オペ子は労働意欲を持て余す
オペ子さんの住む、コロニー中枢の植木鉢の底は本日も非常に多忙なはずだ。
しかしそれはあくまでデータ上の話で、ぱっと見た目は平常運転だった。
「……」
「うーん……アップデートが……アップデートが遅れてゆく。同期のあいつに頭の悪い中身を見られたくないぃ……むにゃむにゃ」
「AIも夢を見るんだね……ビックリだ」
「うん。彼女達にも独自の悩みはあるんだろうね」
僕とシュウマツさんが、コタツ状の冷却装置から頭だけ出して寝ている不思議なアンドロイドに感心していると、突然オペ子さんは目を覚まし、メガネをクイッと上げた。
「はっ! スリープモード解除しました。これはお見苦しいところをお見せしました。本日のご用件は?」
「ゴメン。なんの用事か飛んじゃった。なんだっけ?」
「様子を見に来ただけだろう? どうだね? 調子は?」
光るシュウマツさんがそう尋ねると、オペ子さんは無表情だが不満げに即答した。
「きわめて退屈ですね。労働意欲を持て余しています」
「……ホントに?」
「はい。個人製作のコロニーと聞いていましたので、ワタクシ、さぞややりがいがありそうだと思っていたのです。しかし実際はワタクシのできることなど微々たるものでした。すでにシステムは簡略化され、細かな手直しをするばかり。貴方はとても優秀なシステムエンジニアでもあるようですね」
「いやぁ、それほどでも」
そんなに褒められると思っていなかったから、さっき見たことは見なかったことにしてあげよう。
「だからこそ疑問です。貴方はなぜこんなところにいるのですか?」
改めて聞かれると恥ずかしいが、そこは実際に大した理由があるわけじゃない。
「ああ、一回人類が今行ける一番遠い場所に来てみたくって。『外宇宙探索における有効技術の再検証』だったかな? 面白い話にロマンを感じて飛び乗った」
「なるほど、無謀だ。危険は大きかったでしょう?」
「もちろん。行きの時点で新しい形式のコールドスリープの実験とかされたからね。あそこで死ななくて本当によかったよ」
いや、今考えると、自分でもひやひやする話だと思う。
命の保証はないとは聞いていたが、あんまりな実態にさすがのオペ子さんもフリーズしていた。
「……ホントに何で参加したんですか?」
本気で疑問そうなオペ子さんが言いたくなる気持ちもわかる。
しかしそこはやはり論理的な思考で動いた話ではないのである。
「いや、本当に単純に、見てみたかったんだよ。人が行ける一番遠い場所を」
今僕らは宇宙に住んでいるっていうのに、地球の周りからまだ出られていない。
火星の開発に手を出していると言ったって、そのほとんどはAIに任せきりで人間はまともにいないのが現状だった。
僕なんかは一度は直に行ってみたいと思うのだが、実際それを行動に起こすのは、ごく少数なのは体験済みである。
「僕の他にも何人かいたけど、大体が僕より年上で世代がバラバラだったね。企画した研究職の人が何人かと、志願者が数人くらい」
「あなたの言う規模の実験船にしては少ないですが。リスクを考えれば妥当でしょう。危険な研究もしていたようですし。本来であれば私達の様なAIに任せるべき仕事です」
「全く返す言葉もないよ」
実際僕も出かける時は大層変態扱いされたものだ。
しかし、僕に後悔はない。そして現状見れているものは予想のはるか上をいっている。
「まぁ。でも、チャレンジしてみるものだよね」
「結果論です。しかしその危険さに付き合ってこそ、我々にも価値が生まれるというものです。あなた方の希望を叶えるために頑張りますよ」
「……何かすみません」
「謝る必要はありませんが? むしろカノー様の動機に共感できないのが不甲斐ないところです」
「合理性皆無の話だから、こっちがいたたまれないよ」
その上今だって持て余した仕事を押し付けているので、申し訳なさでいっぱいである。
ただそれは人間的考え方であって、オペ子さん的には不満があるのは変わらないようだった。
「少々突飛な人間性ではあるものの、ともあれカノー様の優秀さは本当に素晴らしいと思います。しかし現状はいかんともしがたい。正直ワタクシはスペックを持て余しているとも言えます」
「……これだけ色々やってるのにね。作業量的には少なくはないと思うんだけれど?」
僕的に言うなら、こんなにも仕事の多いコロニーは世界にないと思う。
しかし魔法によって強化されたオペ子さんには、この程度の作業熱くなるほどの事でもないと言うのならすさまじいの一言だった。
「しかしワタクシはまだこんなものではありません。ついつい気が緩み冷却装置に籠ってスリープモードになってしまいます」
ひょっとして今までの言動は昼寝を見られた照れ隠しだったりするのだろうか?
Tシャツが人生スリープモードのやつが何言ってんだとは思ったが、やる気があるのは助かる話である。
しかしこれ以上というと悩んでしまう。だって遠慮などしているつもりは欠片もないわけだし。
規模こそスペースコロニーと大規模だが、住人は3人ほどで、生活が安定してきた今、頼むことなんてたかが知れていた。
悩んだ僕は、とりあえずシュウマツさんに訊ねてみることにした。
「そうだなぁ。どうしようシュウマツさん? 何かやりたいことある?」
「そうだな……例の武装の件はどうだね?」
「アレは僕がやるよ。狩りなんて言われてもオペ子さんは困るだろうし」
「そうか……ならば、少々やってみたいことがある」
「なんでしょう?」
「オペ子よ。君は“冥界”の管理に興味があるかな?」
ただ予想もしていなかった話が出て、僕もシュウマツさんが何を言っているのか、最初今一わからなかった。
オペ子さんも、音声入力では理解できなかった様子だった。
「申し訳ありません。わかりませんでした。テキストデータで入力をお願いしても?」
「ふむ。わからないかね? 死後の世界というやつの管理をお願いしたいんだが?」
「死後の世界の管理……ですか?」
「そう。君の苦手な魔法的な考え方ではあるが、より魂を円滑に運用するためにはあって困るものではないのでね」
このシュウマツさん、今死後の世界とか言ったか?
僕もさすがに信じられなかったが、オペ子さんはアンドロイドに似つかわしくない驚きの表情を浮かべると、シュウマツさんに尋ねていた。
「……ひょっとしてですが」
「なんだろう?」
「貴方は魂を概念で捉えているのではないのですか? 一個の物質のようなものとして扱っているように聞こえるのですが?」
魂なんてものは未だにあるのかないのか、はっきりしないものだ。
ただ昔から、誰でも考えることではあるだろう。
そんな質問をシュウマツさんはどう答えるのだろうと思っていると、特に重々しくもなくシュウマツさんはあっさり言った。
「まぁそうだね。触れるし、見える。数だって数えられるだろうね。君達だって見ているはずだよ?」
そんな怖いことをあっさり言うシュウマツさんに、僕は宇宙空間で怪談を聞いた気分になった。