才色兼備な王太女は、婚約破棄と聞いて首を傾げる。
11/5・11/7:ご指摘を受け、訂正しました。
夜会の騒めきと、煌びやかなドレスに心沸き立つ、わたくし――初めまして。シャーロットですわ。
本日、シャーロットは王家主催の婚約披露パーティーに参加している。
豪勢な食事、輝くシャンデリア、踊り、舞う人々。
まさしくそれは、美しい物語の一幕のようで。
さすが、王家主催と言わずしてなんと言う。
さて、そんなパーティに、シャーロットは婚約者である、リアム・エルセドア侯爵令息にエスコートされ、会場に入場した。
誰もが、ほぅ、と息を洩らす。
「素敵……」
「え、無理。直視できない神々しさなんですけどっ」
「あぁ、美しさのあまり目眩が……」
彼女の銀髪碧眼に合わせた、蒼色のドレスが歩くたびに裾が舞い、輝かしい銀の髪がゆるやかに靡く。
失神者が出た。
「ねぇ、わたくし変なのかしら?」
「なんで?」
「だって……みんな顔を背けているのだもの」
「いや、それは単に君が美人だからで……って、これは教えない方がいいな」
綺麗だと自覚してもらわなくては、と思ったものの、リアムは考え直す。自覚したら自覚したらで、もっと着飾ろうとするのが目に見えてるぞ。
ただでさえ、今日も目立たぬようにシンプルな装いにしたのに。
そんなの、狼である男の目を引くに決まっているではないか。
「嫉妬する。やっぱり却下だ」
「今なんて?」
「いや別に」
不服そうに唸るシャーロット。
その扇を口元に当てるしぐさも、眉根を寄せる困った顔も、美しく。まさしく女神が造られた造形美。
さらに、彼女の所作は完璧で、見る人見る人が、彼女を称賛する。
各領地の特産物、最近の財政状況だけでなく、ここ――アストリカ王国の政治もろもろも把握、慈善活動にも頻繁に参加し、平民層からの人気はもちろん、貴族の人気も高いという完璧な淑女。
(こんな容姿端麗、才色兼備なロティを、放っておく男はいるのか?)
答えは断じて否だ。
本当にこの頃、常に考えてしまう。
シャーロットを、他の令息にとられるのではないかと。
裏で手は回してある。
侯爵というカードを、ここまで使った覚えはない。
しかし、世には同じ侯爵令息なんてわんさかいるし、シャーロットに目移りされたら困る。
念には念をだ。釘は刺しておく。
「ロティ、俺のそばを離れるなよ?」
「え? わかったわ、リアム。離れない」
「いい子だ」
シャーロットは少しだけ不満に思った。
なぜ、リアムに愛称がないのだろう、と。
シャーロットにはロティという愛称があるのに。
「どうかしたか?」
「いいえ、なんでもないわ」
小声で会話をしながら歩き続け、ようやく国王陛下の前にたどり着く。
威厳に満ち溢れる国王陛下は、シャーロットを見やると覇気を弱め、優しい面立ちをあらわにする。まるで、子を見る優しい父のよう。
リアムに視線が移ると、ギロリと睨みつけられたが。
え、嫉妬? と思いながら、リアムは丁寧に礼をする。
その隙に、盛大に猫を被った陛下は、二人に言葉を捧げる。
「よく来た、シャーロット、エルセドア侯爵令息。よく、楽しんでいくように」
「はい」
リアムが答え、シャーロットはカーテシーをする。
その綺麗な礼に、またもや感嘆の声が洩れた。
「シャーロット様、なんとお美しい……!」
「学園の中でも輝いておられますもの。やはり、パーティーになれば、女神のようですわっ」
