それは突然の事だった
「……また何か来る?」
「何か来るね。しかもゲートがあるから……たぶんいつもより通りやすいと思う」
「それは不安要素が大きいな」
シュウマツさんの警告を聞いて、僕はコンコンと自分のヘルメットを指で叩きながらゲートを見上げた。
よく見ると、ゲートの中が波打っているように見える。
いつもは穏やかな水面の様だから、これは明らかな異常だった。
「フーさん! 気を付けて! 何か来るって!」
「わかってる! カノーは逃げてて!」
フーさんの注意喚起に、緊張感が高まった。
僕は手のひらに汗がにじみ、どうするかなと逃げ腰になっていると―――ゲートが決定的に弾けた。
ゲートの揺らぎを突き抜けて、吹き飛ばされてきたみたいなメチャクチャな機動で飛んできたのは、真っ白なアウターだった。
そしてそれはどこか形状に見覚えがある。
フーさんは元の機体とよく似た形のアウターを見て、動揺しているようだった。
「月のアウター!」
「いや……まだ来る!」
続いて、今度は真っすぐにゲートを通ってやって来たのは3機。
次々揺らぎを突破して、彼らはこちら側へと飛び出した。
真っ黒な3機共に同型のアウターは、今度は僕の方になじみがあった。
「うわぁこっちも軍用かぁ……しかもAI専用機」
コロニー防衛用のアウター達はわずかばかりの混乱を見せたが、すぐに優先順位を追って来た月のアウターに定めて、殺到する。
マズルフラッシュが光り、容赦なく銃弾がばらまかれていたが、月のアウターの周囲に光の筋が見え、銃弾の軌道がずれているのが遠目からだと確認できた。
「うわ! まさかシールド? すご! 実用化したんだ!」
「喜んでる場合じゃないよ! 完全に戦闘中だ!」
「じゃあ今回のワープはなんで? ……やめてほしいな。あと一日待てないものかな?」
月のアウターも奮戦していたが、コロニー機体の連携に対応出来ていない。
シールドも長くは続かず、雨のように浴びせられた銃弾を止められずに、装甲に火花が弾けていた。
「ダメ!」
だが、それを黙って見ていられないフーさんは真っ先に飛び出す。
射線上に割りこむと、風の魔法で無理やり銃弾の軌道を逸らして月のアウターを守った。
「友軍か! ……今は作戦行動中だ! 協力を要請する!」
「あなた、今状況ちゃんとわかってるの!?」
「わからないが! 今はあいつらをどうにかするのが先だ!」
フーさんを介して聞こえてくる会話に僕は眉間に皺を寄せた。
そりゃそうだろう。一度敵と定めたら、AIは容赦がない。
殲滅の命令が出ていたら、止まるのは撤退命令が出るか撃墜するか、されるかだ。
そして現在の状況は最悪である。
あの狙われていた月人が何をしたかはわからないが、しかしフーさんのアウターは月の機体なのだ。
割って入ったなら間違いなく、敵認定されるに違いなかった。
「……!」
とそこまで考えた時点で、僕は動いていた。
「カノー!」
「ぬおおお!」
僕はバーニアを全開にして、AIアウターに突っ込んだ。
出来る限り、射線に割り込むようにしつつ、武装に見えるものは一切投げ捨ててだ。
当然AI達は、僕に気が付く。
そして一応民間登録されているはずの僕のアウターに反応して、一時的に戦闘を中断した。
『コロニーの民間人を確認。戦闘を一時、中断します』
「今だ! 逃げてくれ!」
僕はフーさんに指示した。
渾身の捨て身盾戦法は、何とかうまくいったみたいだ。
しかしそこから思わぬ動きを見せたのは、月のアウターだった。
「……離脱する!」
状況が分かっていない月人は元来た方向へ全力で飛んだのだ。
向かう先には、当然ゲートがある。
そしてターゲットが僕の周囲から離れたことで、AI達も動き出す。
穴の開きっぱなしのゲートの揺らぎはまだ収まっていない。
月のアウターはゲートに入った瞬間消え失せ、次々に追ったAIのアウターも消えてしまった。
そして僕はその直後、確かにフーさんの声を聴いた。
「……! ゴメン、ルリ。……君はコロニーに帰るんだ」
「クエー!」
「こんな別れ方でゴメン! さよなら! カノー!」
「フーさん!」
フーさんは、月のアウターを追ってゲートに飛び込む。
「……え?」
後に残されたのは、間抜けに宙に漂う僕と、大慌ててバサバサ宇宙空間を飛ぶルリだけだった。