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その花の名は 〜あなたの香りに包まれて〜  作者: 宝月 蓮
シャルルは真っ直ぐな愛を貫く

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15/19

アイビー

 崩れ落ちた天井の下敷きになったが、奇跡的に外傷は軽く済んだルナ。宮廷医は今も全力を尽くしているが、彼女は現在も昏睡状態だ。

(ルナ様……どうして……どうして……?)

 シャルルの脳裏に焼き付いているのは、好物の苺のタルトを食べた時の嬉しそうな笑顔、いつもの上品な笑み、最近シャルルに見せるようになった柔らかな笑み……ルナの笑顔ばかりだ。しかし、目の前にいるのは青白く美しい顔で眠ったままのルナ。

(貴女を失ったら僕は……)

 シャルルはルナの手を握り祈る。

(ああ、神様……どうかルナ様をお助けください。僕はどうなってもいいから)

 シャルルの悲痛な願いだ。

 しばらくすると、他の者達もルナの様子を見に来たが、ルナのことばかり考えていたシャルルは、誰が来ていたのかあまり覚えていなかった。

 食事も摂らず、ただひたすらルナが目を覚ますことを祈るシャルル。少しやつれ、サファイアの目は輝きを失っており、目の下にはうっすらと隈が浮かんでいる。シャルルが今出来ることは、ルナの側にいて目覚めるのを待つことだけだった。

 どれだけ時間が経ったか分からないが、ふと優しく安心感のあるカモミールの香りが、シャルルの鼻を掠めた。

「……マルセル殿」

 顔を上げ隣に目を向けると、こちらを心配そうに見ているマルセルがいた。

「王配殿下、女王陛下のことが大変心配なのはよく分かります。私も陛下のことをとても心配しております。しかし、王配殿下、ご自身のお体のこともお考えください。食事をほとんど摂っていないと王宮の者から聞いております。このままではお体を壊してしまいます。今、王宮の料理人が殿下の食事を作っているところでございます。後ほどこの部屋に運ばれて来るでしょう。少しでいいのでお食事を摂られてください」

 マルセルの紫の目が、シャルルを真っ直ぐ見ている。ルナの神秘的なアメジストの目とは少し違い、包み込むような優しさがあった。

「……分かりました。では……マルセル殿もご一緒に」

 シャルルは力なく笑った。

 しばらくすると、軽めの食事が運ばれて来た。シャルルは食事を摂っている間もルナの方をずっと見ていた。

「王配殿下は本当に女王陛下のことを大切に想っていらっしゃるのですね」

 そんなシャルルを見たマルセルが優しげに目を細めた。

「ええ、マルセル殿。ルナ様は、聡明で隙がなく、民のことを考えている……皆がそう口にするように、完璧な女王陛下です。しかし僕は、初めて会った時に見たルナ様の笑顔……好物の苺タルトを食べた時に見せた、嬉しそうな笑顔がとても可愛らしくて、その笑顔に僕は心惹かれたのです。それからは、ルナ様をお守りできるよう、共に歩めるよう……ルナ様に相応しい男になろうと、政治を学んだり、剣術を学んだりしました」

 シャルルは懐かしむようにポツポツと語る。マルセルは黙ってシャルルの話を聞いている。

「でも肝心な時にルナ様を守ることが出来なかった……」

 シャルルは悔しそうに表情を歪ませる。

 するとマルセルはポンと優しくシャルルの肩に手を乗せる。

「マルセル殿?」

「王配殿下、今は……女王陛下を信じましょう。あの陛下なら、必ず目覚めてくださいます。そう信じましょう。それが、殿下に出来ることでございます」

 優しく、力強い眼差しだ。優しく安心感のあるカモミールの香り。

 シャルルのサファイアの目には少し輝きが戻る。少し力を取り戻したような感じになった。

「そうですね。マルセル殿、ありがとうございます」

 シャルルは微笑んだ。

 その翌日。シャルルはまだルナの側にいる。

「僕は……貴女が目を覚ますことを信じています」

 そう呟いた瞬間、ルナの瞼がピクリと動いた。そしてゆっくりと目を開けるルナ。

 シャルルはそれに気付き、サファイアの目を見開く。

「ルナ様!!」

 何かがプツンと切れ、サファイアの目からは大粒の涙が零れ出す。

「シャルル……様」

 ルナのアメジストの目はぼんやりとシャルルを見ていた。声も少し力がない。

「よかった……。本当に、よかったです」

 嗚咽を漏らすシャルル。

「シャルル様……(わたくし)は、生きているのですね」

 ルナの白く華奢な手が、ゆっくりとシャルルの方へ伸びてくる。恐らくシャルルの涙を拭おうとしているのだ。シャルルはルナの手を優しく包んだ。シャルルは大きく何度も頷く。

「ええ、ええ。本当によかったですルナ様が生きておられて、そしてお目覚めになって」

 シャルルの涙は止まる様子がない。

何故(なぜ)……? 何故あの時身を呈して僕を庇ったのですか? ルナ様はこの国の女王ですよ。貴女に何かありましたら、国民はとても心配するでしょう。それに、ルナ様を失ってしまえば僕は……僕は……」