シャーロットの友人たちが、頬を赤らめる。騒めきが一層、大きくなった。
それはシャーロットに対する褒め言葉なのだが……。
当の本人は気づいているわけがなく。
「ど、どうしましょう……! わたくし、変だったかしらっ?」
「いや、なんでそうなる」
「だって! ヒソヒソ囁かれているもの!」
ネガティブ思考だった。
とりあえず、陛下の前を辞し、リアムはシャーロットをソファに座らせる。
未だ不安そうな彼女に一応、他の貴族たちの囁きのわけを説明したのだが、いまいち納得していなさそうだった。
「とりあえず、飲み物でも取ってくるよ。君はここで待っていろ」
「わ、わかったわ……。早く帰ってきてね」
かわいらしいお願いに後ろ髪を引かれつつ、リアムはパーティ会場の騒音の中に足を踏み入れる。
リアムの黒髪が、シャンデリアに照らされ淡く輝く。
「リアム様……! なんとお綺麗な!」
「さすが、シャーロット殿下の婚約者ですわ」
冷徹の貴公子、王国一の美男子、と名高いリアムだが、シャーロット以外の令嬢たちの名称が、その他令嬢であるところから来ている。
つまるところ、溺愛しているのだ。シャーロットを。
それがわかっているから、シャーロットに心酔している令嬢たちは寄ってこない。
たとえ寄ってきたとしても、冷たくあしらわれるだけだし。
「なんとお似合いなお二人でしょう……!」
「そうね!」
そんな周囲の空気に反し、シドア伯爵令息が入場の際、エスコートしていた少女が、リアムの腕に手をかけた。
周囲が凍りつく。
「リーくん! 久しぶりだねっ! 学園で会って以来かなあ?」
庇護欲をそそる金髪、桃色の瞳の愛らしい顔立ち。
まあ、これが今、リアムたちが通う学園の令息たちを魅了する――手玉にとっているという、エルカ・レアンゼル子爵令嬢である。
容姿はいいものの、マナーは下の下。だいたい、ここは学園ではないのに、廊下ですれ違った程度で旧知の仲のフリをするのはやめてほしい。
しかも、リアムは次男とはいえ、侯爵令息。子爵令嬢であるエルカから話しかけるなど、完全なマナー違反だ。
案の定、周囲もエルカから距離をとっている。
常識のない一部の令息たちは、微笑ましく見守っているが。――馬鹿か。
「離れてくれ。飲み物が取れない」
「リーくんっ。なにか困ったことがあったら言ってね? わたし、リーくんの味方だよ?」
じゃあさっさと離れてくれ、とは言いづらい。
ここで問題を起こしたらまずい。
ようやく勝ち取ったあの座から、引きずり下ろされかねない……!
「失礼だが、エルカ嬢」
「エルって呼んで!!」
「……エルカ嬢、君はレズリー・シドア伯爵令息と来ていたのでは?」
「レズくん? 今、飲み物取りに行ってるよっ! だから、わたしと話そう?」
いや、そうではなく。
――おい、皮肉もわからないのか?
内心黒くなりながら、引き攣った笑顔のまま、腕を抜く。
その豊満な胸を押してくるあたり、相当なやり手だろう。なんていつもは考えるのだが。普通に不愉快だ。
「むー。リーくんの意地悪っ」
「その愛称、やめてくれないか。……不愉快だ」
ショックを受けたであろう彼女の側を通り過ぎ、アルコールが薄めのワインを取って、シャーロットのもとに戻る。
間際、
「おかしい。なんで……? リアムとの出会いイベントはここのはずで……」
であいいべんと? なんだ、それは?
