エピローグ See, Hear, Think――a
――ガャァァャッッァーーー!
レッドドラゴンが咆える。満身創痍のライゼに嘲笑する様に咆える。
ライゼは荒い息を吐きながらも微かに笑う。
ああ、それでいい。僕を侮ってくれればそれだけ時間を伸ばせる。
甚振る様にライゼを殺そうとするレッドドラゴンは、ライゼにとっては最高の敵だ。自分の望む状況を創り出してくれる敵だ。
ただ、ライゼは甚振られやすいように、少しでも長く生きてレッドドラゴンを留められるようにするだけだ。
「〝攻撃する魔法〟」
ライゼは〝攻撃する魔法〟をレッドドラゴンの周囲に浮かべ、放つ。もちろん、その魔力弾は鋼鉄すら弾くレッドドラゴンの赤鱗によって防がれる。大した傷を負わせる事はできない。
けれど、その無駄な足掻きともとれる行動にレッドドラゴンは満足する。
歯向かう意思のない奴を甚振っても面白くない。甚振るなら、どうしようもない理不尽さと絶望を死ぬ間際に刻みつける方が楽しい。
どこまでもクズだ。
――ガァッ!
レッドドラゴンは再度咆える。
すれば、ライゼの周りに火炎弾が幾つも浮かび上がる。放たれる。
「ッ!」
ライゼはその火炎弾をギリギリの所で躱す。魔力を込めた“魔倉の短刀”で切る。
けれど、それはワザとだ。レッドドラゴンがそうできるように火炎弾を操作したのだ。
「ハァ、ハァ」
それを分かっていながらもライゼはそれを必死になって躱す必要がある。一発でも真面に喰らえば死ぬからだ。
レッドドラゴンはライゼが生き足掻こうとする事を前提としている。
それをしなかったら面白くない余興だなと思って、次はヘルメスたちを狙いに行く。だって、あっちの方が魔力が潤沢にあるから。
面白そうだ。
ライゼは余興なのだ。前菜なのだ。
幾星霜の火炎弾が浮かび上がる。
ライゼに襲い掛かる。
「カァッ!」
己に喝を入れ、絶え間なく降り注ぐ火炎弾を捌き躱すライゼだが、蜘蛛の糸で綱渡りをしているようなものだ。
火炎弾がライゼの皮膚を掠り、肉が燃える匂いがする。激痛と神経が焼ききれる熱さがライゼを襲う。
と、その時、ライゼの魔力感知が捉えた。
アウルラがヴァンズン山脈を抜けたことを捉えた。
そして……
だから。
「〝誰かの魔法を操る魔法〟ッ!」
道化を演じる必要はない。囮になる必要はない。
だって、レッドドラゴンはヴァンズン山脈を出ることはできないのだから。
ライゼを殺すことはできないから。
なら、一矢報いよう。
そして、ライゼを殺そうとして放たれていた火炎弾の動きが全て止まった。火炎弾が、ライゼの魔力に、こげ茶の魔力に染まっていく。
レッドドラゴンは驚愕する。火炎弾が言う事を聞かないから。
生まれてからずっと自分の想いのままに動かせていた〝炎を統べる魔法〟が思い通りに使えなくなったからだ。
「ッッッッッゥッゥッッ!」
ライゼは声にならない悲鳴を上げる。脳が焼ききれるのではないかと思うほどの魔法演算を熟し、幾星霜の火炎弾を乗っ取っていく。奪い取っていく。
“魔倉の腕輪”の魔力が尽きかける。
それでも尽きている己の魔力を無理やり生成し、〝誰かの魔法を操る魔法〟を行使する。使い果たす。
故に。
「お返しだよ」
幾万も越える火炎弾がレッドドラゴンへと放たれる。槍衾の様にレッドドラゴンに襲い掛かり、逃げ場はない。
――ガャァァァァャァッーー!
レッドドラゴンは叫ぶ。炎には耐性を持っているが、しかし、これだけの数の火炎弾をぶつけられれば、己が誇る赤鱗を破壊される。
肉に火炎弾がぶつかり焼ける。焦げる。
痛みが走る。
――ガガガガガガガガガァァァッ!
