プロローグ Bloom And Wither. Wither And Bloom――a
「ッ! 何をっ!」
ポツリと呟かれたその言葉は、トレーネを激昂させるには十分だった。
どう考えても煽りでしかない。
「馬鹿にしているのですかっ!? あと半年で、Sランク冒険者になるために必死なのに、こんなところで寄り道させられて、なぁなぁですまされて!」
ガッと襟元を掴み、揺さぶる。
「ライゼ様は楽しいでしょうねっ! やりたい事やって! ええ、そうですよ! 私はライゼ様に頼ってますよ! けど、それだって約束して、なのに!」
カクンカクンと揺れながらも、ライゼは一切それに頓着しない。
ゆっくりと口を開いた。
「……花はね。枯れるから美しいだと思う。咲くっていうのは、枯れる事なのだと思う」
「ッ。私をおちょくって楽しいですかっ!? 私をイラつかせるのがそんなに楽しいですか!」
トレーネが掴んでいた襟元をもっと引き寄せ、竜の如き猛き黄金でライゼを射貫いた。
けれどライゼはその奇妙な表情を崩すことなくこげ茶の瞳を定める。
「……花はいつも綺麗なんだよ。種も芽も葉も、咲く時も。……そして枯れ落ちる時も」
凛と貫くこげ茶の瞳は、まるで大地のようで。
けっして動かすことのできない鋼の意志のようで。
「トレーネは誇れる? 戦いだけの旅路を、死を必要だと思って生きた一年を誇れる? 笑って自慢できる?」
「……どういうことですか」
その意志を乗せた言葉は、いや声音は重かった。
トレーネが思わず手を離してしまうくらいには。
「忘れてないよ。僕は必ずトレーネをSランク冒険者にする。フリーエンさんと再会させるよ」
「ならばっ!」
けど、その後に紡がれた言葉で、トレーネは詰め寄る。
忘れていないなら何故! どうして?
「けど、それは違う。トレーネは安心させたいんだよね。フリーエンさんを安心させたいから、Sランク冒険者になるんだよね」
「そうです! だから私はこの命を掛けてでも――」
もう一度、トレーネはライゼの襟元を掴んで。
「――修羅の子を残した親は、安心して死ねるの?」
「……え」
けれど、虚を突かれたように呆然としてしまった。襟元をつかんでいるが、それでダラリと腕が下がってしまう。
ライゼはそれを見て、何度も何度も瞳を揺らめかせ、唇を一瞬だけ噛んで。
「いずれ死にゆく自分にだけ全てを尽くし、空っぽになってしまう娘を見て……どうやって安心できるのさ!」
悲しく叫ぶ。
叫ばなければならないほどに、たぶん、ライゼは心を開いた。傷つけることを選んだ。責めた。
そうして、ライゼは先ほどの叫びとは打って変わって物悲しい想いを呟く。
「自分を想ってくれるのは嬉しいかもしれない。自分を愛してくれると分かって嬉しいと思う。けど、自分も愛しているから。悲しくなるんだよ。苦しいんだよ」
その時、ライゼは誰を思ったのか。誰の心を推し量り、想像したのか。
けれど、ライゼは幽霊にスルリとトレーネから離れた。
そして、立ち上がりパタリと扉を開けて。
「明け方に来てくれると嬉しい。頑張って終わらせるよ」
「ッ」
静寂の中、扉が軋んだ。
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