魔法のようなパワーアップ
「つまりボクに狩りをしてほしいと? ……アウターがあってできなかったの?」
「できなかった」
「無理だったね」
「銃は?」
「ダメなのに使ったけど無理だった」
「あんなの豆鉄砲と一緒だった」
「そんなことある? ちょっと話を盛りすぎて……」
「「盛ってない」」
「……」
そう、全然盛ってない。科学の粋を集めた兵器をもってしても、あのモンスターには勝てない。
奴が草食寄りの雑食でなければ食われていたのは自分だった、今の力関係は大体そんな感じである。
僕らは対策が必要だと格納庫へ移動した。
給食係を任命した以上は、万全の準備をしなければ奴には勝てない。
しかしその方法はというとかなり難しい。
「まず、白熊さんのアウターの修理と、強化は必須だ。でもあんまり強力な兵器の類はコロニーの中じゃ使えない」
「広いとはいえ、どこに飛んでいくかわかんないのはまずいよね。かといって仕留められなきゃダメだし……」
「でも正直……アレに銃を使わないで勝利できる気もしないんだよなぁ、毒物で無力化も考えたが食用なことを考えると、最適でもない。
ゆえに今回試みるのはもっとも原始的なパワーで圧倒する狩猟。
その要になるのは助っ人のスペックと、やはりシュウマツさんが施す魔法でのパワーアップである。
妙にやる気のシュウマツさんはさっそく白熊さん相手に質問を始めていた。
「まず聞いておこう。君が戦うとしたらどのようなスタイルがお望みかな?」
「一通りはこなせるけど……やっぱり得意なのは接近戦かな?」
「ふむ。では君が、暴れる前に使っていたあの薬、アレは君の体を強化するものかな?」
「アレは……まあいいか。そうだよ、強化薬さ。アレを飲むと、一時的な筋力の増加が見込める。体にきついのが難点だけど」
「ふむふむ。やっぱり君は通常よりも頑強な種族なのだね。……そんな君にぴったりの魔法がある」
そう言ったシュウマツさんに白熊さんは困り顔を浮かべた。
「ええっと、魔法って、ボクにも使えるんだ……興味はあるけど」
「私もこちらに魔法がないことはわかっているとも。ひとまず論より証拠というやつだ。なに、君の薬よりも体に優しいのは保証しよう。その上で効き目は断然上だとも」
ほほう、魔法とはそんなに都合のいいものがあるのか。
しかし白熊さんが使った薬物は明らかに見てヤバいとわかるくらいの効果があったのに、それ以上となると僕は怖いと言う感情が先に来た。
一方で、戦闘職の白熊さんは、純粋に興味があるみたいだった。
「ホントに? ちなみにその魔法はどんな魔法?」
「狂戦士化の魔法」
「……ホントに薬より安全?」
心底疑わし気に尋ねる白熊さんに、シュウマツさんはノータイムでやけに断言していた。
「大丈夫。今回施すのは魔法文明暗黒期に生み出された安全な狂戦士化の魔法だよ」
「あんぜんなきょうせんしかのまほう……言葉に説得力がなさすぎるっていうのも問題じゃないかな?」
「うーん。すべて事実なのだがね? 元々狂戦士化の魔法は文字通り、狂戦士を生み出すものだった。しかしまぁ最終目標はそこではない。強力な戦士をいちいち使い潰したいわけがないだろう? 元のイメージが定着しすぎてこんな名前を付けられたが、完成した魔法は一時的に強力なパワーと、無敵の防御力、更には驚異的な回復能力まで備えた接近戦の切り札となったのだよ」
「へぇ。そうなんだ。で……差し出してるそれはなに?」
「シールだ。体に貼ってくれ。それで使えるようになる」
「そんなんでいいの! 魔法お手軽過ぎない!?」
準備のいいシュウマツさんは驚く白熊さんの前に、今作ったばかりのシールを差しだした。
ここに現物がありますと即差し出すフットワークの軽さは魔法なんだろうけど、露天販売みたいだった。
諸々の説明を聞いた上で不安を感じたらしい白熊さんは、体重を若干後ろに傾け、逃げ腰だった。
