ステーキを焼こう
巨大な網に、大量の炭。
そしてそれ以上に大量の肉の山なんて、僕は生まれて初めて見た。
しかしガンガン燃える炎を見ると、僕はどうにも落ち着かない気分になる。
この場に集まった中で僕と同じ反応なのはフーさん。
白熊さんと、シュウマツさんは普通に楽しみに……いや、シュウマツさんに関してはいつもより比較的光量が強いだけなのだが、楽しそうに見えた。
「どうしたんだい? やっと念願の動物性たんぱく質を手に入れたというのに」
「そうだよ。肉だよ? 今から焼くんだよ? こんなに楽しいことはないよ」
不思議そうな白熊さんと、シュウマツさんだが、僕だってお肉が食べられることはとてもうれしい―――でも。
「いや……まぁ外でガンガン火を燃やすなんてコロニーでやったら、すぐ警察飛んでくるからねぇ」
「月も。えぐい罰金とられるよ」
「それはまた難儀な」
「へー空気が限られてるところじゃそうなるんだ。ピンとこないなぁ」
ちょっと得意げな白熊さんに、僕らはなんだか負けた気がした。
「でたよ! 惑星育ちのマウントだよこれは! カノーもなんか言ってやってよ!」
「まぁまぁ。でもほんとにハラハラする……」
僕らの反応にちょっと得意になった白熊さんは、上機嫌に大きく頷いた。
「それはいい。じゃあ、惑星育ちのサバイバル料理、温室育ちたちに披露してあげようじゃないか」
ジャキンと構える両手トングが、その気合の入れようをうかがわせる。
しかし肉をひと切れつまみ上げた白熊さんは、その身質を見たとたん、目を見開いたまま動かなくなってしまった。
「な、なにこれ、ピンクですごくマーブル。モンスターだからかな?」
「え? 霜降りでしょ? こういう肉ならあるでしょ? 高いけど」
「え?」
「そうなの?」
僕の一言に、とんでもない衝撃を受けたような白熊さんとフーさんがいた。
今一噛み合わないなと思った僕だったが、よく考えてみると察しがついた。
「あれ? 見たことない? コロニーにはいるんだけど、地球には……アッ」
「今の『アッ』ってやつはダメだ! これだからコロニー出身者は! うまいものは全部持ってっちゃってるんだ!」
「いやまぁ……環境変わった時に、『ノアの箱舟』を気取っていたこともあったらしいから」
嘆く白熊さんに、僕は苦笑いを浮かべた。
地球の環境激変の影響で打撃を受けたのは何も人間だけじゃない。
他の動物も絶滅したり逆に勢力を伸ばしたりと、生態系だって激変した。
そんな混乱の中で失われた種も沢山いて、サシの入った牛もそんな中の一種らしい。
しかし地球ではいなくなっていた種が、コロニーでは生き残っている場合がある。
特に家畜として飼われていた種などは顕著だとか。
人類文明が地球で最も繁栄していた頃の環境がコロニー内では維持されているため、おいしいものが多いなんていうのは聞いたことはあった。
ただそうやって悔しがられると、ちょっと嬉しくなってしまった僕は真の牛の味を知っている罪深い男だった。
「いやぁ、僕も数えるほどしか食べたことはないんだけど。そうか知らないのかー」
「「ぬぐぐ」」
悔しそうな白熊さんは、落ち着いてきた炭火を確認して網の上に肉を一枚そっと乗せた。
温まった網に肉が触れた瞬間、ジュワッと小気味のいい音が聞こえて、香ばしい香りが辺り一面に立ち込めた。
とにかく空腹を刺激する香りに満たされた頃、肉の提供者であるシュウマツさんはよくわからないことを言い出した。
「ほんの数秒でいいはずだよ。それで食べごろだ。肉が教えてくれるはずだね」
「肉が教える?」
シュウマツさんの言い様は何かの言い間違いかと僕は思った。
だが、すぐにそんなことは考えられなくなった。
「大変だ! 肉が!」
「どうしたんだ!」
声に驚く僕に、肉を焼いている白熊さんがなぜか狼狽えている。
僕は慌てて肉に視線を戻すと、その変化は一目瞭然だった。
「肉が……金色に光っている?」
「うん。食べ頃の様だね」
あれ? 牛の肉ってこういう反応だっけ?
