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三話 なら自分が

「……ライゼ様は、ライゼ様は魔人が憎くないのですか……」


 縋るように、そうであってくれと願うようにトレーネはライゼを見た。

 ライゼは何を今更といった感じに軽くうなずく。


「ん? さっきも言ったけど、僕は魔人が憎いよ。目の前にいたら今すぐにでも殺そうと思うくらいには」

「では、何故!? 何故、魔人に復讐しようと――」


 随分と、トレーネはライゼに対して心を開くんだな。どこかしらで自分を重ねているのか、何なのか。

 俺は少しだけ身体を動かし、トレーネの横へと移動した。


「――それはさっき言った通りだよ。そんな事よりもやりたい事があるから。そりゃあ、目の前に魔人がいたらぶっ殺すけど、積極的に探し出して殺そうとは思わない。それは過去の僕に失礼だし、今まで僕を支えてきてくれた人たちにも失礼だよ。何より、僕はそんな事に囚われたくない」

「……そうなのですか」


 トレーネは項垂れた。

 夜空のように美しい黒髪がトレーネの顔を隠していて表情は分からないが、たぶんとても不安そうな表情をしているのだろう。


 そしてライゼはそんなトレーネの様子を気にかける事もない。ライゼはトレーネに対しては辛辣というか、優しくしようとは思っていない気がする。

 ただ単に、……うん、わからん。前世も今世も俺の人生経験が乏しすぎて分からん。駄目なトカゲである。


「で、レーラー師匠はどこにいるかだよね」

「……は、はい」


 まぁ、俺のアレは置いといて、ライゼは淡々と話を進める。

 トレーネはハッと顔を上げて、またいつものような聖母的な微笑を湛えていた。が、声は少しだけ揺れていた。


「その〝聖母の盾(リービシュトゥ)〟で、トレーネは僕の居場所を常に把握していたらしいから、もう知っていると思うけど、僕はここに来る前にフリーエンさんのところに寄った」

「…………はい」


 そして揺れていた声は更に揺れて、消え失せるような呟きに代わり、微笑もそれは頬だけの微小になり、眉も目も下がっていた。


「まぁ、レーラー師匠はそこでフリーエンさんから幾つかの依頼を受けたんだよ。それでそれが長引きそうだったから、丁度トレーネにもお礼を言いたかったし、勝手に抜け出してきた。だから、レーラー師匠は今もベターラー盆地の仙凛桃樹の麓にいると思うよ」


 いや、ライゼはレーラーの魔力を感知できているんだよな。何故かは知らんが。

 なら、思うよという言い方は少し変だと思う。が、それは置いておこう。


「……そうですか」


 トレーネは再び俯いた。

 女の子らしいといえばいいか、そんな悲しい雰囲気を漂わせていた。


「……レーラー様は深き森人(ハイエルフ)だったのですね」


 ただ、そんな悲しい雰囲気も直ぐに消え、納得したような、もしくはようやく現実を見た様な呟きを漏らした。

 たまたま、ベターラー盆地の近くを寄っただけで、ライゼたちがフリーエンと会っていたとは思いたくなかったんだろう。


「そうだね。勇者パーティーの魔法指南役で、仲間だったらしいよ」

「……ええ、ええ、そのように聞いています」

「フリーエンさんから?」

「…………はい」


 絞り出すような声。きつく握られた拳。

 身体から不安定な魔力と闘気が漏れ出ている。あまりの量と質に、一応事前に隠蔽用の結界を張っていなければ、衛兵か何かが飛んできていたかもしれない。


「……ライゼ様は、ライゼ様は、私の事をフリーエン様から聞きましたか?」

「いや、あんまり。ほら、言ったでしょ。勝手に抜け出してきたって。フリーエンさんもトレーネの事を話そうとはしてなかったし、知らないよ」

「……そうですか」


 今日何度目の「そうですか」だが、しかし一番哀しいという思いが込められていたと思う。

 隣で聞いていてそう感じた。


 その哀しさは沈黙へと変わり、そして数分間ライゼの落ち着いた呼吸とトレーネの不安定な呼気だけが部屋に響いていた。

 ライゼは静かに目を瞑ったまま、ペンを遊ぶように動かして紙に何か書いている。ライゼはダンマリを決めている。トレーネが口を開くまで待っている。


 そんな状況の中、ようやくトレーネが大きく息を吸って枯れた声を何度か出す事を繰り返した。

 ライゼは動かしていたペンを止めた。


「トレーネはこれからどうしたい?」

「…………ぁ」


 何度も口を開いて声を出そうと必死になっていたトレーネは、突然の質問によって声ではないが小さな呟きを漏らすことができた。

 そしてキッとライゼを黄金の瞳で睨み付けた。


「わ、私はフリーエン様のところには戻りません!」


 ライゼの質問を深くとらえず捉え過ぎたのだろう。穿って、いや、自分の心の中にあった思いとその質問を無理やり繋ぎ合わせたか。

 まぁ、どっちにしろトレーネは怒りの籠った叫びをライゼに放った。


「うん、それは知ってる。だって、トレーネはフリーエンさんが嫌いで飛び出してきたん――」


 そんな叫びにライゼは動じず、軽くうなずいて、続けた。

 だっても、クソもなく、ライゼの勝手な主観のような理由を付け足して。「だって」は根拠のない勝手な時に使う言葉だ。


 だから、カチンときやすい。

 勝手に人の心を図られるのは厭だとおもうし。


「――違います! 違うのです! フリーエン様が私を嫌っているのです。私が未熟で、どうしようもなく愚かで、呆れているのです……だから、だから、フリーエン様が私を見てあんな哀しい表情を、瞳を浮かべるのならば……」


 悲痛で哀しい叫び。己の思いが儘ならず、押し込める。

 そこには人間らしい喜びと哀しみがあった。献身、いや、それでもない。


 ただの。


「自分がいなくなればいいと、そう思ったんだね」


 ようやく、糸口を引き出した。

 トレーネがフリーエンを慕っているのは確かで、本当に確かである事はライゼも知っているはずで、というかレーラーが気が付いてライゼが気が付かないことはないと思うし。

 ……いや、レーラーは意外にも人の機敏に敏感なところがあるからな。


 まぁ、兎も角、ライゼはいわゆるカマかけをしたのだ。

いつも読んで下さりありがとうございます。

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