なさけ
今年も春がやってきました。
お日さまの光があたたかな季節です。
つもった雪がとけだして、草花の芽が出てくるころです。
冬の間、穴の中で冬眠していたクマさんも、あたたかなひざしにさそわれて、巣の中から外へ出てきて大あくび。
すると、クマさんのおなかがぐーっと大きな音をたてます。
冬の間冬眠していたクマさんは、ずっとなにも食べていません。
おなかがへってがまんできなくなったクマさんは、食べものをさがしに森の中を歩きだします。
やがて、ネズミをくわえたキツネさんを見つけたクマさんは、二本足で立ち上がり、大きな声でいばりちらします。
「やい、キツネ。おれさまははらがへっているんだ。そのネズミをおれさまによこせ!」
ですが、キツネさんもようやく見つけた食べものを、クマさんにわたすわけにはいきません。
「いやだね。このネズミはぼくがつかまえたのさ。あげるもんか。ぼくだっておなかがへっているし、巣で子どもがおなかをへらしてまっているんだ。今のきみのようにね」
そう言って、キツネさんは立ち去ってしまいました。
冬の間なにも食べていなかったから、とてもおなかがへっているクマさんは、こまってしまいます。
「…………おなかがへったなぁ…………」
キツネさんにいばりちらすのではなく、いっしょうけんめいおねがいしたら、食べものを少しわけてくれたでしょうか?
いいえ。きっと、クマさんは、キツネさんがつかまえたネズミをひとりじめしようとしたでしょう。
きっと、少しではなくぜんぶ食べてしまうにちがいありません。
そのことをキツネさんも分かっていたから、おなかがへってこまっているクマさんを見ても、そっぽを向いて去っていったのです。
しょんぼりしていても、クマさんのおなかはへったままです。
しかたがないので、食べものをさがしに森の中を歩きます。
するとこんどは、トウモロコシをくわえたタヌキさんに出会います。
カサカサに乾燥していますが、トウモロコシはクマさんの好物です。
おなかがへっているクマさんは、ひとくちでいいから、食べさせてもらえないかとタヌキさんにおねがいします。
「やあ、タヌキさん。おいしそうなトウモロコシだね。ぼくはいまおなかがへっているんだ。ひとくちでいいから、食べさせてくれないかな?」
すると、タヌキさんは首を横にふります。
「いやだね。このトウモロコシは、おいらがニンゲンの畑から拾ってきたものなのさ。おいらだっておなかがへっているし、巣では子どもたちがおなかをへらしてまっているんだよ」
そういって、タヌキさんも足早にさっていきました。
「…………おなかがへったよぉ…………」
またもや、クマさんのおなかがぐーっとなり、ますますしょんぼりしてしまいます。
おなかがへったまま森を歩いても、食べものを見つけることができません。
えもののどうぶつも、
ドングリや木の実も、
やさいもくだものも。
どれだけさがし歩いても、食べものを見つけることができません。
おなかがへってこまりはてたクマさんは、とうとうすわりこんでしまいました。
「…………おなか、へったなぁ…………」
やがて、空が夕やけにそまり、カラスがカアカアないても、クマさんはおなかがへったまま、うごくことができません。
こまりはてたクマさんは、とうとうたおれてしまいました。
クマさんは、このまま食べものを食べられずに死んでしまうのでしょうか?
