瞳は閉じたまま
少しホラー要素が入った百合小説となっております。それでもよろしければ、どうぞ楽しんでいってください。
外で鳴り出した爆発音で目を覚ました。窓を開けると、空に大きな花を描いた花火が打ち上がっていた。そうか、今日は花火大会か。
「・・・あ。」
ポケットからタバコを取り出し吸おうとしたら、最後の一本だった。
「あとで買いに出かけないと・・・。」
最後の一本を取り出し、空になったタバコの箱を部屋に投げ捨て、タバコに火を点けた。吸い込んだ煙を喉に通らせ、それを一気に吐き出すと、空に向かって白い煙が浮かび上がって消えていった。
まるで花火みたいだ・・・なんて、本物を前にして言える訳もなく、私は打ち上がっていく花火を眺めながらボーッとしていた。
「タバコなんてやめなよ~。」
左に顔を向けると、そこには和美がこちらを見て笑っていた。ニシシという笑い声が似合う表情だ。
「・・・もうやめれないよ。」
「えー!体に悪いし、人にも迷惑がかかるんだよ?もっと体にいい物を趣味にしてみたらどうなのよ。」
「自分も吸っていたのに、私には吸うなって言うんだ・・・。」
「吸ってたから分かるの!それにさ、晶には健康で長生きしてほしいしね!」
「だからどの口が言うんだっての・・・だって、和美は病気で死んじゃったじゃん。」
タバコを加えながら、私は和美の顔を払いのけるように手を横振った。私の手は和美を通り抜け、彼女の温かさや感触は全く感じられない。
和美は幼い頃からの親友で、いつも一緒だった。高校からは今のアパートで生活して、大学生になってもそれは変わらなかった。休みの日は映画を観たり、新しい料理に挑戦したり、他にも和美とした事は今でも鮮明に憶えている。
けど、そんないつもの日常は唐突に・・・本当に唐突に終わりを告げた。夏休みに入った頃、和美は実家に帰ると言って家を出ていった。一人で暇を潰したり課題を終わらせたりして一週間が経った。いつ帰ってくるのかを聞き忘れていたから、私は和美にメールを送った・・・けど、和美から返事が返ってくる事は無かった。
次の日、今度は実家の方に連絡をしてみた。
『・・・もしもし、久野です。』
「あ、和美のお母さん?晶だけど。和美っていつ頃帰ってきそうですかね?」
『・・・晶ちゃん。』
「はい。」
『もう・・・和美はいないのよ・・・。』
「・・・はい?」
それからお母さんは私に和美が病気で亡くなった事を話してくれた。鼻をすする音が途中で混じったり、何を言っているのか聞き取れない部分もあったが、【和美が死んだ】という言葉だけは、私は聞き逃せなかった。
何かの冗談だ。冗談にしては質が悪い。そう思いながら、私は和美の実家に確かめに行った。和美の家に着くと、和美のお母さんは私の姿を見るや否や、今まで見せた事もない表情を浮かべながら、子供のように泣きじゃくった。
この瞬間、私は本当に和美は死んでしまったんだと理解した。二日後、和美の葬式が開かれたが、私は行けなかった。行ったら、私は死にたくなってしまう。
怖かった・・・今まで当たり前のように傍にいた彼女が、私に秘密で、私の手の届かない場所に旅立った・・・そんな事実を信じたくなかった。
それから私は一人で過ごしていた。学校も休日も、楽しかったはずの映画や料理が途端につまらなくなった。
いつの間にか大学を卒業し、私は和美と一緒に就職しようと決めていた花屋を訪ねてみたが、花屋にはシャッターが下がっており、【4月をもちまして閉店とさせていただきます。】と張り紙が貼られてあった。
(何も上手くいかない・・・何も楽しくない・・・何も、感じられない。)
とうとう私は外に出る事すら嫌になっていた。真っ暗な部屋で暗闇を見つめ、暗闇の中にある何かを探していた。
このまま死んでいくのか・・・と思っていた時、私の手が小さな箱に触れた。暗闇の中、箱をよーく見てみると、それは和美が吸っていたタバコ。大学に入った頃から彼女は毎日のように吸っていた。
私はタバコを吸った事が無く、どんなものだろうと興味本位で和美の真似をしながらタバコを吸ってみたが、口の中で充満していく煙に嫌気がさし、早々に煙を吐き出してしまう。
その時、私は自分以外の誰かの気配を感じた。幼い頃から霊感があった私は瞬時に幽霊だと分かり、気配がする方へ恐る恐る目を向けた。
そこには和美がいた。