「はがれると使えなくなるから気を付けて。逆にシールは水につけてごしごし擦ると取れるから安心してくれていいよ」
「うーん……ひょっとして、ここで暴れたことを怒ってる?」
ジリっと、一歩後退。
しかしシュウマツさんはやけに明るく点灯しながら、言った。
「え? 怒ってない怒ってない。この魔法は間違いなく君にピッタリの魔法だとも!」
「嘘だ! 絶対怒ってる!」
逃げ出す白熊さん。
しかしどこからか伸びて来た木の枝が、白熊さんをグルグル巻きにするまで数秒だった。
「ぐわ! なんだこれ!?」
もがく白熊さんだが、残念ながらいくら力が強いとはいえ現状では抜け出すことはできないらしい。
「安心しなさい。この魔法を施せば、このくらいの拘束、苦も無く引きちぎれるようになる」
「こんなことできるなら自分で狩りでも何でもすればいいじゃないか!」
「いやぁ。生態的にちょっと。私は植物なのでね。積極的な狩りは、第二次生産者からやってもらった方がいいかなって」
申し訳ないが、確かに通常ではまだ奴には勝てない。
観念した白熊さんは、言われた通りに身体にシールを張ることを受けいれた。
準備を整えた白熊さんは、シュウマツさんに簡単なレクチャーを受けて準備は完了である。
「では、強くなった自分を想像して、何かきっかけを作ろう。何でもいいけど毎回同じものがいいよ」
「決まった切っ掛けねぇ……。ああ、じゃあアレかな、やっぱり『射器を腕にさす』。強くなると言ったらアレだ」
「ふむ。それって……痛くないのかね」
「痛みはないね。筒を押し付けてる感じ。薬は抜いてやればいいだろう」
身近なパワーアップ方法がそれというのは中々おっかない話だがきっかけというなら確かにわかりやすい。
「ふむ。君がイメージしやすいのならそれでもいいよ」
「じゃあ、やってみようか。なんだかドキドキするな……」
プスリと筒を腕に押し当てる白熊さんの体の変化はまず体に張り付けられたシールに現れる。
赤く発光し始め、インナースーツの上からでもはっきり見えるマークは、全身に浮かび上がっていた。
「ぐっ……!」
白熊さんは胸を押さえた。
僕は様子を窺っていたのだが……白熊さんの体が、2倍、そして3倍に膨らんできた辺りで、体が自然に震えてきた。
「……」
だんだんと僕の視線が上がり、インナースーツがかわいそうなくらい伸びて、裂ける。
元々逞しいモデル体型が、今はダイナマイトをはるかに超える強靭な肉体へと変貌すると、僕の歯の根が合わなくなってきた。
「これは……すごい。力が溢れる……」
フーさんを見るとカタカタ震えていた。
黙って見ていた僕らはとうとう我慢できなくなって、シュウマツさんに声をそろえて尋ねた。
「「ねぇこれ、ほんとに大丈夫!?」」
「大丈夫だってば。心配性だな君達は。解除されたら体の悪いところが回復して、曲がった骨格も真っすぐになるくらい大丈夫」
「だって。でっかくなっちゃったよ?」
フーさんは両手を忙しく動かし、よくわからないジェスチャーと青い顔で訴える。
「それは大きくなるとも。一時的にその強化に適応するために肉体を変化させ、体表には防御魔法が張られる。パワーは通常時の1000倍なのだよ?」
「何そのでたらめなパワーアップ! ああでもこれならあいつに勝てそうかな?」
「だろう? 私もここまでのパワーアップは予想外だ。よほど相性が良かったのだろうね」
期待と不安でテンションが上がってきたフーさんとシュウマツさんの言う通り、確かに今の白熊さんは強そうだ。
「……いやでも問題あるよこれ?」
しかし僕は言わなければいけなかった。
フーさんもシュウマツさんも、そして白熊さんでさえ驚いていたが、それでもこれは無視できない。
「どこがだね?」
「いや……白熊さん、体がスペーススーツのアウターよりでっかいじゃないか。インナーも破けてるし」
「「「あっ……」」」
すごい魔法なのはわかったが。アウターが着られないんじゃ強くなったんだか弱くなったんだかわからなかった。