白痴浮遊
幸福だと体温が上がるらしい。
どうやらその逆も成り立つようだ。
そうでなければこのうだるような気温の中を
目的もなく無秩序に歩き回って、こんなに幸福な訳が無い。
疲れたとか、死にたいとか、いつも口をついて出る言葉を
思い浮かべさえしなかった。
これまでの人生で己を肯定したことなど、
目に映る全てを祝福したことなど、なかったのに。
今はただふわふわと浮き上がるような心地良さだけがある。
何も考えない、
何も思いつかない、
それだけでこんなにも幸せだ。
言葉だ。
言葉さえなければ私は幸福で、
ただそこに在るだけの動物でいることが出来る。
過去を呪わず、未来を疎まず、この瞬間だけを生きられる。
この肉体こそが心の正体だ。
体温計を口から取り出す。
てらてらと唾液が、切れかけた蛍光灯の灯りを模倣する。
37度。これが私の幸福。健康の値。
どうかこの眠気にも似た浮遊感が、
いつまでも、いつまでも続きますように。