十一話 二日後
「んぁ……ッ!」
『あ、おはよ、ライゼ』
小さな教室ほどの広さがある客間に設置されていたベッドからライゼが跳ね起きた。質の良い真っ白な布団とシーツが乱れ、同じく質の良い木製のベッドが軋む。
そんなベッドの前で身体を大きくしたまま丸くなっていた俺は、跳び起きたライゼに舌を出しながら目配せする。
『……ヘルメス、どういう状況?』
ライゼは、ゴーグルも飛行帽も身に付けていないどころか、見覚えのない清潔な衣服を身に纏っていることを確認して周囲を一気に警戒しながら問いかけてくる。
また、“森顎”と“森彩”の位置を確認していたりと忙しいようだ。
『あの後、この地の領主と色々あってな、トレーネの見届けの元、俺とお前に危害を加えないことを魔法的にある程度縛ったんだ。何でも、この地の領主、面倒だからエーレと呼ぶが、ソイツがお前に礼をしたいんだと』
『……女神の誓い関連の魔法……かな。干渉はできないね』
ライゼは俺の答えを聞きながら、跳ねのけた布団の下にあった自身の左足に纏いついた金色のリングを見ながら考え込む。
自然に干渉しようとするのは流石ととしかいいようがない。
『……ん? あれ、ヘルメス、今、トレーネって言った?』
『ああ、言ったぞ。お前の読み通りトレーネはまだこの街にいたらしい。まぁ、まだ詳しい事は聞いていないが』
『……分かった。それより僕が倒れてからどれくらい経った?』
ライゼは身体を横にして、また“空鞄”を発動させて予備の着替えを出す。ついでに戦闘用のブーツもだ。
そして着ていた清潔な衣服を脱ぎ去り、いつも通り白のシャツと黒のズボン、弾帯付きのベルトにそれらを全て覆い隠す深緑ローブを羽織った。
因みに、ライゼが魔人との戦闘時に着ていた服は部屋の端においてある魔法袋や旅行鞄の方に入っている。
そこまで取りに行くのが面倒だから、いつも着替え一式を予備でいれている“空鞄”を出したのだろう。
それから、ベッドの頭付近にあった小さな机の上にある“魔倉の腕輪”と蒼い蝶が描かれた蓋つきの懐中時計を身に付ける。
この城で働いているメイドさんが丁寧に外していた。俺が見張っていたので、問題はなかった筈だ。
『丸二日くらいだな。疲れをため込み過ぎだと診断したメイドさんが言ってたぞ』
『……確かに、ここ二週間近くは無茶してたからね』
『人によれば拷問みたいなものだがな』
トレーネの足跡を追うのも大変だったが、何よりトラブルには事欠かなかった。盗賊や一部の冒険者から殺されそうになったり、魔物の巣窟で隠れ逃げたりと大変だった。
というか、特に異常なほどにこの地域一帯に上位や聖位の魔物が多かった。まぁ、だから俺達は魔人がいて、トレーネもここにいるのではないかと思ったのだが。
『で、ライゼ。そんな武装してどうするつもりだ?』
『……いや、こっちから動くつもりはないよ。ヘルメスの言葉を、いや、ヘルメスが聞いた言葉を信じれば礼をするつもりらしいし。それに、トレーネさんがどこにいるか分かったから、大丈夫。魔力反応だけじゃなくて闘気反応も補足したから、遠くに行かれてもある程度は捉えられる』
ライゼはそう言いながら、ベッドの脇に立て掛けてあった“森顎”と“森彩”を腰に差し、また未だに出現させている“空鞄”から幾つかの本を取り出す。
『うん? ライゼはここからトレーネの気配が分かるのか?』
『うん。僕に神聖魔法で治療してくれたでしょ』
『ああ』
ライゼは身体のあちこちに触れながら言った。
『魔力の残滓が残ってた。それを使ってトレーネの魔力を探ったんだよ』
……あ? え、どういう事?
俺もライゼの身体検査はした。暇だったし、必要だと思ったからだ。けれど、トレーネの魔力の残滓何て感じなかった。
というか、何で魔力の残滓が残ってたら魔力を探れるんだ?
トレーネの魔力自体なら、以前会った時に知っているはずだ。だから、ライゼの魔力感知範囲内にトレーネがいるなら、魔力の残滓が残っていなかろうが、いようが関係なくライゼは捉えられるはずだ。
というか、俺が捉えらえる魔力感知範囲内にはトレーネはいない。
それに、俺の感知範囲とライゼの感知範囲は近い。
『……どうやってだ?』
『えっと、闘気を感じられるようになってからかな。特定の魔力だけなら、通常の感知範囲よりも広い範囲で感知できるようになったんだよ』
『特定の魔力っていうのは、どういう条件だ?』
特定って不特定多数の反対の特定じゃなくて、特別な定めによって選別されたって意味だよな。
『魔力の色と波長と、後は癖かな』
『癖?』
『うん、それをキチンと僕が理解していることが条件っぽい。まだ、ハッキリと分かってないけど、レーラー師匠の魔力はここからでも感じ取れるし、結構範囲は広いんだよね』
『んぁっ!?』
おい、ここからレーラーがいる場所まで俺が全速力で駆けても三日はかかるぞ。まぁ、山道が多かったから平地ならば一日くらいか。
だが、それでも千葉県横断くらいの距離はあるはずだ。醤油の名産地から世界有数の漁場までの距離だ。
『えっ、おい、えっ……まじ?』
『うん。まぁ、そこまで使い勝手良くないよ。魔力の解析には時間がかかるし、トレーネみたいに隠蔽もしてない無防備な魔力の残滓が僕の身体に纏いついてたり、浸透してたりすると解析に時間はかからないけど』
『…………色々疑問に思うが、放出している魔力を解析するのと何が違うんだ?』
魔法使いなんて大抵魔力を全力で放出している。
己が研鑽した魔法による魔力の象徴だし、それが誇りにもなる。それだけで相手の魔力を補足できるなら強力だ。
というか、流していたが魔力の解析って何だ?
個々の魔力には確かに色や波長などがあるが、それは解析何て仰々しい言葉を使わなくても、感知という一言で済む。実際、俺だってそれくらいは感じ取れる。
『魔力の……えっと何て言えばいいんだろう。そもそも解析って言ってるけど、実際は〝誰か魔法を操る魔法〟で得た疑似魔法解析の応用みたいなもので、こう波というか、粒というか、えっと……――』
「――失礼する」
ライゼがワタワタと手を動かしながら伝えようとしていたら、扉が開いた。
エーレだった。何だ、扉の外で待っててくれたわけじゃないのか。
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