八話 銅像と絵
「さて、正式な依頼書だよ」
「確かに」
冒険者ギルドの一室にて、俺たちは契約確認をしていた。
ライゼはお手伝いでも、仕事は仕事として、依頼人が子供だろうが大人だろうが老人だろうが、誰であろうと報酬をもらうことにしている。
割に合わない礼も多かったが、ライゼは喜んでやっていた。
ならば無償でもいい気がしたのだが、仕事として受けることに意味があるそうだ。その意味は教えてくれなかったが。
「それさ、まずは銅像の移動をお願いするとするさね」
「はい。それで銅像はどちらに?」
「あたしゃ案内する」
そう言って歩き出したワキさんの後ろを付いていくこと、数十分。
町を出て、近くの小さな森の中へと入っていった。
「銅像が森の中にあるのですか?」
「……昔は小さな村だったんさね」
足音と共に、コツカツと金属で補強されている杖が森の中に鳴り響く。
「そういえば、宿屋の親父さんが言ってましたね。当時の村長の娘さんが村を町にしたとか」
「ふぅん」
情報収集でこの森には大した動物も魔物もいないことは分かっているが、それでもライゼとトレーネは油断なく視線を動かし続ける。
それでいながら表面上は和気あいあいと話しているのだから、流石としか言いようがない。
ちなみに俺は体を大きくしたまま、殿を務めている。
「と、チョイっと待っておくれ」
「……劣化防止……かな。高等な結界ですね」
「お前さん、魔法使いなのかえ?」
「ええ。ご存じの通りの魔法使いですよ」
ライゼはふわりと深緑ローブをはためかせながら、華麗な礼をする。
ワキさんは、はて何のことやら? と首を傾げながらも魔力濃度的に相当に強固であろう結界に突いていた杖を当てる。
すると、決して人を通さないという思いが宿ったような硬い結界に人一人分が通れるほどのドーム状の穴があいた。
「魔道具ですか」
「昔、面白い魔法使いに作ってもらったんよ」
「……そうですか」
そうして結界の中に入り、少し進んだ後、開けた場所に出た。
周りには橙色の可愛らしい花が咲いていた。
そしてその中央にとある銅像があった。銅像の台座に埋め込まれた錆びた金属の額縁に入った絵も。
「これはまた。これは普通に町が移動するものでは? いや、それよりも今までどうして」
「……半世紀以上経てば、忘れるものさね」
それらはライゼがここ一年以上でよく目にしていた銅像と絵。
つまり、老人――勇者エルピスの銅像とフリーエンの絵だ。ただ、今回の絵はいつもと違う。
フリーエンだけでなく、猫人の青年と神官がいた。エルピスと当然ながらレーラーはいなかった。
「それに小さな村に劣化に強い金属も石もありはせん。劣化防止の結界がなければ、すぐに錆びるだけさね」
「では、ご存知の通りの魔法使いがその結界を張りましょう」
「……上級魔法をかえ?」
「見込み以上だと自負しています」
ここ最近は“魔倉の腕輪”に補充してある魔力は使われていない。トレーネがいるからこそ、中級魔法などを使わなくて済んでいるのだ。
上級魔法一発分なら十分に溜まっている。
それにちょいとした裏技を身に着けたため、中級魔法一発くらいなら、自力の魔力で放てるようになっていた。
半年でライゼの魔法の腕も上がったのだ。
「そうかいそうかい。なら安心さね」
「それはよかったです」
ライゼとワキさんは真意の測りづらい、いやたぶん二人とも建前自体も真意なのだろが、そういう笑顔を浮かべていた。
トレーネはそんな二人を気にせず、ただ絵を見つめていた。
「……手入れされています」
「恩人に鞭打つ人がどこにいるんよ」
「……はい」
俺は橙色の花を踏まないように気を付けながら、銅像の前に移動した。
トレーネとワキさんが見つめていた絵は、確かに額縁はさび付いていて絵も黄ばんでいた。
それでも綺麗だった。こんな森の中にあって野ざらしにされていたのに、それでもここまで形を保っているのは、丁寧に手入れされていたからだろう。
「それでどうやって運ぼうかな」
「用意しておる」
「随分と大きな魔法袋ですね」
「うむ。知り合いから借りてきたんさね」
「そうですか」
外から見て、口がとても広くそこが浅い魔法袋をワキさんから受け取り、ライゼはふむふむと頷きながら、魔法袋の中に手を突っ込んだ。
それから納得したように頷き、屈んでいたトレーネに目をやった。
「トレーネ。僕が魔法で地盤を緩めるから、優しく持ち上げることって可能?」
「……問題ありません」
「なら、それで行こう」
そうして、銅像と台座を魔法袋に入れ終わったのだった。
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「それで、これはどこへ移動するのですか?」
「その前に、この花を他の場所で咲かせることは可能かえ?」
「……実物ならともかく、魔法で作られた花を他の場所に移すのは無理ですよ」
「なら、一週間では終わりはせんか」
銅像が入った魔法袋を背負った俺はスルリとライゼの足を鼻でつついた。
「……というのは冗談です。一週間もあれば咲かせられますよ」
「そうかいそうかい。なら、案内するかの」
「よろしくお願いします」
俺たちは踵を返した。
トレーネの足取りは重かった。一週間も費やす事が確定したからだ。
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