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三話 書類確認の必要性

『ヘルメス』

『へいへい』


 ライゼが見たのは、冒険者たちの方ではなく俺だった。まぁ、そりゃあそうだろう。ライゼはちょっとした暴言やらなんやらで突っかかるほど狭量ではない。

 『流浪の歩み』の魔法使いは別だ。

 あっちから手を出したからにはそれ相応の報いが必要だ。

 そうでないと舐められるし。

 まぁそれは向こうのパーティーメンバーも分かっていたらしく杖やらを取って売り払ったが、文句はなかった。

 むしろ謝られた。


 俺は、ライゼに殺気を飛ばされて一歩、二歩、と後ずさりした冒険者たちからスルリと離れ、ライゼの肩に乗る。

 ライゼはそれを確認した後、もう一度その冒険者たちに睨みを利かせ、トレーネのところへと戻っていた。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 ライゼは、やれやれといった様子で待っていたトレーネに目くばせした後、ギルド職員についていった。

 そうして、階段を昇り、ある部屋の前へと案内された。


「ギルド長、お連れしました」

「おう、入れ」


 職員が扉を開けた。

 トレーネから順に部屋へと入っていく。もし、部屋に入った瞬間に襲われた場合、トレーネの方が対処できるからだ。身体能力めっちゃ高いし。

 そんなトレーネと遅れて部屋に入ったライゼに、ソファーに座っていた森人(エルフ)の老婆が鋭い瞳を向けた。

 後ろにいたいかにも秘書らしき人は、紅茶を用意していた。


「お前さん方が『蜥蜴と共に』か」

「ええ。初めまして、リーダーのライゼです」

「俺はキャメロン。ここのギルド長だ」


 老婆で、『俺』という一人称は珍しくない。小さな村もそうだし、普通の町でも多い。

 前世で都会で住んでいた俺の感覚においては、少し違和感があるが、それは俺の感覚だ。感覚など、住んでいる環境で形成されるものだ。

 その環境外では全くもって信用ならん。

 そんなことを思ひ(あつ)む俺は放っておいて、ライゼとキャメロンは握手する。トレーネとも握手し、二人に向かい側の上品な椅子二つへと手を向けた。

 二人はそれにしたがって座った。


「さて、だ。お前さん方を呼んだのはほかでもない。ラビンテのダンジョンについてだ」

「ようやく報酬が決まったのですね。明日までに決まっていなかったら、出ていったところでしたよ」


 キャメロンは挟みあう丸机に一枚の書類を置き、ライゼはそれを手に取りながらギルド側の対応の遅さを指摘する。

 トレーネは黙っている。秘書らしき人が用意した紅茶を堪能している。

 交渉事は大体ライゼに任せているのだ。そっちの方が冒険者パーティーとして上手くいくことを、この半年間で実感したらしい。

 まぁライゼは優しい分、人の嫌な部分を知り尽くしているからな。


「それは済まなんだ。ギルド長の俺がいないと許可できない案件があったんでな」

「まぁ間に合ったので、とやかく言いませんよ。……それで報酬の件ですが」


 ライゼはワザとらしく背もたれに寄りかかり、目を通し終えた書類を無造作に丸机の上に置いた。

 キャメロンはその様子に見えているのか? と気になるほどに目を細め、ライゼはこげ茶の目を光らせる。


「話になりません」

「おや。それで満足いただけないとは、それはそれは」


 ドスの利いた低い声に、キャメロンは好々爺のごとく柔和な笑みを浮かべる。

 しかし、ライゼはそれに構うことなく鋭い視線だけでなく殺気もぶつけた。俺は気になってライゼの懐からチラリとその書類を覗き見る。

 