あきらめて、目をとじたクマさんの耳に、だれかが近づいてくる音が聞こえます。
「やあ、クマさん。元気かい?」
目をあけて声のぬしを見てみれば、なんと、ウサギさんでした。
クマさんが元気なときであれば、ウサギさんはクマさんにつかまって、食べられてしまったことでしょう。
けれど、今のクマさんには、そんな元気もありません。
「…………なんの用だい? ウサギさん?」
おなかがへってきげんがわるいクマさんは、ぶっきらぼうにいいます。
「いやなに、春がきてクマさんが目をさまして、おなかがへってこまっているというからね。少ないけれど、木の実をもってきたよ」
そういって、ウサギさんはクマさんの手がギリギリとどくところにもってきた木の実をおいてはなれます。
「おっと。クマさんにつかまって食べられたくはないからこれでさよならだ。バイバイ。……クマさんに受けた恩は、これくらいで返せたとは思わないけれど、わたしも食べられたくはないのでね」
そういって、ウサギさんは立ち去ろうとしますが、クマさんがとてもふしぎそうなかおをしていたので、なぜかを教えてあげることにしました。
「クマさん、きみは、去年の大雨の日に、いそいで巣穴に帰ろうとしたときに、足をすべらせて川におちて流されたわたしを、川にとびこんで助けてくれただろう? わたしはね、そのとき、このままクマさんに食べられてしまうのだと思ったけれど、クマさんはそのままわたしをはなしてくれただろう?」
ウサギそんにそういわれても、クマさんはふしぎそうに首をかしげたまま。そんなことおぼえていないようです。
「クマさん、ねぼけるのも、そろそろやめたまえよ? 森のこちら側はニンゲンが木をうえたところだろう? こちら側をどれだけさがしても、食べものなんて見つからないよ」
そういって、ウサギさんは今度こそさっていきました。
クマさんは、ウサギさんがおいてくれた木の実を、ひとつぶずつ大事に食べました。
木の実をよくかんで味わっていると、なんだか元気が出てくるようです。ねころんだだらしないしせいから、体を起こしてすわります。
すると今度は、タヌキさんが、トウモロコシをくわえてもってきました。
今度のトウモロコシは、カサカサと乾燥したものではなく、みずみずしく新鮮なものみたいで、とてもおいしそうです。
おもわずよだれがこぼれるクマさんを見て、タヌキさんはわらいます。
「やあ、クマさん。元気かい?」
さっきのウサギさんとおなじようなことをいうタヌキさんにクマさんは首かしげ。
「おなかがすいて元気が出ないよ。タヌキさん、なんの用だい?」
「いやなに、かぞくに食べものをもっていったし、おなかをへらしてこまっているクマさんを見て、わらってやるのもいいかなと思ってね。このトウモロコシは、そのお礼だよ」
こまっているクマさんを見て笑ってやろうという、いじのわるいタヌキさんにムッとするクマさんですが、おなかがへって元気が出ないので、タヌキさんがもってきたおいしそうなトウモロコシに視線はくぎづけです。またよだれがたらり。
「……はぁ、まあいいか。クマさん、きみは去年の大雨の日、川の水がふえて巣に帰れなくてこまっていたおいらを見て、木をたおして橋をかけてくれただろう? そのおかげで、おいらは巣に帰ることができたのさ。……おぼえてないのかい?」
クマさんのようすを見て、タヌキさんはあきれたようにいいますが、クマさんはそんなことおぼえていないようです。
「……まあいいか。おいらは巣に帰るよ。じゃあね、バイバイ」
タヌキさんが立ちさったのを見て、クマさんはおいしそうなトウモロコシにかぶりつきます。
みずみずしく新鮮なトウモロコシはとってもおいしくて、あっという間に食べてしまいました。
けれど、体が大きなクマさんは、これっぽっちじゃあおなかいっぱいにはなりません。
さっきウサギさんがいっていたように、森の反対側にいって食べものをさがそうかと立ち上がろうとしたとき、ネズミをくわえたキツネさんが姿をあらわしました。
「やあ、クマさん。元気そうだね」
しとめたネズミをとおくからほうり投げて、キツネさんはいいます。
「おいしいトウモロコシを食べて、少し元気が出たよ。キツネさん、なんの用だい?」
「いやなに、去年の大風の日、たおれた木にはさまれてうごけなくなったぼくを、クマさんは木をどかして助けてくれただろう? これは、そのお礼さ」
できれば、もっと大きなえものがよかったのですが、しとめたばかりのネズミは、なんともおいしそうです。
「クマさんは体が大きいから、これっぽっちじゃあおなかいっぱいにはならないだろうけれど、ほんの気持ちだよ」
まだまだ食べたりないクマさんは、キツネさんがなげてよこしたネズミに視線がくぎづけです。
そんなようすを見たキツネさんは、ひとつおせっかいをやくことにしました。
「クマさん、こんなところにいても食べものもないし、ニンゲンに見つかると鉄砲をもってきておいかけ回されるよ。はやく巣の方に帰った方がいい。ぼくももういくよ。バイバイ」
そういって、キツネさんも立ちさりました。
のんきなクマさんは、キツネさんがくれたネズミをペロリとたいらげてから、きた道をもどります。
どこからか、なんだかいいにおいがただよってきているような気もしますが、えもののどうぶつもいないし、木の実も落ちていないし、こんなところに用はありません。
森のおくに帰って、おなかいっぱいになるまで食べものをさがして、食べることばかり考えます。
のしのしと、大きな体をゆらして。
情けは人の為ならず。
恩も怨も、めぐりめぐって、己に還るもの。