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エピローグ Bloom And Wither. Wither And Bloom――b

「はぁ」


 夕暮れ迫る泡沫の時間。

 そのため息はどうにも橙色の世界に溶け込んでしまい、もしかしたらこの世ならざる者が近寄ってきそうで。

 俺は無力感に打ちひしがれているトレーネに尻尾を当てた。


『……ヘルメス様。ライゼ様は……いえ、どうして』

『俺に訊ないで、アイツに聞けばいいんじゃねぇの? それに想いなんて、言葉にしねぇと伝わんないぞ。まぁしても伝わんないけど』

『…………はい』


 この町に留まって今日で六日目。未だあの橙色の花は咲いていない。


 ここは町の外れ。城壁付近で、けれど開けているため日は当たる。ちょっとした広場みたいなところだ。

 その中央に、老人の銅像がおいてある。その周囲には劣化防止の結界も。

 

 ライゼはその周りを何度も何度も手を当てては、ブツブツと呟き、深緑の魔力を光らせていた。

 かれこれ六日間、これが続いている。

 たまに、若葉が出たり蕾が出たりするが、しかしながら直ぐにホロホロと崩れてしまう。


 あそこに咲いていた橙色の花、現存しない花なのだ。どっかの誰かが本気の本気で一から作り出した花なのだ。

 ただ(・・)の可愛らしい花でしかないのに。


 どっちにしろ、ライゼの〝魔力を花にする魔法(マブロール)〟で再現するのが意外に難しい。

 いやその前に、ライゼは永久に咲く(永遠に枯れない)花を咲かそうとしていない気がする。

 ここ最近のライゼの魔法の腕は、俺ですら届かないと思ってしまうほどに高いため、ハッキリとは分からないが魔力の流れ的に、咲いては枯れてを繰り返す花を咲かそうとしている気がする。


 普通の植物を咲かそうとしているのだ。

 なぜ、そんな手間をするのか気になるが、結局は答えてくれなかった。


「ふむ。今日も無理そうかえ?」

「……どうでしょう。私は魔法の事はさっぱりですので」

「そうかいそうかい」


 と、俯いていたトレーネにワキさんが話しかけた。

 ここに老人の銅像を移動して以来、毎日決まって、明け方と夕方にぬるりと訪れて進捗を訊ねるのだ。

 それ以外は現れない。


 地面に手を当てるライゼを懐かしそうに見つめるワキさんは、少しだけ黙った後、トレーネに鋭い瞳を向けた。


「……その苛立ちはあたしかえ? ライゼさんかえ?」

「……何のことでしょうか?」


 トレーネは能面のような笑みを貼り付け、首を傾げる。

 ここ最近は、あの聖母のような微笑みはめっきりなり潜めている。いや、他人や一般人相手には、心からの優しい笑みを浮かべているが、ライゼには……

 ワキさんには、作り笑いを浮かべる。


 そんな作り笑いを鼻で笑い、ワキさんは一段と低い声で言った。


「それとも自分かえ?」

「……」


 トレーネは黙る。

 表情は相も変わらず傍から見れば美しい微笑を浮かべているが、それでも黄金の瞳は黄昏よりも昏い色を宿す。

 魔力や闘気のうねりはないものの、それでも気配というかそんな感じのうねりが感じられる。


「……そっくりさね」


 そんなトレーネを知ってから知らずか、ワキさんは子供をあやすようにポツリポツリと口ずさむ。


「勇者様は、あたしたちにとって英雄ではありはせんかった。確かに巣くっていた暴虐の魔物を倒してくれた。あたしたちを食べようとした魔人を倒してくれた」


 昔だ。半世紀以上も昔の話なのだろう。

 

「けど、そんなものは大した事じゃないさね」

「……大した事ではないのですか?」

「そうさね。人ってのはよくできておる。奇跡すら願えない理不尽なんかよりも、奇跡が願える理不尽を恐ろしく感じるんさね」

 

 なんとなく言わんとする意味は分かるが、それでも抽象的すぎるな。


「当時を記憶している者はもうあたしかいない。皆流行り病でおっちんだんさね。けど、あたしは覚えている。焼け野原になった大地に家を建ててくれたことを。一緒に畑を耕したことを。瓦礫を運んだり、年寄りが休める幕屋をはったり……色々さね。本当に、他愛もない色々。子供と鬼ごっこしてくれたこともあったさね」


 災害の際、人が一番に思い浮かべるのは日常だ。どうしようもない、大きな事ではなく、小さな日常を。

 だから、日常の破片が少しでも見えるからこそ、人は恐ろしく感じるんだと思う。絶望するんだと思う。


 あれだ。底なしの泥沼を泥船で渡っている感じだ。

 泥船にすら乗れないのではなく、泥船には乗れているのだ。


「勇者様には仲間がおった。そのうち、竜人の老人は最初勇者様と喧嘩していたさね。理由は何だったか覚えておらんが、丁度お前さんのような顔をしておった」

「……それは」

「けど、いつしか勇者様よりも村の者に馴染んでおった」


 そう言ったワキさんは、笑い皺を蓄えて。


「ただの昔話。……けど老婆心ながら一つ。笑顔を浮かべるお前さんは綺麗さね。けど、一顰一笑しているお前さんはもっと綺麗さね」


 カツコツと杖を突いて去っていった。



 Φ



「いや~、ちょっと無理かも」

「ッ」


 明日は七日目。

 明日分の部屋は取っていないため、今夜は荷造りをしていた。その際、トレーネが進捗のほどと、今後の予定を聞いたのだ。

 そしたらライゼはヘラヘラと頭を掻きながら、整えたベットの上で寝ころんだ。


「ホント、本気で作りすぎなんだよ、あれ。永久とかやりすぎ」


 誰に向かっていっているのか。 

 あっけらんとした口調ながらも、その奥底には悔しさが紛れ込んでいる。


「まぁ、何度も枯れては咲く……それをずっと繰り返す花の方が難しいけど」

「ッ。……ふぅ。ライゼ様、何故難しいのにそれをやるのですか? それにご自分で仰った事は守ってください」

「……ごめん、ちょっと無理かも」

「ッ!」


 起き上がり、申し訳なさそうに頭を下げたライゼに、トレーネは掴みかかりそうになる。

 けれど、何度か深呼吸をしてそれを抑えた。

 

 ……抑えなくてもいいのに。


「……なら、何故。何故、ワキさん以外の依頼も受けていたのですか。ライゼ様の魔法の腕ならば、日中も取り組んでいれば今日には……」


 そう。

 ここ六日間。ライゼはワキさん以外の人からもお使いみたいな依頼をたくさん受けてこなしていた。

 迷子探しに買い物の手伝い。引っ越しの手伝いや子供の子守り……あとは、普通に魔法を披露したり。

 花を咲かそうとするのは決まって明け方と夕方。その二つだけ。


 ぶっちゃけ日の光自体がライゼの魔法に及ぼす影響はない。

 それはすでに確認している。


 だからこそ、トレーネは僅かばかりの笑みを貼り付けながらもライゼを糾弾するように言った。

 下げていたライゼは、その言葉を聞いてゆっくりと顔を上げた。

 奇妙な表情だった。


「……トレーネはさ、今、楽しい?」

いつも読んで下さりありがとうございます。

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