冥界のヒミツ
僕らの淡泊な反応に、不可解そうなオペ子さんはハッと息を飲んだ。
「ハッハッハ……やはりわかってしまいますか。威力がありすぎて、実装を見送ったギャラクシープルートキャノンがないことを。テストを頼むのなら、キッチリと作りこんで来いと? わかります」
「違う。そうじゃない」
「ダメだよ。そんなもの積んじゃ」
「えー」
このオペ子、魂が搭載されていっそう危険である。
基本的にユーザーには危害を加えられないはずだが、少々認識を改めねばならないかもしれない。
人類よりある意味高度な存在だと疑ってもいなかっただけに、その暴走っぷりは地味にショックな僕だった。
「しかし、キジムナー君ばかり大暴れなのは納得がいきません。せめて軽く動作のテストくらいさせてもらわないと……」
オペ子さんがそう言うと、やたら凝った焦りを誘う重々しいBGMが流れ出し、ツインアイは赤く点灯、青白い炎と合わさってコントラストが禍々しかった。
ニーラスクは唸り声の様な音を響かせゆっくりと動き出し―――そうだったので僕は慌てて止めた。
「ダメだってば」
「そこまでだね」
ほぼ同時にシュウマツさんの制止も被る。
そのとたん、プスンと煙を噴いて、ニーラスクは動きを止めた。
「動かない?……なぜ?」
うまく動作しないことに戸惑っているオペ子さんだったが、当然と言えば当然の結果だと僕は思った。
「なぜも何も、僕がユーザーだからじゃない? 基本手を上げるのは禁止でしょう?」
「し、しかし、今のワタクシには魂という本来とは別の回路が働いているはず……」
「そっちは私だね。女王は確かに君だけど、権限は私の方が上さ」
「なるほど……」
なるほど、完全にオペ子さんを止めるには、僕とシュウマツさんの二人の承認がいるわけだ。
よくよく覚えておこうと僕は心に決めた。
一番の盛り上がりどころを潰されたオペ子さんはスンと落ち込み、しばし黙っていたが、ビックリなことに普通に抗議してきた。
「そんな。一生懸命作ったのに」
「だって……そんなのと戦ったら死んじゃうし」
「では白熊様はどうです? ぜひ戦ってみたいでしょう?」
「いや、これは無理かな?……でも少し確認したいことがある」
「はい、なんでしょう?」
「まさかフーさん……これと戦わせたんじゃないよね?」
そんな白熊さんの言葉を聞いた僕は、ヘルメットの下の顔に一筋、冷汗を流した。
「いや……まさかそんなことしてないよね?」
「ボクにしたんだから……やるでしょ」
「いやでも、AI人種はそんなに簡単に人間に危害を加えたりは……」
「オペ子は元々軍用だろう? ボクや、フーさん相手なら容赦ないってことない? 同意の上ならなおさら」
白熊さんの言うことは尤もな話だった。
戦闘でこちらにやって来たなら、他国の兵士は言ってしまえば敵だろう。
「でも、オペ子さんは自己判断くらいできるからすごいわけで……普通……アレと戦う?」
「フーさんは……負けず嫌いなところがある」
僕らは同時にオペ子さんを見た。
なんだか黒いオペ子さんは、どことなく黒い微笑を浮かべていて……。
「ああ。彼女なら……」
「どうしたのオペ子さん? なんだか大きな音がしてるけど?」
ひょいっと上の階から唐突にフーさんが顔を出し。僕らの目は点になった。
きっとここ最近では一番の間抜けな顔をしていたに違いない。
「「フーさん!?」」
「あ、来たんだ。ヤッホー」
こちらに気が付いて手を振るフーさんは怪我どころか、むしろ肌なんかつやつやしていてバスローブにスムージーを持っているのも気にかかる。
そんな彼女はいつも以上に元気いっぱいに見えた。
「どういうことなの?」
僕よりも敏感にフーさんの異変を感じ取った白熊さんは顔色を変えてオペ子さんに問いただすと、オペ子さんは仕方がないと正直に答えた。