疑問が浮かんだが、シャーロットにも教えなくては、と会場を後にする。
休憩所のようなところに戻ると、息をついているシャーロットが見えた。
改めて、その姿見を見る。
あの令嬢が着ていたような、胸を露出するドレスは彼女は好まない。好んでいたとしても、王家主催の正式なパーティーには着ていかないだろう。
あの令嬢は、なにを考えていたのだろうか。
「ロティ、おまたせ」
「リアム……! 遅いから心配したわ」
「悪いな。少し、絡まれて」
「え、だ、誰にっ? 大丈夫!?」
「心配ない。場を弁えない三歳児だから」
え? 三歳児? パーティーに? という顔をするシャーロット。
彼女は他人には冷酷なのだが、基本、親しい人や家族になどは優しく、これは天然ではないかと思うほど素直だ。
それもまた、美徳だが。
「あ、これ。アルコールは薄めだから」
「ありがとう。わたくし、お酒に弱いのよね。飲酒可能な十六になったから、飲めると思ったんだけど……」
「誕生日の日、気分悪くなってたからな」
「リアムの忠告に従って正解だったわ。あのままじゃ、公衆の面前で酔っぱらってたかも」
それは完全にアウトだ。
社会的に終わる。
ふふ、と笑うシャーロット。
ワインを口に含み、優しくナプキンで拭う。
その所作まで洗練されていて。
我が婚約者ながら、綺麗すぎる。こんなの、誰にも見てほしくない。自分だけが見ていたいと思ってしまう。
しかしそれは、シャーロットとて同じ。
リアムは誰にもとられたくない、唯一の人。
自分だけを見てほしいという黒い欲望が芽生える、愛する人。
このパーティーは、婚約披露のパーティーだ。
シャーロット王太女殿下と、王配となるリアム殿下の、婚約披露。
ワルツが鳴り始める。
リアムはシャーロットに手を差し出し、中央へと躍り出た。
ピアノが奏でる三拍子に身を任せる。
「ふふ、リアムは本当にダンスが上手なのね」
「ロティもそうだろうに」
「あら、うれしい」
本来なら、国王陛下のそばに立つはずのシャーロットが、リアムと踊れるのは、彼の努力によるものだ。
「陛下と勝負してよかった」
「え?」
「なんでもない」
秘密だ。
シャーロットと踊るためだけに、陛下のお遊びに付き合ったなんて。
実際、どちらがシャーロットの素晴らしさを熱弁できるか、という間抜けなもので、リアムが二時間ぶっ通しで喋り尽くし、まだ足りないといったのを王妃が止めたのだが。
国王と王妃は、一人娘のシャーロットに厳しくしつつも、大変かわいがっている。
それをむざむざ、男に渡さなければならないと、至極残念そうに言っていた。
「リアム?」
「ああ、悪い。考えごとを」
「……わたくしはいつも、貴方だけを見ているのに」
かわいすぎる。
威力が半端じゃない。
真面目な話、ここから攫ってしまいたいと思う。
シャーロットの方も、リアムに向けられる熱っぽい視線を知っている。
令嬢たちは主に、シャーロットとリアムを見るのだが、金髪桃眼の少女は、リアムだけを熱心に見つめている。
そこに若干の焦りを覚え、リアムに寄り添った。
きゃあ! と傍観者たちが黄色い悲鳴をあげる。
この光景はまさに、プリンスとプリンセスではないかと……!
「め、目が……。玉砕されそう……」
「無理……眼福ぅ」
それが聞こえているのか、リアムは寄り添ったシャーロットを抱きしめる。
国王と王妃が睨んでいるが、無視だ無視。
くるり、とターンする。
シャーロットのドレスの裾が舞い、決めのターンで音楽が止んだ。
名残惜しくも、シャーロットの手を離す。
彼女も寂しそうな顔をしていたが、これから婚約披露をすると思い直したらしく、頬が高揚していた。
国王の前までエスコートする。
シャーロットは、国王と王妃が座る、玉座の横に立った。その顔はものすごく幸せそうで。
リアムはその真下にスタンバイし、披露の時間を待った。
さあ、披露を――と思った矢先。
「シャーロット殿下! 僕はお前との婚約を破棄する!!」
……は???
皆、一様に思ったことだろう。
え、お前誰? と。
リアムではない。
声を上げたのは、レズリーだった。
金髪碧眼の顔だけはいい伯爵令息。
そして、その隣にいるのは、エルカ子爵令嬢。
なにこれどういう状況?
国王と王妃、シャーロットからも困惑がよみとれる。完全に予定外のようだ。
今まさに、婚約発表の時に、婚約した覚えもない令息から婚約破棄?
