給食係の伝説
新装備の開発は難航した。
いやまぁもう無理なんじゃないかな?というあきらめ半分、ひょっとするとシュウマツさんが味にこだわったというお肉をついに食べられるのではという食欲半分だが、思ったより開発が大ごとになった感じは否めない。
「おらーいおらーい……ハイ! ストップ!」
だがなんだかんだ頑張った結果、格納庫では出来上がった新装備をさっそく白熊さんに装備中だった。
「でっかい剣と盾?」
「ああうん。色々まずいから近接武器だよ」
3Dプリンターよりもよほど便利なシュウマツファクトリーは魔法の力ですべてを解決してくれる。
僕の手間自体は、設計と新しいシステム構築というものだが、期間が短い割にはきれいにまとまったのではと思う。
「ブースターを増設して推進力を更に上げてるから気を付けて」
「いやそれ、ボクでも死ぬんじゃないかな? 前のやつでもギリギリだったんだけど。君らなら死ぬくらいのやつ」
「だから、例の狂戦士化の魔法ナシじゃ増設分は使わない事。機体の強度は前より頑丈になってるから、機体の方を気遣う必要は全然ないからね」
「……どうやって? 地球でも最高峰の装甲だったと思うんだけど?」
「ハハハ……そこは魔法でとしか言いようがないかなぁ。魔法金属ってものがあるらしいんだけど、シュウマツさんが金属に魔素を溶け込ませる錬金術を知っていてね。こっちの合金をそれに変えたらしいよ」
「……おーけー。このアウターは前より丈夫になった。そう言うことだね?」
「助かる。僕も正直ぼんやりしたところはあるけど、確かに数値上も丈夫にはなっているから、期待して? ミサイルの直撃くらいじゃもうびくともしないよ」
「……どんな化け物と戦わされるのボク?」
「……ええっと。それで、いざって時は、例の魔法を使ってロックを解除。そうするとアウターが分割されて鎧みたいに着込めるから、その状態でもブースターや装備の類は当然使える。現状問題ないはずだけれど、不都合があったらどんどん言ってね」
「……」
早口で仕様の説明する僕は、ひとまずいいものが出来たという自負はあった。
でもきっと本国の技術者に見せたら、お前頭いかれてるんじゃないかと言われるに違いない。
今回の敵も同様、しっかり説明できるとも思えないし、立ち向かうには前情報はない方がいいと僕は思う。
ダメなら撤退推奨の僕に、白熊さんはため息を吐くと新型アウターを眺めて両腕を腰に当てた。
「見ればわかるって言うんだろう? 見てやろうじゃないか」
固体名「三食肉キメラ」。
悪魔のようなこのモンスターをいつかは食べてやるぞとそう名付けたわけだが、ここに来るたび名称がむなしくなってきた今日この頃である。
シュウマツさん特製の魔法の檻で閉じ込めてはいるが、崩壊は時間の問題のように思われた。
ただ今日は、この魔王に立ち向かってくれる勇者がいた。
そう。完璧な準備を整え、決戦に挑む者―――立ち向かうのは特に因縁のない僕らの給食係だった。
「なるほど……なんだこれ? 何モンスター?」
「ブモォオオオブギィイイコココケェーーーー!」
雄叫びが完全に動物のそれじゃない三つ首頭のキメラを見て、白熊さんはあきれ声だった。
そして負け組達は、新たな希望の星にエールを送った。
「「がんばれー」」
「君達ね……」
剣と盾を装備した、特製アウターは宿命の敵の前に立つ。
正直申し訳ない。でも、地球産のアウターはこの戦いに向いていると思う。
元々どうやったらあの大きさであそこまでパワーを上げられるのかというほどの動力に、高出力のブースターは、コンセプトがいかれていて個人的には評価したい。
今回の僕のやった改造は長所を伸ばしただけの改造だった。
「重い物をすごい勢いでぶつければそりゃあ痛いだろうみたいな。あー……口に出すと我ながら頭の悪い改造だね」
