鉢の底の家
でっかいベーコンを携え、次にやって来たのは通称“植木鉢の底”である。
このコロニーの中枢を担い、現在はオペ子さんの住居のある場所だった。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ。お疲れ様です」
「お疲れー……先約?」
シャキッと黄色いフレームメガネを上げるオペ子さんはコタツに入ったまま視線を上げた。
そこまでならいつも通りなのだが、こたつの上にライトが当てられているでっかい亀がいたのは全く予想していなかった。
「なんで亀が?」
「ワタクシにも皆目」
「そう言うカノー様はなぜタツノオトシゴを?」
「ああ。ついてきちゃって」
ふと見上げると、僕の頭の上にはタツノオトシゴが浮いていた。
無重力に近いここまで追って来るとは中々見上げた心意気だった。
しかしオペ子さんは空飛ぶタツノオトシゴを見て頭から異音を発していた。
「何とも頭がバグりそうになる光景ですね。ワタクシの前ではせめて水槽に入れるなど工夫をしてほしいところです」
「そんなこと言われても。水槽なんて持ってないよ」
「知らないのですか? 普通タツノオトシゴは水槽がなければ干物になるだけです。飼い主の義務ですよ」
「普通のタツノオトシゴじゃないからなぁ……。それに飼い主になった覚えもないよ」
ねぇ?と尋ねてみると、ポコポコ泡を出すタツノオトシゴくんは大丈夫だと言っている気がした。
ベーコンの塊をコタツの上に置き、僕は床に座る。
すると今度はこたつの上の亀がのしのし歩いてきて、僕を見ていた。
爪の先で彼がつつくのは、手作りベーコンだった。
「え? 食べたいの?」
「かめー」
「亀って「かめー」って鳴くんだっけ?」
「この子は鳴くのでは?」
「……まぁ、鳴いてるもんなぁ。どうぞ」
常識ってなんだろう? きっとそういうものは日々の積み重ね何だろうなと、頭の中を整理しながら、せっかくなので一口大に切ってから亀くんにベーコンを与えてみると、亀くんはパクリと食いついた。
「あ、食べた」
「大丈夫そうですね」
宇宙の亀はベーコンを食べるらしいことは分かった。新しい常識の更新である。
となると、もう一方の方にもあげなきゃ悪い気がしてくるが……。
「タツノオトシゴは……ベーコン食べるの?」
一応聞いてみる。
内心ドキドキしていたが、首を横に振られて僕はちょっとホッとした。
「あ、やっぱり食べないよねベーコン」
「今、首振りましたか?」
「そりゃタツノオトシゴにだって首位あるさ」
「そういう問題なのでしょうか?」
正直わかんない。
僕はまぁあるがままを受け入れることにだんだん慣れてきたようだった。
不思議な生物達に僕らが翻弄されていると、彼は普通に玄関からやって来る。
プシュッと自動ドアを開けたのは、お馴染みのピカピカ光る光体である。
「フッフッフ。元気にしていたかな? 君達」
「シュウマツさんじゃないか。おかげさまで健康的な生活だよ」
「出ましたね理不尽生命体。ついに自らのポジションを奪う脅威を排除しに来ましたか?」
「君を脅威とも思っていないし排除もしないね。というか君達、もっと言うことはないのかね? 久しぶりのシュウマツさんなんだよ?」
「登場が地味?」
「ちょっとやせたとか?」
「……確かに普通に玄関から入ったのは地味だったかもしれないが玄関くらい使わせてくれないかね? それと本体はすくすくと成長中だとも。もういいよ……さっそく本題に入ろう」
「何かあったの?」
僕が亀を抱き上げながら聞いてみると、シュウマツさんはその亀をふわりと浮かべ、タツノオトシゴと一緒に自分の元に引き寄せた。
「何かあったのというか、これからある。精霊達には君達の聞き取り調査を依頼していたのだよ」
そうなんだと僕は呟く。
聞き取りの調査を、よりにもよって亀とかタツノオトシゴに頼むのかシュウマツさんは。
シュウマツさんの話はやっぱり時々よくわからなかった。