「は? 君はなにを考えているんだ……」
ようやく声を出したのは、リアムだった。
声に怒気を孕ませ、不機嫌さ全開。
せっかくシャーロットとの婚約を発表できるところだったのになぜこうもタイミングを弁えないこの虫が邪魔をしやがって、という表情だ。
シャーロットはそれに少し青褪めながらも、レズリーの言葉を待った。
「なにを考えているとはどういうことだ? 僕は、こんな下劣な第一王女と結婚するつもりは毛頭ない!」
カッコよく言い切っているつもりだろうが、周りは徐々に距離を取り始めている。
伯爵夫妻も真っ青だ。
エルカも胸を張っているが、令嬢たちから侮蔑の視線を投げられているのに気づいていないのだろうか。
ついでに、騎士から借りた剣を鞘から抜いているリアムも。
「シャーロット! 貴様! エルカに嫌がらせをした挙句、暴漢に襲わせたようだな! 僕はそんな奴と婚約なんてできない! 破棄してやる!!」
「え、お好きにどうぞ」
「あぁ、嫌だろう、だから――え?」
「ですから、お好きにどうぞ、と言ったのですわ。貴方がなにを言っているのか存じ上げませんが、わたくし、貴方と婚約した覚えはありません」
拍子抜けしたようなレズリーの顔が、みるみるうちに困惑の表情になっていく。
「は!? そんな、まさか! だってエルカが――」
「そうよ、殿下。罪をお認めになって! 今ならわたし、許せます!」
「はっ、エルカ……なんと優しい……! おい、貴様! 恥を知れ!!」
なに、この茶番は?
百歩譲って、レズリーとエルカが、シャーロットと婚約関係にあると勘違いしたこととしよう。ものすごくありえないが。
だが、なぜシャーロットがエルカを虐めなくてはならない?
シャーロットには、愛する、かけがえのない未来の旦那様がいるのに。
リアムの持つ剣が光る。
あ、まずい、と思ったシャーロットは、彼を諌めた。
「リアム、待って。まず、話を聞きましょう?」
不承不承、といった様子でリアムは剣をしまったものの、眼光の鋭さは変わらない。
「……ごめんなさい、わたくし、いまいち状況が呑み込めていませんの」
当たり前ですこっちも全然理解できてませんし鋭くなる陛下と王妃様のオーラに負けそうです! と皆思うところは同じだった。
まあ、例外はいるものの。
「なんと! 言い逃れするつもりか!? 王女ともあろう者が! 不敬を承知で申し上げます。この者に王女など務まらない! 僕はこの、エルカを次の王女に勧めます!!」
不敬を承知なら、なんでこの場で王族糾弾するんだよ、と心の声を合わせる。
おまけに一国の王太女を『お前』、『貴様』と呼んでいる。
(((これ、完全に不敬罪では……?)))
急ぎ衛兵が連れ出そうとするが、国王が制止する。
王妃もこめかみを押さえ、レズリーに向き直った。
「シドア伯爵、今の話、まことであるか?」
「へ、陛下……! 愚息が大変申しわけなくっ! レズリー今の言葉は取り消せ!!」
「なぜです父上! この女は卑劣極まりないっ! 僕の婚約者にふさわしくありません!」
「だからなぜそうなるぅぅぅう!!」
伯爵夫人は先ほど倒れ、急ぎ運ばれていった。
伯爵も顔を青くし、今にも卒倒しそうだ。
「――つまり、貴方はシャーロットの婚約者で、でも婚約を破棄したい。そうなると直系の王族がいなくなるから、そこのエルカ嬢を次期王太女としたいと?」
「はい! その通りでございます!!」
王妃の問いに、意気揚々に返答したレズリー。
