魂は外付けで
「よし、では少し改築するとしよう」
シュウマツさんがそう呟くと、部屋の片隅に地面から螺旋階段が生えてくる。
そして天井には頑丈そうな扉が出来上がった。
「扉?」
「そう、扉だ。これが重要でね。続いてこれだね」
更に、今度はこたつの上にボンと火の玉のようなものが出てくる。
しかしただの炎ではなく、暗いのに明るいと言うなんとも矛盾した性質の炎の様ななにかは、オペ子さんの目の前に浮かんでいた。
「これが特別な魂だ。持っても怪我はしないから安心して体のどこかに押し当ててくれ。そうすれば君と自然に同化するだろう」
「ちょっと待った」
オペ子さんは吸い寄せられるように、その仮称『魂』に見入っていたが、だがちょっと待ってほしい。
いったん止めた僕に、シュウマツさんとオペ子さんは振り向いた。
「なんだろう?」
「どこでもいいの? 体に繋がってれば?」
「そうだね。」
「……なら少し保険をかけておこうよ。ちょっと待ってて」
「?」
なんにせよすべては手探りの企画である。
僕は思い付きを実行するために急いでそれを取りに行った。
「で、これは?」
「オペ子さんの乗って来たアウターのコックピット」
僕がわざわざ持ってきたのは、オペ子さんが乗っていたスペーススーツのアウターだった。
装甲を全部取り外して今はコックピットだけになっているそれに、オペ子さんはいい顔をしなかった。
「バラさないでもらいたいのですが?」
「ゴメンゴメン。でもどうせならこれにその魂ってやつ入れてみたら? オペ子さんに接続するように作られてるだろうから。いきなり本体に入れるよりはマシだと思うんだけど?」
それは、オペ子さん専用に組まれた、外付の拡張パーツのようなものだとも言える。
要するにシュウマツさんにすら何が起きるかわからないものをオペ子さんに使って、壊れたら困る。
本人がやる気だから止められないにしても、少しは被害が軽くなるのではという思い付きだった。
「それで大丈夫なのですか?」
オペ子さんがシュウマツさんに尋ねると、シュウマツさんはぼんやり光って肯定の意志を送って来た。
「うーん。体と繋がっているのなら、大丈夫だとは思う。接続やらなにやらは、正直わからないのだが」
「そうですね……得体が知れないものではありますから。このアウターなら広い意味で体の一部と定義してもいいかもしれません」
「失敗したらゴメン。気休めだけどワンクッション挟んでおきたくて」
「了解した。では今度こそ始めよう」
シュウマツさんは先ほどの火の玉をもう一度出現させてコックピットに押し付ける。
それはフレームに触れると溶けるように消えてしまった。
ただ―――変化はある。
僕の体感では、はなんとなく部屋の雰囲気が変わった気がした。
そしてヘルメットのガラスが曇ったようで慌てて手を触れると、薄い氷が張り付いていた。
「では、接続してみましょう。それでいいのですよね?」
「うん。ダメならまた考えるとしよう」
僕は一瞬止めるべきか逡巡する。
しかし止める間もなく、オペ子さんはコックピットに座るとシステムに接続した。
「!!!!」
「オペ子さん!?」
オペ子さんは接続の瞬間、目を見開き、体がのけぞる。
だがすぐに動きを止めて目を見開いたまま僕を見た。
「だ、大丈夫?」
「―――問題ありません。システム上は変化なしですが……何かが違います」
いや、目に青白い炎が灯っているんですけど?
システム以前に目視で異常は一目瞭然だった。
「目が燃えてない?」
「若干シアンが強いでしょうか? 修正します」
「いや修正じゃなくて消火かなぁ。……ねぇ服が燃えてるように見えるんだけど?」
「燃えていますか? 温度はむしろマイナスですが?」
目が燃えているせいか、謎の炎は本人には見えていないようだ。おっかない。
Tシャツが燃え上がると、真っ黒に染まり、いつもの『人生スリープモード』が白抜きに変化した。
「その変化……いる?」
なんでこんなことするの?とシュウマツさんに聞いてみると、彼も知らない仕様のようだった。
「……私じゃないよ? 関係ないからね?」
シュウマツさんはこればかりは自分はやっていないと主張するが、他に誰がいるのかという話だ。
「これは……大変面白い体験です。高揚しているというのでしょうか? 今なら本国のスパコンですら圧倒出来そうなスペックを発揮できそうです」
いや……趣味からすると、オペ子さんの可能性もあるのだが、僕には判断の難しい。
シュウマツさんは呆けていたが、ひとまず話を進行することにしたようだった。
「ふむ……うまくいったのかな? では次に冥界を紹介しよう」
「……階段の上だよね?」
「そうだよ。もう王が決定したから、出来上がっているはずだ。見てみてくれるかな?」
「はいはい」
明らかに様子がおかしいオペ子さんはひとまず脇に置いて、僕は螺旋階段を上って天井の門を開いた。
「え?」
しかし割と簡単に開いた扉の向こうを見て、僕は思わず自分のヘルメットを押さえた。
宇宙とは違う、星の光さえない黒一色。
なにもない空間は、僕の声も跳ね返ってくる気配がない。
「ははは……これは別にオペ子さんのアウター、外装外してこなくてもよかったかもな」
震える僕と一緒にシュウマツさんはその真っ黒な空間を見てペカリと輝いた。
「見事に出来上がっているようだ。ここはどんな広さにもできるし、好きなようにいじってもらって構わないよ。ここに生きているものを入れるのに私か君の許可がいる以外は好きなように出来るはずだ」
続いて付いてきていたオペ子さんはにやりと笑った。
「なるほど。まさしく死者の領域ということですか。実に興味深い。ここは徹底的に検証して、データを残しておきましょう。これはやりがいがありそうだ」
「……」
こう言っては何だが、死者の国に首を突っ込んだ割りには、オペ子さんは生き生きしているようにも見えた。