だから、レッドドラゴンは傲慢さを捨てた。体内に宿す膨大な魔力を放出し、火炎弾を吹き飛ばした。
火炎弾が消えた。
レッドドラゴンはすぐさま回復する。焼けた肉も灰の赤鱗の治癒され、無傷状態へと戻る。
そして、体力も魔力も気力も使い果たし、意識すら失い、空中から落ちるライゼを怒り狂った瞳で睨み付ける。
茜の空にも負けない真っ赤な星々が黄昏に浮かぶ。
今度はライゼに操られないように魔力を込めに込めて、一弾一弾が岩を破壊するほどの強さを誇る火炎弾がライゼに向けられる。
また、自分に味合わせた屈辱を晴らすために、ライゼを殺さない程度に切り刻もうとする。それから無限にも近い火炎弾で焼き殺すのだ。
だから最初に滑空する。
滑空したレッドドラゴンは爪を振り下ろし、ライゼが切り刻もうとする。
意識のないライゼは無抵抗にレッドドラゴンの豪爪に切り刻まれる。
その瞬間。
「こっちもよく頑張った」
極大の新緑の光がレッドドラゴンを穿ったのだった。
Φ
「……ここは」
真っ白なシーツの上でライゼは目を覚ました。
『……ようやく、起きたか』
俺は少しだけ安心しながらも平静を装ってライゼに話しかける。
ここは学園の医務室だ。
「……ヘルメスったら、トカゲなのに包帯巻いてるの? しかも、そんな小さな体で?」
弱弱しく、しかし、微かに微笑みながらライゼは俺に問う。
生きている実感を噛みしめるために問う。
『うるさい』
起き上がらることはできないライゼは、こげ茶の瞳を横にずらし、俺を見る。
手のひらサイズに小さくなり、しかし、全身を包帯で巻かれた俺を見る。
身体を魔素で構成している俺は大した怪我を負っていなくても、魔力を使い果たしてしまったため、所々が抉れている。血すら流さずに、抉れている。
レーラーが言うには魔素を無理やり魔力に変換したのと〝生き残る魔法〟を使った代償らしい。
特に、〝生き残る魔法〟の代償は大きくレーラーが近くにいたからいいものの、その魔法を使って、数時間も魔素を回復させていなければ死に至るのだとか。
また、〝生き残る魔法〟は俺の身体を構成している魔素を無理やり吹き飛ばす魔法らしい。つまり自爆技なのだ。生き残ると言いながら。
なので、使うのは控えるように言われた。
また、治るまでには一週間くらいとも言われた。
つまり。
「ねぇ、ヘルメス。あれから何日経った?」
『五日だ』
残り二日間である。
「……そっか」
ライゼは自分が五日間も寝ていた事に、少しだけ驚きながらも感慨深く呟いた。
「アウルラは無事だよね」
『ああ、もちろんだ』
本当はアウルラをヴァンズン山脈に置いて行ってもいいと俺は思っていた。
魔法学園には通えなくなるが、レーラーがどうにかしれくれるだろとも思っていた。
けれど、ライゼはアウルラを第一優先としていた。
本来は憎んでもいい筈の相手なのにだ。
けれど、ライゼが六日前にアウルラに言った通りなんだろう。最後の晩餐になったかもしれない夕餉で言った通りなんだろう。
人を喜ばせたい。笑顔にさせたい。
大切に恥じないように、誇れるようにしたい。
だから、見殺しにするという事はしなかった。
老人を侮辱することになるから。
ライゼの手は人を感動させるためにある。本人がそうありたいと願っている。
だから、人を不幸にはしてはいけないんだ。
と、そう想っていたら、医務室の扉が開いた。
茶色のトランクバックを持ち、如何にも旅立ちの服装になって入ってきた。
そして言った。
「起きたところすまないけど、逃げるよ」
アウルラとライゼがヴァンズン山脈に飛ばされた日の演習はレーラーが監督していた。つまり、レーラーは王族誘拐の責任を負わされ、国から罪に問われていた。
ついでに、ライゼもその巻き添えを喰らった。
万が一のためにアウルラが軟禁に近い状態で保護されていることもあり、ライゼは王族誘拐に加担した罪に問われていた。
とは言っても実際はまだ、レーラーもライゼも罪を背負っているわけではない。この国では正式な裁判によって罪が決まる。
ただ、そんな感じの脅しというか、圧力が国王の方からかかっているのだ。
そして学園がそれを防いでいたが、丁度限界になったようだ。
俺達はその日、王都から逃げた。
面倒は嫌だ。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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これにて第一部、アイファング王国編は終了です。
また、四話ほど、取りこぼしや別視点の閑話を投稿したいとおもいます。
どうか、よろしくお願いします。