 ……確かに舐めてるな。

 未攻略の、しかも古新時代に作られた歴史的に価値のあるダンジョンを攻略したのだ。

 それも、完璧な地図などと一緒に。


 それなのに、高々小金貨三枚。

 舐めている。

 Bランク冒険者が二人のパーティーなのだ。パーティーの実力を考えれば、Aランクパーティーにすら劣らない。

 そのパーティーが未攻略ダンジョンを攻略したのだ。


 しかも書類確認やらもしていないようだし、本当に舐めてやがる。

 ライゼがこれだけ鋭い殺気を放っている理由も分かる。というか、この婆、この殺気に気が付いていない。

 柔和な笑みを浮かべとけば大丈夫だろうと思って、それ以外の感覚が鈍ってるのだ。流石婆。


「はぁ。では僕たちはここで失礼いたします」


 なので、ライゼは深いため息を吐き、まことに遺憾ながら、といった表情をしながら立ち上がった。

 トレーネも一応それに倣って立ち上がる。が、ここ半年ともにした経験によれば、小金貨三枚の何が悪いのか分かっていない感じだった。

 トレーネって、そこに甘い、というより興味ないんだろうな。今はランクを上げることにしか頭にないし。

 ……それで結構ライゼと揉めているのだが。


 と、扉の前まで移動したライゼが、パッと後ろを振り返った。


「ああ、そういえば、先日提出したラビンテダンジョンの調査書類。下層と最下層についての調査結果を書いていないのですが……関係ないですよね。では、失礼いたします」

「失礼しました」


 ライゼはそれはそれはワザとらしく声を上げ、深々と礼をした。トレーネは申し訳なさそうに礼をした後、扉を閉めたのだった。

 中から怒鳴り声が聞こえたが、ライゼは全くもって歩みを止めず、トレーネは後ろを気にする。


「ライゼ様」

「うん? 何?」

「報酬を受け取らなくていいのですか? それに一週間もかけたのですよ」

「問題ないよ。元々、『流浪の歩み』からギルド長の傲慢さは聞いたからね。既に対策は講じてるよ」

「対策ですか……」


 後ろから秘書らしき人が追いかけてきたが、ライゼは歩く速度を早める。一度、案内してもらったのだ。ルートは把握している。

 そして、秘書らしき人が追いつく前にギルド内の酒場兼集会所へと出た。


「お待ちください! 先ほどのギルド長の無礼。あれはあの方のお茶目といいますか、ちょっとしたジョークなのです! 気を悪くさせてたことは謝りますが、どうかお戻りください!」

「すみません。僕たちは急ぎの身ですし、冒険者について何も知らない人にと話すつもりはありません」


 ワザと酒場兼集会所に出た瞬間、足を緩めたライゼたちの前に、ようやく追いついた秘書らしき人が立ちふさがる。

 ライゼは殊勝に頭を下げながらも、スルリとその横を通り過ぎようとした。

 だが。


「ライゼ様。あなたはギルドに対して虚偽の報告をした! それについて説明してもらえますよね!」


 その前に秘書らしき人は、大声で叫んだ。

 虚偽報告は冒険者として叱責では済まないミスだ。ランクを下げられても文句は言えない。

 それをほかの冒険者に知らしめて、噂にしてもらうのだ。

 けれど、ライゼはニッコリと笑う。


「虚偽報告? 僕はそんな事していませんよ?」

「何を! 先ほどおっしゃっていたではありませんか!」

「僕が何を言ったのですか?」


 イライラとした様子の秘書らしき人に、ライゼはゆっくりとその場にいる冒険者たちに聞こえるように問い返す。

 そんなライゼに、秘書らしき人はさらに苛立ったように叫ぶ。


「先日提出したラビンテダンジョンの調査書類です! 下層と最下層についての調査結果を記載していませんでしたよね!?」

「証拠はあるのですか」


 ライゼは問い返す。

 そうすると秘書らしき人にギルド職員の一人が近づき、束になっていた書類を渡した。

 秘書らしき人はそれをひったくるように受け取り、ライゼへと突き出した。ギルド職員がとても困ったような表情をしていることを気にしないで。


「これです! これがその証拠です!」

「「「「「……プッ。ギャハハハハハ!」」」」」


 その瞬間、ギルド中にいた素行の悪い冒険者たちが一斉に笑い出した。

 お行儀の良い冒険者たちも気まずそうに目を逸らし、苦笑していた。


「それ、上層、中層専用の調査書類ですよ。通常、下層、最下層まで辿り着いた場合、その専用書類はギルド長本人に渡す決まりとなっているのですが……もしかして、知らないのですか? ギルド長の補佐をしているのに?」


 だから、秘書らしき人は秘書らしき人なのだ。

 秘書ではない。そういう大事なことすらも把握していない者をギルド長の秘書と呼べるのか?

 まぁ、そんなことも知らないギルド長をギルド長と呼べるかも疑問だが。

いつも読んで下さりありがとうございます。

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