エルカは勝ち誇った笑みを称えている。
王妃はため息をつくと、レズリーたちを見据えた。
「まず、貴方はシャーロットとは婚約などしていません。なにをどう勘違いしたらそうなるのか、わたくしにはわかりかねますが……。シャーロットと婚約しているのはリアムです」
「えっ、嘘……! リーくんはシャーロットの従者だったはずで……」
さらりとシャーロットを呼び捨てにした挙句、リアムを勝手に愛称で呼んでいる。しかも、よくわからない名前で。
「次に、エルカ嬢への虐めですが。シャーロットには学園の間、王家直属の影がついていました。その者たちの報告によると、エルカ嬢がシャーロットの目の前で転び、勝手に泣いて去っていった、高位令息に擦り寄るエルカ嬢を、やんわりと注意した者たちに『酷いですっ。わた、わたしっ、なにもしてない……!』などと嘯き、去っていった……。ふぅ、他にももろもろありますが、どうします?」
伯爵、もう青を通り越して黒になっている。
下手をすると、病人に間違えられそうだ。
「最後に、エルカ嬢を王族に、ですが。これは、国家反逆罪ですわね。よくもまあ、王族を前に言えるものです」
「こ、国家反逆罪……」
レズリーもようやく気付いた様子。
この状況がまずいということに。王家に睨まれ、伯爵の怒りを買い、次期女王を糾弾しようとしたことに。
「もう一つ、言っておくことがあるぞ、シドア伯爵令息。おぬしはシャーロットを『第一王女』と言ったようだが、そうではない。シャーロットは『王太女』である。それを知らぬとは、なんたる不敬だ」
「お、王太女……!? 嘘! シャーロットは悪役令嬢なの! 王族の端くれにかかっているような女でしょう!?」
バキッ、と王妃の扇が折れる。
明らかに沸点に達したであろう王妃が、「あら失礼」と微笑んだ。
「いえ、ね? わたくしのかわいい娘が罵倒されたものですから?」
子爵夫妻は衛兵に取り立てられ、すぐさま連行された。
それを見たエルカは、叫び声を上げる。
「お、お父様!? お母様!?」
「はぁ。レアンゼル子爵は、娘を甘やかしすぎたようだな……。シドア伯爵も同じである。よって、沙汰は後ほど。……連れて行け!!」
呆然と見つめるエルカとレズリー。
「嘘よ……! こんなの! ゲームにこんなルートなかったじゃないっ」
「そ、そうだ! リセットしろ! リセットっ」
しきりにリセット、と叫ぶ二人。
リアムはシャーロットに寄り、「これが?」と問うた。
「ええ」
シャーロットは二人に近づく。
悲鳴を上げた二人はなんとも言えぬ醜態で。
「本当のゲームなら、貴方たちは幸せになれたのでしょ?」
「お、お前ぇ! と、いうことはっ」
「ま、まさか……っ」
貴方たちの敗因は、と小声で彼女たちの耳元で。
「わたしが転生者だと、見抜けなかったことです」
二人の慟哭は、衛兵に連れられて(引きずられて)去っていくまで聞こえていた。
嘘よ、おかしいわ! ヒロインであるわたしが、なぜこんな目にっ!
エルカはずっとシャーロットを罵倒し続けた。
牢屋の中に入っても、尚も変わらない。
だって、おかしいではないか。
自分はヒロインだ。主人公だ。このゲームの、支配者なのに……!
前世で楽しんだ乙女ゲーム、『咲き誇る、キミへの想い♡』――咲想に転生した、しかもヒロインとなったら、歓喜に明け暮れた。
これで、つまらない前世とさよならできる!
ぐっばい、社畜OL!
ぐっばい、ブラック企業!