それから私はタバコを吸い続けている。どういう理由か、タバコを吸うと和美は現れる。幻なんかじゃなく、死んでしまって幽霊になっているが、生前の姿の和美が何事もなかったかのように。
「なんで和美は、私がタバコを吸うと現れるの?」
「んー・・・分かんない!」
「だよね。」
「でもさ、本当に幽霊になっちゃうんだね!人が死んじゃったら!」
「・・・普通はそうはならないよ。幽霊ってのは、生前に未練を残したまま死んでしまった人がなるものなんだ。未練もなく亡くなった人は、こっちには姿を出せないし声も届けられない。」
「お師匠様の教え?」
「らしいぞ・・・っと、噂をすればなんとやらだな。」
携帯に届いた一件のメールを開くと、和美が言っていた私の師匠である桐山から仕事の知らせが届いた。
桐山宗次。私の父の友達であり、私の師匠でもある男。【祓い屋】と呼ばれるこの世の者ではない存在を祓う事を生業としている人だ。就職出来ずにいた私に霊感があるからという理由だけで雇ってくれた。
「今回はどんなお仕事なのかな~。河童?それとも天狗?」
「妖怪は私の専門じゃないから違うよ。学校に住み着いた悪霊退治だってさ。」
「晶も随分と仕事を任されるようになりましたなー。私は嬉しいよ!」
「下手したら呪い殺される仕事を任されてんのに嬉しがるな。」
そう言ってみたが、こうして仕事を割り振ってくれている事には素直に感謝している。いつまでも親の仕送りだけでここに住んでいては良心が痛んでしまう。
「・・・ねぇ、晶。」
「ん?」
「正直な話さ・・・私の事を忘れて新しい生活を―――」
「嫌だね。」
「もう!いつもそうやって話を遮る!」
「和美のいない間、私は生きながら死んでいた。お前のいない世界になんていたくないよ。」
それが私の本音だ。タバコを吸い続けている理由だって、和美に会う為だからだ。もう二度と、あんな無機質な生活に戻りたくはない。あんな生活に戻るのなら、私は死んだ方がマシだ・・・なんて言えば、彼女はきっと怒る。だから、私は言わない。
「「あ・・・。」」
吸っていたタバコがフィルターに達し、これ以上吸えなくなってしまった。
「やっぱり短いよね。タバコを吸っている間だけだなんて。」
「・・・そうだね。次はロングの方を買ってみるか。」
「駄目駄目!ロングは邪道!それにタバコは一日一本まで!じゃなきゃ、出てくる度にお説教だからね!」
「はいはい、分かってますよ・・・それじゃあ、またね。」
「うん・・・また明日!」
そう言って、和美は私に手を振りながら消えていった。和美が消えると、さっきまで聞こえていなかった花火の音が響き渡ってきた。空に浮かぶ花火の華やかさや迫力は、独りになってしまった私からすれば、何の魅力も感じられない。
「・・・はぁ、仕事の支度しよ。」
窓を閉め、クローゼットの中にある黒いコートを始めとした仕事着を身に纏い、棚に飾ってある和美の写真の隣に置いていた指輪を中指につける。
家から出る時、ふと後ろを振り返ってみた・・・当然ながら誰もいない。さっきまで楽しく話していたはずなのに、誰もいない今の家の中は虚無感が漂っていた。
この光景を見る度に、いつかタバコを吸っていても和美が現れなくなってしまう事を考えてしまう。実際それが現実なのだ。本来であれば、死んだ人間と再び会える事なんて無い。
だから私は、そんな現実から逃げるんだ。非現実的な存在と対峙し、現実から離れられるように。
風間 晶 女性
・24歳の祓い屋
・幼い頃から親しかった親友である和美を失った事で、生きながら死んでいるような生活を送っていたが、死んだはずの和美と再会してから生きる意味を見出した。
・タバコに依存している訳ではないが、和美と会う為に必要な事なので、ある意味では依存している。
・同性愛者ではない。
久野 和美 女性
・21歳の大学生
・幼い頃に患っていた持病が再発し、治療をする為に実家に一度戻ったが、実家に着くや否や容態が急変してしまい、親友である晶に自身の病を打ち明ける前に亡くなってしまう。その未練が理由か、晶がタバコを吸うと、霊体として晶と住んでいたアパートの一室に出て来れるようになった。
・20になった頃からヘビースモーカー気味。
・親友である晶に好意を寄せていたが、この関係が壊れる事を恐れて言い出せずにいる。
続くような・・・続かないような・・・。