ボーイズ?
俺はある日に悪夢を見た。
叔父のラウルがエルに襲われているという悪夢だ。ちなみに俺は今年で19歳になる。ラウルは23歳だが。既に彼は元婚約者のシェリアと結婚している。
(あー。最悪だ。何で俺がヤオイの夢を見なきゃならん!)
ガバッとベッドの上で跳ね起きた。脳裏にはまだエルに押し倒されたラウルの悔しそうな表情が焼き付いている。はっきり言ってエルもラウルも成人男性だ。俺にはヤオイの趣味は断じてない。
大きなため息をつきながらもう一度眠りについた。
翌朝、リアナに心配されながらも起こされた。手鏡を持って来てほしいと頼んでみる。リアナは文句を言わずに持ってきてくれた。
「……はあ。勘弁してくれよ」
「……エリック様。大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ちょっと夢見が悪くてな」
そう言うとリアナは不思議そうな顔になる。それには答えずにくっきりとある目の下の隈を見た。手鏡に映る自身の顔はげんなりとしていた。リアナに返すと両頬をパチンと軽く叩く。身支度を始めたのだった。
昼頃になり俺は執務室を出て庭園に出る。ふらりとそぞろ歩く。今は春だから外はぽかぽか陽気だ。鼻歌を歌いながら庭園に咲く花々を眺めた。あー、今日もいい天気だ。そう思いながら歩いていたら。目の前に意外な人物がやってきた。
「あ。エリックじゃないか」
「……お久しぶりです。叔父上」
「いや。別に敬語は今更必要じゃないだろ」
ラウルにそう言われたが。俺は何とも気まずい。昨日の今日で悪夢に出てきた人物と遭遇するとは。運が悪過ぎるだろ。
「エリック?」
「叔父上。ちょっとこちらでは人目がありますし。執務室に行きましょう」
「……わかった。行こうか」
ラウルは頷くと俺の先を行くように歩き出す。後を付いて行った。
執務室に着くと俺は侍従に言ってお茶やお菓子を用意してくれと頼む。侍従が頷いて部屋を出ていく。
「……それで。執務室に来てまで話したい事があるようだが。どういう用件だ?」
「……さすがに鋭いな。確かに話したい事はある」
「ふうん。まさか、嫁の事じゃないだろうな?」
「違う。そっちじゃない。あんたの事だ。ラウル」
「え。俺かよ?!」
ラウルが驚いて素っ頓狂な声を出す。まあ、そうなるよなと苦笑いした。
「……実はな。ちょっと昨夜に悪夢を見て。その内容がちょっとな」
「はあ」
「あんたがあのエルに襲われて押し倒されている夢だったんだ」
はっきり言ったらラウルは一気にげんなりとした表情になる。気持ちは十分にわかるぞ。俺もうげえと言いたくなったからな。
「エリック。お前。もしかしてソッチの趣味に目覚めたのか!?」
「んなわけないだろ!!」
「なら。何でそんな夢を見るんだよ。普通に考えたらおかしいだろうが」
ラウルは薄い金の髪をかき上げながらため息をついた。あー、やはり言うんじゃなかった。ため息をつきたいのは俺の方だよ。
「……ラウル。シェリアちゃんやエイダには言うなよ」
「わかってる。お前の名誉に関わる事だしな」
「あーあ。今日は本当についてねーよな」
ラウルが苦笑いする。俺は今度こそため息をついた。
執務室で侍従が持ってきたお茶やお菓子を楽しみながら談笑を続けた。途中から新しい2人目の婚約者のエイダ・べティア侯爵令嬢が加わっている。あの例のヒロインのアリシアーナ・フェンディはこの場にいない。
「……まあ。ラウル様。そんな話を聞かれましたの」
「ああ。エリックがツイてないと言ったのもわかるよ」
「それはそうでしょうね」
緩やかにウェーブした柔らかな黒髪に大きなアーモンド型の翡翠の瞳が美しいエイダだが。実は現代人としての記憶を持つ転生者でもある。俺が探し求めていた同胞で共犯者だ。
「……エイダ。そろそろ叔父上を開放してあげたらどうだ?」
「あら。失礼しました。もうそんなお時間でしたのね」
「叔父上。俺もエイダと2人きりになりたいし。いいかな?」
「はいはい。わかったよ。相変わらず仲の良い事で」
「んまっ。ラウル様ったら」
エイダがコロコロと笑う。見かけは仲よさげな男女だが。実はエイダの前世は若くして亡くなった男性だ。つまり、中身はヤローなんだな。猫を被るのが得意だからエイダは表向きは可愛らしい妙齢の女性なんだが。これが2人きりになったらガラリと変わる。
「じゃあ。失礼する」
「ああ。気をつけて」
「さようなら。ラウル様」
2人でソファーから立ち上がり見送った。ラウルはドアを開けて静かに去っていく。
足音が聞こえなくなると。笑顔でいたエイダが真顔になる。
「あー。かったるいぜ」
「お疲れさん。エイダ」
「やだな。元の名前で呼んでくれよな。矢恵さん」
「……わかったよ。英輔」
「……なあ。俺、いつまで猫を被ってなきゃいけないわけよ。令嬢のフリも疲れるんだけど」
かったりーとエイダもとい英輔がぱたぱたと扇子で顔を扇いだ。俺は苦笑いしながらお茶を飲む。
「まあまあ。英輔。そう言わずにさ。今後もよろしく頼むよ」
「わあったよ。ま、程々にな」
「ああ。あんたとだったら夫婦でもやっていけそうだし」
「……確かにな。生むのは俺だがな」
「そりゃそうだな。代わってやれなくて悪い」
そう言いながら英輔の肩を抱く。額に軽くキスをしたのだった。
――終わり――