一話 夕方の宿屋
「ただいま戻りました」
「あ、お疲れ、トレーネ」
夕日が差している。
ベッドが少しだけ離れて二つ並び、部屋の広さもそこまでない。そんな部屋で、手紙を書いていたライゼは、魔法袋を持って返って来たトレーネに労いを言葉を掛ける。
俺はベッドの上で幾つかの魔道具を弄繰り回している。金属がグネグネと動いて浮かんでいる。
「……ヘルメス様は何をなさっているのですか?」
トレーネは手に持っていた魔法袋から幾つかの食材と油や調味料、衣服や布をベッドの上に出しながら、首を傾げながら訊ねる。
まぁ、ライゼは見慣れているが、金属がグネグネと動いている景色は見た事ないのだろう。
『魔道具を作ってるんだ』
「……魔道具とはこのように作られているのですね」
トレーネはふむふむと頷いている。
……頷いているところ悪いが、実際の魔道具作りはこんな様子ではない。普通は金づちでトンカントンカンやったり、錬金術を使って手で捏ねたりしている感じだ。また、魔力で思いっきり杭を打ち込んでいたりする。
そもそも俺は誰かに魔道具作りを教えてもらったことはない。ただ、アイファング王国の王都にあった王立図書館の最奥の古い専門書で学んだものだ。独学だ。魔力量と魔力操作でごり押ししている部分が大きい。
正しいやり方とは全くもって違ったりする。
まぁ、それでもその後、レーラーに理論的なものは学んだりしたのだが、今の技術体系よりも俺のやり方の方が俺にあっている。というか俺がトカゲだからこそ人間の作り方ができないと言った方がいい。
なので、トレーネには申し訳ないが俺の魔道具作りは全くもって参考にはならないと思う。
そう思って、トレーネに声を掛けようと思ったら。
「トレーネ、王国軍がこの町に入ったの?」
トレーネが魔法袋から出した物資を訝し気に眺めていたライゼが訊ねたので、言いそびれてしまった。
まぁ、旅人に売る分の物資など流通を封鎖したのと、魔人との戦いの余波でとうにない筈だったので、気になっていたんだろう。
「あ、ええ、そうらしいです。ただ、数十人の警備隊だけ残して既に領都の方へと移動したらしいです」
「ふーん、ずいぶんと動きが早いね」
ライゼはトレーネの説明を聞いて、少しだけ引っかかる様に頷いた。
まぁ、確かにそうだ。ライゼの予想だと、王国軍がグリュック町に到達するまであと二日ほど掛かると考えていた。
エーレが数日後に領都に王国軍が到着すると言っていた事から、領都と半日も離れていないグリュック町には最低でも二日後に来ると考えるのは当然であろう。
エーレの情報伝達がミスったわけはないだろうし、王国軍が強行したのか。まぁ、気になる。
というのも、辺境伯であるエーレならまだしも、王国軍という王族の命で動いている軍隊は、王族の代理としての力を一時的に持つ。
そんな輩がライゼたちに興味を持った場合、厄介だ。遠くに離れていればいいが、ここは領都にとても近い。
「……ライゼ様、どう致しますか?」
トレーネもその可能性に思い当たっていたらしい。
ライゼは書いていた手紙を丸めて糸で括り、封をしながら、どうでもよさそうに首を振った。
「予定通りここに泊まるよ。今、動くのもあれだし、明日の日が昇る前に出れば良いと思う。情報交換とか今後の方針とか、さっさと決めたいしね」
「……確かにそうですね」
トレーネがゆっくりと頷くのを尻目に、ライゼはレーラーからパクった召喚用の召喚陣を使って、カラス似の召喚獣を呼び出す。
まぁ、レーラーなら召喚陣なしでも召喚獣を呼べるため、パクっても問題なかったりする。
そしてライゼは呼び出したカラス似の召喚獣の足に先程封をした手紙を括りつける。
この召喚獣は手紙を配達する専用の召喚獣だ。適当に手紙を持たせても絶対に手紙を落とす事はない。なので、専用の筒を召喚獣に付ける必要はなかったりする。
それからライゼは、部屋の窓まで歩き、扉を開けた。
そこからカラス似の召喚獣は飛び立った。カラス似だから、夕日に向かって飛んでいく姿は本当にカラスに見える。七つの子が頭に流れる。
トレーネはライゼが誰に手紙を送ったのか疑問を持っている様子だったが、ひとまずはベッドの上に広げた物資を種類別に別け、それを種類別に別けてある魔法袋に丁寧にいれていた。
ここに来るまでの数時間で教えたことをキチンと覚えていたらしい。
まぁ、それぐらいしかまだ情報交換はしていないのだが。
召喚獣が夕日に飲まれて見えなくなったのを確認したライゼは、“空鞄”を取り出して、中から地図やら、また幾つかの紙と二本のペンを取り出した。
丁度、そのころにはトレーネが荷物の整理を終えていて、ライゼはそんなトレーネに数枚の紙とペンを渡した。
それから、ベッドの上に胡坐を掻いて座り、そこに地図を広げた。ウォーリアズ王国の地図とファッケル大陸の地図である。
「トレーネも座って」
「……わかりました」
そして、トレーネはベッドの上に座った。胡坐のライゼとは違い、お淑やかな座り方だった。足を横に流す座り方だった。名前は忘れた。
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