現実は違っていた。
ゲーム本来のストーリーと、全く違っていたからだ。
本来のストーリーを紹介するなら、以下のようになる。
主人公のエルカは、しがない子爵令嬢だった。
そのせいで学園で虐められていた。世に言う悪役令嬢の取り巻きもそうだが、特にその悪役令嬢当人である、『第一王女』のシャーロットには教科書を破られたり、時には階段から落とされたりと、暴力行為まで受けていたのだ。
ある日、彼女の婚約者である、レズリーと街中で出会う。
そんなこと知らないエルカは、まるで普通の平民相手のように接してしまうのだ。
しかし、これは思わぬ好感度アップに繋がるのだ。
レズリーは美しく、清廉なエルカに一目惚れし、彼女を虐げるシャーロットを憎むようになっていく。
それに気づいたシャーロットは、ますますエルカを虐げるように。
それを庇うレズリーとエルカの、密かな逢瀬。
そして、あのパーティーの場で断罪する。婚約破棄も同時刻。
本当なら、国王も王妃も、今まで手を焼いていた娘を勘当できたことに喜び、さらにエルカが養女試験に無事合格し、第一王女やがては王太女として、養女になるのだ。
アストリカ王国が、専制君主制でありながらも伯爵家などもそれ相応の権力を持つのも、階級より実力主義社会なのも、乙女ゲームのヒロインである自分が、第一王女になれるためにある設定なのだ。
そう、信じて疑わなかった。
さらに、ゲーム本編はここで終わりなのだが、この先がファンからはお楽しみだと言われてきた。
乙女ゲームはどこへやら、第一王女となった主人公に、魅了された人物がたくさんいる。そのうちの一人が――
リアムだ。
隠れキャラである彼は、幼い頃よりシャーロットに奴隷扱いされ、自分を失っていた。
もともと彼は、侯爵と正妻の実子であるにもかかわらず、通り魔に乳母が襲われ、自身は売り飛ばされた、という不幸な身の上。
その頃、侯爵家の次男であることはつゆ知らず、使用人以下の生活をしていたのである。
感情を殺し、自我を抑え、希望さえ見出せなくなっていたのに。
それが、断罪イベントのパーティーでエルカと知り合い、徐々に恋に落ちていく。暖かさを知っていく。
悪役令嬢のいないゲーム内は、まさしくヒロインの世界。
それに憧れ、『わたし』はエルカ・レアンゼルとして生きてきた。
華やかな貴族社会も、美しいドレスたちも。
目に入らない。
『わたし』は主人公なのだ。それなのに!!
シャーロットも、転生者だった。
レズリーが転生者だということは、大方予想がついていた。むしろ、それを告白されていた。互いに、手を組むために。
『わたし』は最推しであったリアムと結ばれたい。
レズリーは悪役令嬢であるシャーロットと結ばれたい。
始め、正気を疑ったのだが、あいつは綺麗な顔立ちが好みだそうだ。そのためには、多少の我儘は通してやると。
互いに持っていた知識を交換し合おうと。
『わたし』もリアムに対する知識は強いのだが、ゲーム内の正確な時間や場所はわからない。
レズリーはゲーム内の風景は覚えていても、なんせシャーロットしか見ていなかったから、ゲームの全体がいまいち掴めていなかった。
これで、万全だと思った。
レズリーとは運よく、下見がてらに見に行った、ゲームで出会っていた街で出会えたし、転生者であることも互いの口ぶりからわかった。
断罪イベントの台本も作り、あとは学園に入学、シャーロットに虐められよう。
そう、思っていたのに。
シャーロットは一向に虐めてこない。
わざと転ぶフリをしたりしてみたのに、高笑いどころか大丈夫か尋ねてくる。
(なんなのよ、こいつ……!)
ゲーム通りに動いてよ。キャラでしょ、あんた。
男たちを誘惑して気を引いてみても、彼女の取り巻きがやんわりと注意する程度。
リアムもリアムでエルカには冷たいし、本当ならエルカを優しく労ってくれ、話しかければ『あぁ、覚えていてくれたのか』って微笑むはずなのに。
なによ、離してくれって!!
ここは、咲想の世界でしょ!?
『わたし』はヒロインよっ!
