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六話 独断に了承

「今日はベッドの上で寝れそうだね」

「そのようですね」


 国境を越え、ハーフン王国へと入った俺たちは夕暮れ時にとある小さな町にたどり着いた。

 門番に冒険者カードを差し出し、いつも通りライゼの種族でひと悶着ありながらも、トレーネのランクがAランクになったことにより、それはいつもより早く終わった。

 屋台はなく、夕方だからか子供も大人の通りも少ない住宅街を抜け、門番に教えてもらった宿屋へと向かう。


 ライゼは、久しぶりに白のシーツと毛布に包まれることに顔を綻ばせ、トレーネは影がある顔で頷いた。

 その影は夕焼けによる一番暗い影なのか、それともトレーナ自身の影なのかは分からない。


「ここのようだね」

「……私が話を付けてきます」

「じゃあよろしく」


 小さな町だがちらほらと旅人や冒険者が見える。ここらへんは宿や食事処が集まっているし、門番が推薦するくらいだ。多くの人が泊まる場所なのだろう。

 だから、部屋が空いているかどうかを確かめるのだ。


 ライゼが行くと、いくらBランクのギルドカードを首に下げていたとしても、無下にされはしないが、いい対応はされない。

 移動していたため飛行帽とゴーグルは付けているが、宿内に入れば流石に外す。部屋を取る際に名前と種族は書くだろう。

 どっちにしろ門番とのやり取りで時間を取られてため、トレーネがいった方がよかった。


『のどかな町だね』

『ああ。そうだな』


 住宅街に人はいなかったが、ここには多くの人がいた。旅人や冒険者よりも、町人の方が多い。

 家族連れで食事処やレストランに入ったり、夕方から小さな道具屋に入ったり。

 それでいて、大騒ぎしているわけでもなく微笑みに満ちている。

 

 冒険者の数も少ないことから、魔物や肉食動物も少なく、また薬屋や医者も多くいるのだろう。

 男たちが健康だからこそ、町の機能がうまく回っている。

 それに大抵は人族だが、それでも三割程度は獣人だし、森人(エルフ)岩人(ドワーフ)、小人も分け隔てなく会話をしている。

 

 穏やかな町だ。


 宿の入口から少し離れたところで腰を下したライゼは、片頬に手をつき、片笑いを浮かべていた。

 そのこげ茶の瞳は慈しみに溢れていて、それが旅装束の姿だから絵になる。

 大きな体のままの俺はそれをチラリと見て、尻尾をライゼに絡ませた。


 と、そこへ。


「おや、冒険者の方かい?」


 橙色の世界に似合う、橙色の瞳を持った老婆が、杖を突いて話しかけてきた。

 気配や魔力でこちらに近づいていることは気が付いていたが、話しかけられるとは思わなかったライゼは、少しだけ驚いたように微笑んだ。


「ええ。転々と旅をしている放浪者です」

「そうかい、そうかい。……トカゲさん。ちょいっと失礼」


 老婆は、俺の尻尾を一撫でしたあと、ライゼの隣に腰を下した。無造作に垂れている白髪が尻尾にあたり、俺はそれを振り払うために尻尾を揺らした。

 ただ、老婆はそれを歓迎と受け取ったのか、俺の尻尾を何の躊躇いもなく撫で続ける。

 ……なかなかいい撫で具合だ。


「あたしゃ、ワキ。お前さんは?」

「ライゼです。こっちはヘルメス」

「ライゼに、ヘルメス……。そうかい、そうかい」


 俺たちの名前を抱きしめるように呟いたワキは、和かな皺を蓄えて朗笑する。

 その笑いはとても柔和で、優しい微笑みだった。頬に蓄えられる皺がが似合う美しい婆さんだと俺は思った。

 それからしばらく、黄昏の橙色の世界で、音にもならないそよ風のような笑い声が響いた。

 

「ライゼさん。少しだけ頼みをいいかい?」

「いいですよ」


 ライゼは即答する。

 ライゼはよっぽどの事でないと依頼を断らない。それはレーラーも同じだ。些細な、お使い程度の依頼でさ断らない。むしろ進んでやる。

 師弟そっくりだ。

 だからこそ、ハーフン王国にたどり着くまでに半年もかかったのだが。


 ワキさんは、即答したライゼに少しだけ目を見開いた。


「即答かえ」

「駄目でしたか?」

「んや。見込み以上で納得したんわ」

「どんな見込みかは分かりませんが、タダではありませんよ」

「うむ。冒険者ならあたりまえさね」


 二人は言笑する。息ぴったりだ。

 ……にしても、トレーネに伝えてないが……まぁいつものことか。これまでライゼが独断で依頼を受けることは多かったし。

 それに上手くいけば良いきっかけになるかもしれない。


「それでどんな頼みなのですか?」

「……あたしゃ、あと一週間で死ぬんよ」

「そりゃあ大した予知ですね」


 ライゼはカラカラと笑った。

 確かに、これだけ笑顔で笑う婆さんなのだ。皺は多く腰も曲がっているが、それでも瞳の奥にある光は、今でも凛と輝いている。

 くたばるなんて信じられないほどだし、たぶんライゼだけが見えている魔力の世界では、もっと強い光が見えているのだろう。


 ライゼはここ半年の修練で、魔力が視えるようになった。本格的に視えているのだ。

 それは〝誰か魔法を操る魔法(ダイングフェットミア)〟を使い続けたことによって得た技術だ。

 そんなライゼが言うには、魔力にも生命的なエネルギーがあるらしく、寿命による死があとどれくらいで訪れるか分かるのだ。

 また、病気に対しての抵抗力も。


 だからこそ、ライゼは一笑した。アンタはまだ死なないと。

 ライゼの言外の言葉が伝わったのか、ワキさんはそれまた深い皺を頬に蓄えた。


「うむ。死ぬつもりはありはせん。ただ、な」

「ただ?」

「死に場所くらい選びたいんさね」

「殺しはしたくありませんよ」

「こっちも殺し返したくもありはせん」


 ワキさんが、鋭い視線をライゼに向けた。ライゼも鋭い視線を返した。

 そうして数秒、ワキさんが噴き出したように笑った。春の花のように色々な笑みを見せる婆さんだ。


「……アハ。やはり見込み以上さね」

「それで、墓場でも作ってほしいんですか? 生憎僕は石工ではないので、不格好な墓しか作れませんよ」

「んや、棺桶はすでにハーフン王国随一の石工に頼んでおる」


 ……やっぱり結構偉い人なんだな、ワキさんって。

 居住まいや仕草に洗練された品があったし、そもそも俺やライゼを知っていた感じもある。

 貴族とかそっちの人だろう。

 そんな人がなぜ、街中で歩いていたかは知らないが。


「頼みたいのはとある銅像の移動ととある花の花畑を作ってもらうことさね」

「期間は?」

「……お前さんの実力にもよるが……一週間もかからんよ」

「そうですか。いいですよ」


 ライゼは、朗らかに頷いた。ワキさんも満足そうに頷く。

 二人が笑いあっているとチャリンと鈴の音が響き、トレーネが宿屋から出てきた。


「あ、トレーネ。宿取れた?」

「ええ、はい。……それでそちらの方は……」

「ちょっと、その前に宿泊日数、あと六日分追加してきてくれる?」

「ッ。……分かりました」


 トレーネは俺の視線とライゼの様子から一瞬で察し、何か言いたげに顔を一瞬だけ歪めたが、直ぐに微笑んで踵を返した。

 その足音は苛立ちがあった。

いつも読んで下さりありがとうございます。

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