疑惑
AI人種の人型素体を制作する場合、実際にはあまりいない髪色が推奨されている。
普通の人間と見分けがつくようにとの配慮だが、全体的に鮮やかな黄色の彼女は基本に忠実で、遠目からでもわかりやすそうである。
「初めまして、カノー様。ワタクシはオペレーション専用AI、OPC3です」
「おお、結構いい型番だ。えっととりあえず……オペ子さんって呼ぶね」
「その名前を登録しますか?」
「うん、お願い」
ユーザーと名前を登録すれば、いったん起動できた。
初期状態に戻ってしまっているようだが、基本データのバックアップ位あるだろう。
ひとまず初期状態でも、基本的な受け答えに問題はないはずだった。
しかし即答で名付けたとたん、背後から視線を感じて振り返ると、フーさんと白熊さんがなんとも言えない顔をしていた。
「偶然だけど、三人目ともなると……ちょっと疑惑が出てくるね」
「うん。……確認しておかないと」
「え? なに?」
「……ひょっとしてと思うんだけど。カノーって丁寧に話す人だと思ってたんだけどさ。「さん」付けするのってひょっとして、全員たまたま呼び方に数字の「3」が付いてたからとかじゃ……ないよね?」
「もちろんそれだけじゃないとも。そう……他の理由は…………普通にさん付けは呼びやすいよ? 丁寧だし」
「「……」」
偶然の一致である。そう言うことにしておこう。
そんな些細なことはいいとして、オペ子さんが来たのは僕にとってはかなり幸運なことではあった。
僕も頑張っているつもりだが、コロニーほどの巨大建造物を「ただ機能させる」のは思いのほか大変だ。
この先僕の手が入る部分が多くなればなるほど、予期せぬトラブルは多くなるに違いない。
その点オペ子さんがいれば、僕では気づけなかった細かな部分にもしっかり目が行き届くはずだった。
それに、この素晴らしい技術の結晶を知らないという地球の人や月の人にも知ってほしい。
軍モデルのオペレーションタイプなんてハイスペックに決まっていた。
オペ子さんは一見すると人間にしか見えない滑らかな動作で、頭を下げた。
「すみません、カノー様。最初に現状の確認をさせていただけますでしょうか?」
「もちろん」
「では、こちらのシステムにアクセスしてもよろしいですか?」
「いや無理だね。ネットワークにはつながってないから大したことはできないと思う」
そう言うと、現状表情に乏しいオペ子さんの表情筋が、気のせいか動いた気がした。
「……システム障害か何かでしょうか?」
「違うよ。このコロニーはネットワークから完全に独立してるから」
「ならば、ワタクシの方で通信してアップデートを……」
そう言ったオペ子さんを食い気味に止めたのは、フーさんだった。
フーさんは首を振り、残念だけどと肩をすくめた。
「ああそれダメだよ。私試したけど、無理だった」
「……あなたは?」
「月人だよ。フーさんでいい。私も通信は試したけど、一切ダメだった」
すでに自分のアウターで試せることは試していたらしいフーさんに白熊さんもやっぱりと同意する。
「ああ。月もダメだったんだ」
「ビックリしたよ。アウターのやつも一切ダメ。月は通信系の技術強いんだけどなぁ」
僕は難しい顔で唸る。
そうなのだ。ニライカナイコロニーは事故からずっと通信状況は絶望的に悪く、二人には何とも心苦しい状況だった。
そして今度は白熊さんが、新入りのオペ子さんに自己紹介していた。
「ええっとじゃあ次はボクだね。ボクは……白熊さんでいいよ。地球の出身だ。ボクの方もアウター動くようになってから試してみたけど手ごたえがないね。近い相手となら通信できるから機材トラブルじゃない。たぶん原因は……もしかしなくてもあの、“穴”ってやつかな」
「そうだよねー。私、月に戻るのは厳しいかも」
「ボクも……怒られるだけでは済まないだろうなぁ。まぁ通信できたとして―――なんて言えばいいのかわからないけどさ……」
「「確かに」」
うん、僕もそう思う。それにシュウマツさんのことを考えると助けにこられても困る。
現にオペ子さんの理解力をもってしても、さすがに今の会話を完全に理解することはできなかったようだった。
「穴ですか?」
「そう。ワープ実験の事故で開いた時空の穴だって。外部との連絡はしばらくは出来ないと思っておいた方がいい」
実際は穴と表現していいのかはわからないが、シュウマツさんが言うにはそれが適当であるらしい。
そして3人目ともなればいよいよ信憑性のある事実もでてくる。
本当に申し訳ないが、どこかでワープをしくじると、ここに出てくることがあるらしい。
他にも気がかりなことは沢山あるが、このコロニー周辺の空間自体がおかしなことになっているのは間違いない。
まぁ頑張ろうとオペ子さんの肩を軽く叩いた僕だったが、その時だ。
「……」
プツゥンと、オペ子さんが電源が落ちたようにその場にひっくり返った。
「オペ子さん!? どうしたの!」
やっぱりどこかに深刻なダメージがあったかと、僕は慌ててオペ子さんを抱き上げた。
すると別にオペ子さんは機能停止しているわけでもなく、死んだように表情のない目で、うわ言の様なことを呟いていた。
「……あ、アア、ネットワークに接続できない。……それはマズイ……アップデートが……アップデートがされないなんて……」
どうやらネットワークに全くつながっていない状態がショックのようだ。
そう言えば、どんなAI人種もネットワーク接続推奨である。
だが露骨に不具合を起こしている人型アンドロイドは、フーさんと白熊さんには気味が悪く見えたみたいだった。
「うわ。なんか言ってる!」
「に、人間に近いから、そりゃあショックなことがあったら動揺だってするさ……」
「……AIが動揺したらダメでしょ」
「感情まで再現して、配慮してくれる空気の読めるAIなんだ……」
んん?っと眉間に眉を寄せて、フーさんと白熊さんが見ている。
何とか擁護したいけれど、どうにも気まずくなってきた。
「いや……まぁネットに接続できなくても、ちゃんと出来ることはあるから」
「それは誤りですカノー。型落ち……サポート終了……対応していない新作アプリ……いつか使えるんじゃないかなどまやかしです。倉庫の奥は暗くて埃っぽいでしょう」
「む、昔のアプリは古い奴の方がよく動くよ。ファンもいるだろう? というか君最新モデルでしょ?」
「確かに私は最新モデルです」
「そうそう。大丈夫。君にやってもらいたいことは沢山あるから頑張って。世代問わずに君達は僕らの誇るべき隣人だとも!」
「―――申し訳ございません、取り乱しました。では、お手数ですがもう少しデータの入力をお願いしても構いませんか? 初期状態なので何もわからないのです。明日がいつかもわからない」
「「「……」」」
うーん。始める前からメンタルケアが必要とは、大変珍しい。
この子、ずいぶん個性的なんじゃないのかな? ネットワークから外れてるからなの?
お願いだから新人類さん達と、ついでに異世界の友人よ。そんな目で見ないであげてくれ。
僕はこの空気を変えるべく、にっこり笑ってみんなに提案した。
まぁヘルメットで見えないだろうけど。
「よし! 壊れたアウターにバックアップ取りに行こうか!」
ひとまずは彼女の身に何が起こったのか、その辺りの情報で役にたってもらうことにしよう。