十話 思い込みだ
「本当にありがとうございます」
町長は深々と頭を下げる。
禿頭が天上に吊るされている電球代わりの光の魔道具に照らされて、レーラーが若干眩しそうに目を細めている。と言っても、元が半眼なので大差ないが。
ライゼは少しだけワクワクしている。
ここら辺は十三歳の子供らしい。いや、まぁ、失礼だけど。
「礼はライゼに言って。飛雷魚の殆どを討伐したのはライゼだから」
「おお、お弟子さんが斃してくれたのですね。重ね重ね礼を申し上げます」
町長も経過確認でライゼが飛雷魚と戦っているところを見ていたはずなんだが。
まぁ、森人という見た目はでかいし、それに数万という数を討伐するのだ。大体はレーラーがやったんだと思ったんだろう。
深き森人と森人の姿形に大差はない。それでも、森人自体に強さというイメージが一般的に根付いているのだ。
そして片や弟子と紹介していて、飛雷魚と戦っていたとはいえ、弱い事で有名な子鬼人だ。ライゼが殆どを斃したとは思えなかったんだろう。
常識はでかい。
けれど、この町長はレーラーの一言で、その常識を飛び越えた。
疑うことはせずに、本当に嬉しそうに、ありがたそうに感謝を述べていた。
「この町にはお世話になっていますので、少しでもお役に立てて嬉しいです」
ライゼは少し頬を緩めながら、しかし、しっかりと頭を下げた。
町長はライゼに町内での魔法の披露を大々的に許可してくれたし、終祝祭でも魔法披露の舞台を用意してくれている。
レーラーと町の人から頼まれて、決めたらしい。
ライゼはそれに感謝している。
大抵の町では、緊急時を除いてよそ者が町内で魔法を使う事は許されていない。安全のためだ。
もちろん、魔法行使をしたことがバレなければいいのだが、ライゼは『くだらない魔法』を使って人々が喜んでくれる事が好きなのだ。喜んでいる表情を見るのが好きなのだ。
たまにバレないように魔法を行使して、町を面白おかしく彩った事もあるが、直に表情が見える方がいい。そっちの方が好きなんだと。
なので、お互い様である。
たぶん。
そうして、互いの礼がひと段落したところで報酬の話しに移行して、数十分後、町長の家を出た。
町長はもう少し話したがっていたが、まだ、一ヶ月少しこの町にいるのだ。街道が雪に埋め尽くされているという情報を冒険者ギルドが掲示してあったし。
「レーラー師匠、本物の魔導書はどんな魔法が書かれてるの?」
「〝真水を塩水にする魔法〟だね。けど、この魔法はもう知ってるんだよ。それよりもお目当てはこっち」
レーラーは両手に抱えていた三冊の内、二冊の魔道具を少しだけ目尻を下げて撫でる。嬉しそうだな。
「でも、その二冊って偽物だよね。なんで、レーラー師匠って偽物の魔導書を欲しがるの?」
ここ四ヶ月間、各村や小さな町を巡りながらここに来た。
レーラーは積極的に人と関わろうとしているため、依頼を受ける事も多いのだが、その際、レーラーが報酬として要求するのは魔導書だ。
そして、偽物であっても報酬として受け取る。
その偽物かどうかは、ぶっちゃけキチンと魔法の訓練を受けた者でなければ分からない。なので、町長もそうだが、彼らはその魔導書が本物だと思っている。
魔導書を持っていても、魔導書に記されている文字と魔力言語が読めなければ魔法を習得できないのだ。
そういう事で、偽物の魔導書というのは一般市民、特に生活魔法以外は使えない人たちの間で出回っていることは多い。
今考えると、多くの書物が、また本物の魔導書が解放されていたアイファング王国って凄いんだよな。それが無かったらライゼが独学で魔法の勉強はできなかっただろうし。
「ライゼ、何度も言うけど偽物の魔導書というのはロマンなんだよ」
翡翠の半眼を開き、ふすんっと鼻息と一つ鳴らし、レーラーは力説する。その言葉は何度も聞いたが、何故ロマンなのかは分からない。
ライゼもそれは同様だ。
「どこら辺がロマンなの? 分かりやすくお願い」
いつもの流れだ。
けれど、何度か聞いているうちにライゼは少しだけ見えてきたらしい。なので、何かを掴むために何度も聞いているのだ。
「うん、いいよ。まず、偽物には二種類あるんだ。一種類は魔法を創造した人物が正確にその魔法を記せなかった場合。そして、もう一つは魔導書を写す際、書いた人間が未熟だった場合」
「うん、それは知ってるよ。なんで、それがロマンになるの?」
それは何度も聞いてる。
「うん、まずは前者の方だけど、つまり、正確にその魔法を記せなかっただけで、その魔法は確かに存在してたんだ。だから、その偽物の魔導書を解析して、想像して、理論をこっち側で組み立てる。その楽しみがある。後者は書いた人間がどういう経緯で偽物の魔導書を写したのか、そして偽物があるって事は本物があるんだ。つまり、それを探し求める楽しさがある」
「楽しいのは分かるけど、ロマンって言われるピンとこないんだけど」
俺自身は魔法を探求することがそこまで楽しいとは思っていない。魔法を知ることは楽しいが。ここら辺は、駄目だよな、と思ってたりする。
だが、ライゼは魔法探求は楽しいのが分かっている。昔からそうだった。けど、ロマンという感覚が分かってない。俺もロマンってあんまり理解してない。
「ライゼ、何度もいうように楽しいがロマンなんだよ。不合理を楽しむことがロマンなんだよ。だって、魔導書を探して、全容を知るだけなら私の“魔導書庫”の拡張機能を使えば、ほぼ一発だからね。だけど、探す間に想像して、予想して、見つけて、予想外で、それが楽しいんだ。ロマンは探求なんだよ」
普段は冷たい眼差しで全てを見ているくせにこんな時だけ、子供の様に無邪気にはしゃいでいる。
そして、ライゼもそれが分かるのか、少しだけ頷いている。けど、やっぱりロマンという言葉が理解できないんだろう。
ロマンって、これがロマンだっていう思い込みみたいな感じだからな。
「……まぁ、時間はたっぷりあるし、布教していけばいいや。それより、借家に戻って手に入れた魔導書を精査していくよ」
「うん、レーラー師匠」
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