「どうなるかな? 悔しいなぁ。宇宙空間なら私も対抗できそうなのになぁ」
念のため自分のアウターも持って来て悔しそうなフーさんに、白熊さんはヘルメット越しにニヒルに笑って、アウターの巨大な拳を、気合を入れてぶつけて見せた。
「……まぁ、せっかく色々用意してくれたんだから。そりゃあ―――ねじ伏せるさ」
ブースターに火が灯る。
そしてすさまじい踏み込みで、白熊さんは突っ込んでゆく。
機体が丸ごとミサイルになったような突進は、シンプルだが冗談のような勢いだった。
キメラはそれを睨み、大きく翼を広げると、真っ正面から突進して受け止めてゆく。
「うおおおおお!」
ズンと空気が揺れる。
重い肉と金属がぶつかる音が響き渡るが、どちらも弾き飛ばされずに拮抗していて、僕は開いた口がふさがらなかった。
正直改造なんてしなくても、ぶつかるだけでどうにかなるだろと思っていたが、僕はまだヤツを甘く見ていたらしい。
その思惑は白熊さんも同じだったようで、アウターから聞こえる声はほとんど悲鳴だった。
「うわぁ。耐えたよあのキメラ」
「……どんだけだ! 化け物すぎだろこんなの!」
「だからそう言ったじゃん! 手伝うなら言って!」
「いいや……このまま負けたんじゃさすがに情けない。役に立つところも見てもらわないとね!」
何やら覚悟を決めたらしい白熊さんはさっそく切り札を使うようだ。
「アレをやる! 絶対近づくな!」
魔法の赤い光はアウターの装甲まで走り、変形は始まった。
装甲が腰から上下に分割して、手足は小手と脛当てのように変形すると、巨大化した白熊さんの体に装着される。
胸部から太ももにかけて露出している体は、筋肉が膨れ上がり、見てわかるほど肥大化していたが、インナーが破れる様子はなく、機能している。
僕は戦闘時にうまくギミックが起動してよかったと、ひとまずホッとした。
だがそれ以上に心配だったのは、本当にキメラを圧倒出来るのかということだったが、その結果はすぐにわかるはずだった。
「ハハハハハッ! いいね! 最高だ!」
白熊さんが興奮して叫んだのは、狂戦士化の影響か。
追加のブースターが火を噴くと、もはや背中は巨大な火の玉だ。
「ギッ―――」
キメラは踏みとどまることもできずに一瞬で押し返された。
そのまま白熊さんはがっちりと組み合ったままキメラごと前方に飛ぶと、岩肌に追突してキメラを叩きつけた。
圧倒出来れば勝負は一瞬で決まる。
岩肌にめり込んだキメラは完全に沈黙。
そして白熊さんは自分もめり込んでしまった岩肌から無理やり抜け出て、剣をぶんぶん振って無事をアピールしていた。
「剣使わなかったー。ゴメン! ああでも、これから解体に使っていいー?」
もちろん構わない。
どうぞやってくださいって感じだった。
このコロニーの給食係は決定した。そしてこの記念すべき瞬間を僕らは忘れないだろう。
「すごい! でも大丈夫なのアレ? むき出しのアレ、生身でしょ?」
「そこはまぁ僕も驚いたよね。まさかあの魔法を使ったら素肌の方が装甲よりも硬いなんて」
「……何それ怖い」
フーさんも興奮して鼻息が荒かったが、僕も魔法とアウターの相乗効果に驚きを隠せない。
異世界の狂戦士とは、僕らの常識を超える存在だった様だ。
中身が縮んだのか、ガキンと変形前に戻ったアウターがキメラを引きずって戻って来る。
白熊君が無事ミッションをクリアしたことで、今晩のおかずは決まった。
「でっかいフライパン用意しよう!」
「私! 塩と胡椒持って来る!」
僕らは走る。最高の夕食を食べるために。
メニューは、ありえないくらいでっかい三食キメラステーキである。
シュウマツさんの語る至高の味を堪能することはもはや確定した未来だった。