四話 深夜も過ぎて
そしてそこからは切羽詰まった死線を潜り抜ける時を過ごした。
ライゼは休む暇もなく、神官や冒険者などに指示を出し、多くの重傷者を救っていった。
ライゼはまず、絶対的に助かる命と助からない命を非情にも別けた。使える魔力量と魔法薬や治癒薬、時間には限りがあるからだ。それから、冒険者ギルドに命令を出して、衝立でも用意してもらい、瀕死者を隔離した。
そうして苦しそうに、ただ助かる見込みがある瀕死者を延命治療する。そこで得た時間を使って、重病者などをひとまずある程度安全な領域まで治療した。
そして延命治療した瀕死者を安全な領域まで治療する。
瀕死者を治療するには時間がかかる。最初にそれをしていては、助かる命も助からない。女神のみ許された行為をライゼは行った。
そんなライゼは、ただ単純に回復魔法を使ったわけじゃなかった。
ライゼ以上の回復系の魔法を使える神官たちの魔力も数週間の地獄によって消耗しきり、心許ない。だから、できるだけ医術、つまり、薬を併用して患部を切り開き、できる部分は人力で治していった。
そこに回復魔法を掛けた方が圧倒的に魔力消費量が少なく済む。
魔力枯渇状態でも戦闘できるライゼの集中力は凄く、そんな高等な医術を使いながら、神官や冒険者に明確な指示を出し、回復魔法すらも使っていった。非常時用にいつも手入れしておいた医療用の道具が役に立った。
全てライゼの数年間に及ぶ努力とレーラーの指導の賜物だ。
レーラーはライゼに戦う術を教えてくれた。子鬼人であり、旅を望むライゼが生き残る様に生物の構造を事細かに説明してくれた。生物の構造を知っていれば、自分の身体を効率的に動かすこともできるし、逆に相手にとって致命的な戦い方ができる。
まぁそもそも、レーラーは魂の研究の過程で人間や他の生物の身体にとても詳しい。だから、必然的にライゼは医術というものを身に付けていた。
それを自分の身体を使って幾度も治していた。怪我が絶えなかったからだ。
それが役に立った。
今日一日で、この町にいる瀕死者すべてが峠を越えてこっちに戻ってきた。
既に峠の向こうへと行ってしまったものは、ライゼでも無理だった。ライゼがもつ力では無理だった。
たぶん、トレーネやレーラーだったらできたかもしれないが。
Φ
「ライゼ様、休んで下さい」
多くの人が安全な領域まで戻ってきたため、今は比較的落ち着いている。
というか、既に深夜になっていて多くの人たちは仮眠をとっている。久しぶりの仮眠をとれている。
そんな中、小さな明かりに照らされたとある中年の神官が、包帯をグルグル巻きにされた男の隣で座っているライゼに毛布を差し出す。
「……いえ、まだ警戒しなければならない人たちが何人かいます。その人たちが安静にできるまでは」
「ですが……」
ライゼが、冒険者ギルドの保存庫にあった薬草などを使って薬を調合しながら首を横に振る。真っ白なシャツに綺麗な黒のズボン、シミ一つない白のグローブに飛行帽と深緑色のゴーグル。全てが清潔だった。
〝汚れを落とす魔法〟などで血などの全ての汚れを落としたのだ。清潔でなければならない。
他人の血は敵だ。菌も敵だ。
どんな怪我よりも病気が怖い。手洗いなどを徹底させた。衛生を徹底させた。
「私は寝なずとも問題ありません。“万能凡人”でCランクなのです。慣れていますし、大丈夫です」
「……では、少しでもご助力させて頂きます」
中年の神官はライゼの隣に寝ている包帯男に手を翳し、呻きながら手を光らせていく。
魔力など殆ど残っていないであろうに。
「……無理はしないようにお願いします」
「それはこちらのセリフです。私に医術と薬学の知識と技術があれば、ライゼ様の負担も減らせるのでしょうが。……いえ、私の信仰心が足らぬせいでしょう」
不甲斐なく小さな言葉を漏らす中年の神官。
「それはないと思います。信仰心が足らなければ、上級魔法は使えていませんでしょうし、そう己を卑下しては主である女神様に怒られてしまいますよ」
神聖魔法を扱うには才能と技術と、そして例外的に心が重要になる。いや、心、つまり想いは魔法を使う上で最も重要だが、体系化された魔法の中で、神聖魔法は想いの比率が高い。
想いは信仰心だ。
ただし、女神教の信仰心は女神を信じるという想いではなく、慈しみの想いなのだ。昔のとても偉い女神教の枢機卿がそれを調べたのだそうだ。
女神教の信仰心なのに女神が関係しないのは面白いと思った。
「それに、そこは適材適所です。僕は基本の〝回復する魔法〟しか使えません。ですので、こうやって医学や薬学に手を出しました。幾ら才能があっても人間ができる事には限りがあります。例えば、僕だけでは彼を治療できなかったように」
ライゼはそう言って調合していた薬に〝飲み水を出す魔法〟に注ぎ、それをゆっくりとかき混ぜた後、隣にいた包帯男の肩を叩く。
「お口にお薬入れますよ。苦いですけど我慢してください」
「……ぁぃ」
そしてゆっくりと薬を包帯男の口に注ぎ込む。
肩をあやす様にさすり、男が咽ないように本当に遅々と薬を注いでいく。
そうして一分近く、男がスースーと寝息を立てた。
「滋養強壮と体内の病をある程度抑える薬です。回復魔法を掛けてくださったお陰で一回だけで済みました。ありがとうございます」
「……こちらこそ、ありがとうございます」
ライゼは頭を下げて、中年の神官も頭を下げる。
そしてライゼは後ろで身体を丸めていた俺の尻尾を触る。俺はそれに従って器用に包帯男を背中に乗せて安静区域に移動させた。
中年の神官は顔を上げて、祈り手をしていた。
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医療関係は私の勝手な考えです。命の選別も同様の視点で書いています。私の勝手で不愉快になった場合、申し訳ございません。ご了承ください。
また、レーラーは千年から数千年、戦場を渡り歩いたりしたため、人間の体の構造だけでなく、実地による怪我や病気に長年何度も触れていたため、対処的にある程度の医術を身に付けています。本編では触れない内容ですので、ここに書いておきます。