 嗚咽を漏らし、ルナの手を握る力が強くなるシャルル。

(わたくし)は、貴方に生きていて欲しい。そう思ったのです」

「ルナ様……」

 シャルルは顔を上げた。

 ルナのアメジストの目は、真っ直ぐシャルルのサファイアの目を見つめていた。

「だって(わたくし)は、貴方を愛しているのですから」

「ルナ様……」

 シャルルは目を丸くする。ルナの言葉は、シャルルの胸にスッと入り込む。熱く激しく、安堵感とも言える、喜びとも言える感情が溢れ出した。シャルルはルナの手を握る力を強めた。

 甘美で格調高くエレガントな薔薇の香りが、シャルルを優しく包み込んだ。

 風が入り込み、飾ってあっだアイビーがそよそよと揺れていた。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






「今となっては、それも懐かしい思い出です」

 シャルルは昔のことを思い出しながら、白のルークを動かした。

 あれから時は過ぎ、数年前にルナは生前退位をして女大公の位を賜った。それに伴いシャルルも大公配となった。今は王宮ではなく離宮で暮らしている。シャルルもルナも歳をとり、もう孫までいる。しかし、シャルルにはまだ溌剌とした若々しさがあった。

「そうですわね。チェックメイトですわ」

 ルナは黒のナイトを動かし、悪戯っぽい笑みを浮かべる。相変わらず月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪は艶やかだ。アメジストの目は長年政治に携わり色々経験したおかげか、何でも見通せるかのようだった。

「やはりルナ様にはまだ勝てませんね。そろそろ僕に勝ちを譲ってくださっても良いのに」

 シャルルはため息をついて苦笑した。

「お祖父(じい)様、またお祖母(ばあ)様に負けてしまいましたのね。(わたくし)もお祖母様に勝てたことはないですわ。チェスもポーカーも、領地経営ゲームも」

 ひょこっと現れた少女は月の光のようなプラチナブロンドの真っ直ぐ伸びた髪にアメジストのような紫の目。ルナにそっくりだった。

「ディアーヌ、ルナ様は本当にお強いけれど、君はルナ様に似て聡明だからいずれ勝てる日が来るのではないかな?」

 シャルルはルナそっくりの少女ディアーヌ・ルナ・ガブリエラ・ナタリーの頭を優しく撫でる。ディアーヌはシャルルとルナの孫でナルフェック王国の王太女だ。今年十歳になる。

「そうだと良いのですが」

 ディアーヌは自信なさげに微笑む。

「姉上、諦めないでください。僕もお祖母様を超えられるよう頑張っておりますよ」

「そうですわ、お姉様。お姉様はいずれこの国の女王になられるのでございますから」

 ディアーヌを応援する少年と少女がいる。この二人もシャルルとルナの孫で、ディアーヌの弟と妹だ。弟のウジェーヌ・ルナ・ガブリエル・ナタリーは今年七歳になる。アッシュブロンドの髪に紫の目の少年だ。妹のメラニー・ルナ・ガブリエラ・ナタリーは今年五歳になる。プラチナブロンドの髪にアンバーの目の少女だ。

 シャルルとルナは自分の子供達から、孫の教育を頼まれているのだ。自国だけではなく、他国の王室に婿入りや嫁入りをした息子、娘達からもである。よって、この離宮にはナルフェックだけでなく、他国の王家に産まれた孫もいる。

「生前退位してから自由にのんびり過ごそうと思いましたが、賑やかになってしまいましたわね」

 ルナは苦笑する。

「そうですね。でも、僕はこういうのも好きですよ。ルナ様がいて、孫達がいる今の生活が」

 シャルルはルナと孫達を見て微笑む。サファイアの目は、とても優しかった。

「確かに、(わたくし)も好きですわ。この生活が。折角ですから、教育事業でも立ち上げてみようかしら?」

 クスッと笑うルナ。アメジストの目は輝いている。甘美で格調高くエレガントな薔薇の香りが、優しく漂っている。

「それは良い考えですね、ルナ様。また全力でサポートいたします」

 シャルルはルナの手を握った。

「ありがとうございます。頼みますわ、シャルル様」

 上品だが、シャルルに気を許している笑みのルナであった。

 部屋に飾ってあるアイビーには、ポツポツと花が咲いていた。


いつも読んでくださりありがとうございます!

「面白い!」「続きが読みたい!」と思った方は、是非ブックマークと高評価をよろしくお願いします!

5つ星をくだされば作者がとても喜びます!

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これでシャルル編は終了です。中々甘い雰囲気が出せませんでした。すみません。次回からはルナ編が始まります。こちらでは甘い雰囲気を出したいなと思っています。次回更新も少し後になります。なるべく早く更新できるよう頑張ります!


アイビーの花言葉は「永遠の愛」です。

ランベールはシャルルのことをかなり意識していましたが、シャルルにとってはルナが中心にいるので登場しませんでした。また、マルセルもシャルルにとって重要な存在になっています。


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