だがそんな疑問は無駄だとすぐに気が付いた。
なぜならこの肉は、僕の知っている牛の肉なんかじゃ断じてない。あの三食肉キメラ肉だと言う絶望的な真実だった。
「……」
白熊さんは食べ頃だと言われて、素直に肉を皿に取り上げた。
匂いは極上である。
匂いを嗅いだだけでお腹が鳴りそうなほどで、焼き加減も絶妙な焦げ目が視覚的にも、楽しませてくれる。
しかし唯一の気がかりが最大の問題だ。完璧な焼き加減の肉は、輝きがより増していた。
その一点が、先の戦いの記憶と合わさって猛烈な不安となっている。
「……僕が食べよう」
だからこそ、僕は真っ先に立候補した。
来たばかりの白熊さんにも、そしてフーさんにだって毒味をさせるわけにはいかない。
ここは責任をもって、僕が最初の一口をいただくべきだろう。
白熊さんとフーさんに視線を巡らせて、任せておけと深く頷く。
そして僕は、輝くステーキを慎重に切り分けて、恐る恐る口の中に入れた。
「……!!!!」
だが味はきっとサシの入った高級牛肉、そんな思い込みは一口で木っ端みじんに砕かれた。
「これは……牛……なのか? いや、牛の味に近いのに……食べたことがない。この肉汁……そして溶ける脂。いや!それ以上にうま味があふれて……!」
「大丈夫? 口が光っているけど」
「大丈夫というか……とてもうまい」
震える僕を見た、白熊さんがゴクリと喉を鳴らした。
信じられないと僕はシュウマツさんを見たが、そこには得意満面な波動を出すシュウマツさんが浮いていたのだ。
「おや? そんなに驚いて。知らなかったかね? 魔素を多く含む肉の味は、そうでない肉に比べて味のレベルが違うのだよ? 何せ魂が喜ぶレベルだ。ああ! そうだった、こちらにはこんな動物はいないのだったね。うっかりしていたよ」
「「……ぬぐぐ」」
まさかのマウント合戦にシュウマツさん参戦! これは完全に異世界マウントを取られた。
逆転不能の決まり手である。
負けたよシュウマツさん、確かに君の真心は一級品だった。
その肉は確かに震えるほどうまかった。
僕は今までの苦労も忘れて、敗北を喜んで受け入れる。
そして毒見は終わったよと、白熊さんとフーさんを見た。
「つ、月にだって……おいしいものあるもん! 私が知らないだけだもん!」
するといつの間にかフーさんはプックリと頬を膨らませて、ご機嫌斜めのようだった。
僕らは顔を見合わせて、大人げなかったかと反省した。
「いや……悪かったね。さっそく食べようか?」
「ゴメン! そういうつもりじゃなかった!」
「えーっと……この肉の一番おいしいところを教えてあげようか?」
慌てる僕らはどうやら悪ふざけが過ぎたらしい。
だがステーキパーティが始まれば、全ての悔し涙は笑顔に変わる。
おいしいは正義だ。そして微妙な知ってる自慢は何も生みださないらしい。
「……嘘だろ。こんなにうまいものがこの世にあったの!?」
「まぁ、異世界産だけれどね」
「はぐはぐはぐはぐ」
「うん。ものすごくおいしいね。フーさんが肉を噛む装置になってる」
キマイラステーキは、このコロニーの名物暫定一位だった。
しかし沢山食べたい一方で、おいしければおいしいほど思ってしまうこともある。
「これだけおいしいと惜しいとも感じちゃうね。これを食べ終わったら、もう二度と食べられないなんて」
僕のさりげない呟きに、シュウマツさんは反応する。
「え?」
「「「え?」」」
僕らも一斉に反応してしまうわけだが、その驚きの意味はせめてお肉をお腹いっぱい食べきるまで聞きたくはなかった。