんが大丈夫で、これから帰ってくることが出来ると言うのなら、僕らにだって手伝えることはあるはずだった。
「それじゃあボーっとしてもいられないな。今のうちに急いでゲートを仕上げよう。あとちょっとなんだ。帰り道の危険が減らせるならそれがいいだろうし」
「そうだね。精霊の成長を喜んでばかりもいられない。私達はやるべきことをやってしまおうか」
方針を固めた僕とシュウマツさんは大慌てで、ゲートを完成させるべく残りの作業に取り掛かった。