「彼女には、リゾートエリアのテストをお願いしていました。この城は宿泊施設も兼ねていまして、スパや大浴場なども運営しています」
「いやー。最高だったよ!」
なるほど、なんであんなに元気がいいのかと思ったら、そういうことか。
オペ子さんの作ったアンダーグラウンドは、どうやら恐ろしいことばかりではないようである。
しかし納得いかなかったのは白熊さんだった。
「何それ! ボクもそっちが良かったんだけどぉ!」
力強く主張していたが、オペ子さんの反応はNOである。
「それはダメです。テストですので適材適所というものがあります」
「それはひどくない?」
「冥界では性質上、衛生状態の良い生ものを提供できませんから。給食係の出番はないのです」
「ぐぅ!」
きっぱり言い切られ、唸ることしか出来なかった白熊さんは、後日客の第一号になるのは間違いなさそうだ。
だいたいの今回の騒ぎの全容は分かった。
後日オペ子さんは精密検査を受けさせるとして、ひとまずこのニライカナイアンダーグラウンドなる施設は訓練と保養を目的に作られてはいるようだ。
「ふむ。これはちょうどいい。では全員揃ったところで。今から頼みたい作業があるんだが、いいだろうか?」
ただ、いい感じに決着がついたところで、今まで黙っていたシュウマツさんがチカチカと輝いて視線を集めた。
「シュウマツさん、何かするの?」
「……いいけど」
「作業ですか?」
フーさん。白熊さん。オペ子さんが、何か知っているかという視線を僕に向けてくるが、僕もこれについては初耳なのでそんな目で見ないで欲しい。
「うん。君達が外で壊したキジムナー君と。壊れた建物。アレまとめて外に運びだしたいのだが頼めるかね?」
「ちょっとお待ちください。なぜそのようなことを?」
シュウマツさんのお願いを聞きとがめたのは、冥界の管理者であるオペ子さんだったが、シュウマツさんも思い付きでこんなことを言い始めたわけではないらしい。
「ここの金属を外で使いたいのだよ。元々後で金属については頼もうと思っていたのだがね。まさか自分でたどり着いてこんなに沢山作ってくれているとは驚いた。いい仕事をするじゃないか」
「なるほど。……しかし、ワタクシとしても手塩にかけた貴重な資源です。はいそうですかと渡すわけにはいきません。せめてもう少し理由を説明していただきたい」
食下がるオペ子さんは、心なしかいやそうである。
ともすればもう少しごねそうなオペ子さんに、シュウマツさんはやれやれと詳細を話始めた。
「ふむ……。作りたいのは門だね。巨大なものになるだろうから、今後も材料の提供をお願いすることになるだろう」
「門? それは一体何なんだい? シュウマツさん」
僕が割り込んで尋ねるとシュウマツさんは適当な金属を輪の形に錬成し、どこかで見たことがあるクリスタルと組み合わせた。
するとどうだろう? 輪の中の空間はグニャリと歪んで渦を巻き、僕らの目の前で不可思議な色の膜を形成した。
その膜は向こう側が見えず、どこか別の場所に続いていそうな印象だった。
「時空の歪みを制御するんだろう? 必要だったんだ。冥界の金属が。この世界はね、“死”の他に“導く”こと、“辿り着く”ことなんて概念が色濃いんだよ。だから足りない要素を補うのに持って来いなんだ」
シュウマツさんに言われて気が付く。
そして今見た現象が、僕が研究していた物の完成形だと気が付いて、僕は思わず目を見開いていた。
「……ひょっとして冥界を作ったのって、そういうこと?」
「そうとも。いつ消えるかもわからない時空の穴をふさぐのだ。それ相応の大きさの蓋が必要だ。また忙しくなるから覚悟してくれよ?」
僕と、そしてフーさんと白熊さんは顔を見合わせる。
そして一人オペ子さんはアーと両手で頭を抱えて、断れない奴ジャンと嘆いた。