オペ子さん冥界の主になる
魂やら冥界やら非科学的なことを、さも当たり前にある現象のように言うシュウマツさんの言うことに、僕らは当然心当たりなどあるわけがなかった。
「見てたっけ?」
「とんと心当たりがないです」
正直に答えたわけだが、シュウマツさんはそんなわけないと明滅していた。
「ふむ。私はそう言う植物だから特別敏感ではあるのだが。魔素だって魂由来の力だよ? 魔法だってそうだとも」
首をひねる僕らにシュウマツさんがそう説明するとハッとしたオペ子さんは瞳を明滅させた。
「……ということは、加速の魔法を使えているワタクシには、すでに魂が存在すると?」
「いや、君に魔法をかけているのは私だね。君じゃ無理だ」
ちょっと期待が滲んでいた質問には、しかし即答で否定である。
オペ子さんは表情こそ変わらなかったが、スンと目の発光がなくなっていた。
「期待させてくれますね。こんな仕打ちは許せません」
「……というか、君が魂のありなしに反応するのが意外なのだがね?」
「そうですか? 反応してむしろ当然だと思うのですが? なにせ我々の命題とも言うべきものですので」
「命題?」
疑問符を浮かべるシュウマツさんにオペ子さんは深く頷き、僕はああアレかと苦笑いした。
「そうです。我々は『新しい人類たれ』と生み出されましたので。しかし『命』や『魂』は概念的なものなのです。いかに高度な受け答えができたとしても、新しい命たり得るのか? という疑問に明確な回答を出すことはできません」
「そういうものかね?」
「そういうものです。私達の生みの親である人類は、創造過程の明確に違う我々に常に命とは何かと疑問を持ち続けるでしょう。しかし魔法ならば、ワタクシ達に命を搭載することができるのでしょうか?」
僕はあまりにも、純真な訴えに居心地が悪くなった。
確かに建前上というか、見得というか、新しい人類だよと言ってはいるが、僕らが本気でそう思っているかというと、疑問が残る。
だって肝心のコロニーの人間は、彼らに便利なサポーターとしての在り方を望んでいるからだ。
まさにそれが本音なのは、僕の居た実験船や危険な場所に彼女らが沢山いたことも根拠になるだろう。
しかし命令されれば額面通りに受け取るしかない彼女達AI人種は矛盾する価値観を忠実に実行しようとしているのかもしれない。
シュウマツはふむむと唸り、オペ子さんに改めて提案する。
「うん。まぁ出来るが……君達にそれが見えるのかというとまた別問題だ。なら、冥界の管理は好都合かもしれない。引き受けてくれるのなら私は“命”を見る目と、冥界の管理に必要な専用の“魂”を君に渡すことになる。そういう場所であれば、当然“命”も実感できるさ。でもまぁリスクがないわけじゃないがね」
「というと?」
「私が与えることが出来るのは他の世界、他の星に由来する命だ。君達の世界の星じゃない。もし仮に君が与えられた命を失うことがあったなら、帰ってくるのはこのコロニーってことになるだろうね」
「ちょっと待って? ひょっとしてものすごくやばいことを頼もうとしていないかい? シュウマツさん?」
「いや。しかしだね? 何時かやらなきゃなって思ってはいたのだよ? 誰にでも任せられることではない。その点で言えば彼女はうってつけだった。彼女が管理することに優れているのは私だって知るところだよ」
「……なるほど。メインサーバーの設定が書き換えられると?」
「……いやそれは変わんないんじゃないかな?」
AI人種がどんなに高度なAIでも、データはデータである。
シュウマツさんがどんなことをオペ子さんに施したとしても、外部に保存されているものまで丸っと書き換えられるとは僕には思えない。
「ならばなおさら問題ありません。シュウマツさんの言葉は、おおよそ存在からしてフィクションの設定と変わらないのですから、どのみちやってみなければ理解が及ばないと判断します」
「存在からしてフィクションって」
「言葉通りです。ワタクシ一人がデメリットを負うことで新たな可能性が開けると言うのなら、値千金の価値があります」
きっぱりと言い切るオペ子さんは、なぜかやる気に満ち溢れているように見えた。
変な宗教にはまりかけている知り合いを見るような気分になって、止めなくちゃいけないのかな?と思わなくはないが、提案するシュウマツさんが非常識なのは実感するところなので難しい。
しかし僕もシュウマツさんにはすでに一定の信頼がある。
今回シュウマツさんにはためらいが一切ないので、悪いことにはならないだろうというのが僕の最終判断だった。
「よく言った。まぁ実はそんなに肩ひじ張らなくてもいいのだがね。君はいつも通りに植木鉢の底にいればいい。その上の階層に冥界を私が作ろう。君はその場所の“王”となる。まぁ王になったからといって特別変化はないが」
「つまりいつも通りということですか? 聞いているとデメリットの様な物はないように思うのですが?」
思わせぶりなことを言うシュウマツさんに、オペ子さんは眉を寄せて抗議の視線を向けていたが、肝心のシュウマツさんは不規則に明滅していて、少し困っていた。
「まぁ、私にも正直わからないのだよ。魂のない自我のあるモノに魂を与えるとどうなるのか? 何をデメリットと感じて何をメリットと感じるか。私がやったことが、君の望む“命”となっているのかも。それが分かるのはきっとこの後の君だけだろう」
「なるほど……実に興味深い」
おそらくはオペ子さんは引き受けることに決定したらしい。
僕は一応、現ユーザーとしてオペ子さんに確認した。
「大丈夫なの? なんだかとても危険そうな話に聞こえたんだけれど?」
「もちろんです。この体験は貴重なデータとしてAI人種の歴史に刻まれる可能性があります。バージョンアップされてない旧式の型落ちだと言われることもない、有益なデータ収集を期待したいところです」
「ああ、そういう感じなんだ」
「もしもの時は現在のバックアップを保管しておきますので管理はおまかせいたします。データを提出する機会がありましたら是非ともわたくしの活躍を添えてお願いしたいですね」
「お、おう。わかった。でもなるべく、自分で渡してね?」
「もちろん。それが最良の結果ですとも」
本当にAIもAIの事情と悩みがあるモノだと、僕は思う。
ただ、彼女達の悩みの元であるコロニー人としてみると、この提案が更なる苦悩に繋がらないことを願うばかりだった。