「誰か、出しなさいっ! わたしがここで終わっていいはずないんだから! リーくん! レズくん! 早く助けてぇぇええ!」
エルカ・レアンゼルは、次の日、公開処刑された。
レズリー・シドアも同刻、絞首刑となったらしい。
「ロティ」
「ん? どうしたの? リアム」
あれから数日後、シャーロットとリアムは王宮にてお茶会を開いていた。といっても、二人だけの静かなものだが。
あの事件から、婚約披露パーティーはお開きになった。後日、また開き直すそうだ。あの二人は、つくづく余計なことをやってくれた。
いや、今は忘れよう。
今は、愛する人がすぐそばにいるから。
シャーロットはリアムの言葉を待つ。そして――
「愛してる」
その言葉に、思わず顔中に熱が集まった。
赤面したシャーロットに、リアムは優しく微笑む。
「ロティ、赤い赤い」
悪戯が成功した子どものような、そんな顔。
シャーロットが愛する、彼の姿。
ずるい、と言いながら、シャーロットも辿々しく、次の言葉を口にする。
「わ、わたくしも、愛してます……っ」
なんとか言えたその言葉は、あまりにもか細くて。
でも、それでも。言葉は大きな喜びとなってリアムの胸に届く。
「あの日、俺を助けてくれてありがとう」
エルカたちは誤解していた。
シャーロットは生粋の悪役令嬢であったと。
「お礼を言わなくても大丈夫よ。だってわたくしも、きっとわたしも。種類は違ってもあの時から――貴方を好きで、愛していたのだもの」
エルカたちは誤解していた。
でも、それは違う。
『シャーロット』も、『わたし』も。
ただ素直な、一人の少女であっただけ。
玲奈は、シャーロットの中で長い眠りについていた。否、息を潜めて見守っていた。
「はあ、もうほんっと勘弁してよね。せっかく、モブとしてキャラたち鑑賞できるのに。あんの転生者、絶対許さない。地獄から引っ張り出して、再教育かな」
これが、シャーロットのもう一つの強さ――転生者、玲奈の存在である。
「あーあ。死んじゃったから、モブに転生を願ったのに! なーんで、悪役令嬢の裏人格になっちゃうかなぁ。まあ、キャラたち観察できるし、所謂モブだけど」
玲奈は死後、モブに転生、を願った。
にも関わらず、転生したのはシャーロット。悪役令嬢だった。
あの時の怒りったらない。
危うく、転生させてくれた女神を殺すところだった。
玲奈のハイスペックさに、女神ですら涙目になっていたほどで。
それで、なんとか『裏人格』というところで落ち着いた。
その当時のシャーロットの心境は知っている。
貴族社会を知ってしまって。
自分が立つ世界の醜さを知った。
その世界で生きていくには、シャーロットの優しい心を殺すほか、なかった。
悪役令嬢のように、自分も悪になった。
悪になって、周りと同じに振る舞って、自分の心を守っていた。
玲奈には、それが、とても悲しかった。
だから、醜い貴族の関わりは、玲奈が請け負った。
醜い小競り合いも、反吐が出る自慢の嵐も、玲奈が全て背負った。
シャーロットが本来の心を取り戻したのは、それから数ヶ月後。
リアムはその頃より王宮で働かされており、それを看過できるシャーロットではない。
リアムを助け、王太女になり、嫌がらせなどするわけもなく。取り巻きたちとも終ぞ、交わることはなかった。
ただただ純粋に。
玲奈も、それで満足だった。
幸いにも、腹の探り合いはOL時代に鍛えてあるし、苦でもなんでもない。それより、キャラたちを間近で見られることに、とてつもない幸福を覚えた。
エルカとレズリーは、自我が強すぎるあまり、もとの人格を消してしまったようだが、玲奈はシャーロットと共存している。ちなみに、これはリアムとシャーロットしか知らないことだ。
玲奈は、リアムたちをキャラ以外に思えないし、それはとても悪いことだとわかっている。本人たちは実際、生きているわけで。
でも、やっぱり一度感じた先入観はなかなか消えないわけで。
だから、シャーロットに取って代わろうとか、リアムの愛を代わりに受けようだとか、そんなこと思わない。
単に、推し活のために。シャーロットになりきって、悪をこなすのはその対価だ。
「わたし、シャーロットが最推しだったんだよねぇ」
それも、レズリーの想う、高慢な彼女ではなく。
「わたくしも、愛してます、だって! きゃ〜っ!」
純粋な『シャーロット』が好きだから。
皆様、こんにちは。焼月りあです!
異世界テンプレ婚約破棄にしようと思ったのですけど……。なってますかね、これ。
ともかく、甘いところが多々ありますが、ここまで読んでくださり、ありがとうございました!(*≧∀≦*)
面白い、と思ってくださったら、高評価、ブクマ登録、してくださると嬉しいです(⌒▽⌒)