十話 問答無用は彼らの主義
うん、逃げよう。
トレーネがここにいる事は分かったので、ライゼが起きたら後で伝えればいい。というか、壁が破壊された事によって出た煙であんまり見えないが、金棒を片手でぶん回して、壁を突き破った姿が怖かった。
何か、ミンチにされそうな気分だ。
ぶっちゃけ、エーレの言葉もあまりあてにならないし、相手は貴族なので幾らトレーネがいたところであれだろう。
混乱に乗じて逃げるか。
俺は威圧のために放出していた魔力を全て隠蔽して逃げようとした。
だが。
「ヘルメス様、お待ちください!」
俺の目の前に巨大な金棒が落ちてきた。
ついでに、その横にはトレーネがいて、黒の紋様が入っている真っ白なシスター服のスリットから太ももを思いっきり覗かせるように、両足を開いている。ついでに手も。
正直ちびりそうだ。
言葉の雰囲気と実際にやってる事の落差が凄いのだ。何か、物理系少女な気がする。ギャップが凄い。
「エーレ様。このライゼ様は私の友人です。拘束の必要はありません!」
「……トレーネ殿、しかし……うん? そのトレーネ殿、ライゼというのはそのトカゲに乗っている少年の事か?」
土煙で少しだけ咳き込んでいたエーレは、ようやく晴れた煙を払いのける仕草をしながら、俺の背中に乗っているライゼを見た。
また、ゆっくりと近寄ってくる。けど、腰の帯びていた剣を床に置いた。
「ええ、そうです」
「……なるほど。それでヘルメス……でいいのか、そこのトカゲは」
「はい。……エーレ様。それ以上近づくとヘルメス様が逃げる可能性があります」
いや、トレーネが金棒片手に道を塞いでいるから逃げられないんだが。
まぁ、逃げる隙がないとも言えないが、それでもライゼを背に乗せたまま逃げるのは難しい。エーレ達、騎士たちだけならば問題なかったんだが。
「いや、大丈夫、ヘルメスは逃げない。……ヘルメス、そのままでいいから聞いて欲しい。そこのトレーネ殿は戦士でありながら神官でもある。そして女神に仕える神官を介して誓う言葉は強い誓約を持つ」
「……エーレ様、私が見届け人を?」
「ああ、そうだ。頼めるか?」
「ええ、まぁ」
俺の意思を無視するな。
――シュル
「……やはり言葉は分かっているようだな。ならばヘルメス、我、ウォーリアズ国王より授かりし、ファーバフェルクトの名と領地において我は其方とライゼ殿に危害を加えないと約束する。また、我が領地内にて其方たちが害を為されようと、もしくは為された場合は全力で助力する。そして我が領地に連なる者に其方たちに手を出させないと誓う」
「女神に仕えるシスター、トレーネがそれを見届けます」
瞬間、エーレと俺とライゼの周りに黄金の光が纏いつき、それが収束して俺の前の右足、ライゼは左足、エーレは右手首に黄金の腕輪が纏いついた。
「これで、其方たちの安全は保証された。だから、其方とライゼ殿を我が屋敷に招き入れさせてはくれないか。私たちの戦いの助力だけでなく、不甲斐ないばかりに支援が行き届かなかった下々を救ってくれたと聞く。その礼をしたい」
「……ヘルメス様。エーレ様は普通の貴族とは違い種族などに偏見を持っておりません。大丈夫です」
……ここまでされて拒否るのもな。
まぁ、それが狙いかもしれないがトレーネが大丈夫って言ってるし、いい加減ライゼを休ませたいからな。
――シュル
なので俺はクルリと回転して後に立っていたエーレ―の方に身体を向け、頭を縦に振った。
エーレは満足そうに頷いた。
「そうか、良かった。……お前たち、聞いていたな。ライゼ殿とヘルメスを丁重に扱え! この場にいない騎士や使用人、文官にも連絡しておけ。ライゼ殿が何であれ、私が指示しない限り我が城にて彼に危害を与えた者は即刻極刑に処す。我に恥を掻かせるな」
「「「はっ!」」」
あ、やべ。
何か誓約とか凄そうな名前だと思って信用したけど、マジか、エーレったら俺達に危害を加える事ができるのか。
チッ。一日近く寝てなかったせいで頭が回ってねぇ。
「……大丈夫ですよ、ヘルメス様。エーレ様が危害を加えた場合、私が処罰する義務が発生しますので。ライゼ様が余程の事を起こさない限りは問題ありません。エーレ様は愚かではありませんので」
と、思ったらいつの間にか身長の倍近くある金棒を背負い、俺の隣に立っていたトレーネが囁く様に言ってきた。
「……それにしてもヘルメス様は言葉が理解できるのですね。……と、ヘルメス様、私は騎士たちを治癒してまいりますのでここで失礼させて頂きます。それとライゼ様の治療は既に完了しております」
『えっ?』
背中のライゼの状態を確認すると流れていた血などが止まっていた。
あれくらいの傷ならトレーネが前に刻んでいった加護で治癒されると思ったので、それと俺は回復系の魔法が殆ど使えないのでライゼを治療していなかったのだが、今確認したら傷が完全に塞がっていた。
魔力反応すら感じず、思わずトレーネに向かって〝思念を伝える魔法〟を発してしまった。
気付いたときには遅かった。
「えっ? …………では、後ほど」
そしてトレーネは一瞬だけ黄金の瞳をまん丸に見開いて驚いたものの、直ぐに冷静な落ち着いた表情を取り戻し、俺に少しだけ頭を下げて横たわっている騎士たちの方へ走っていった。
そして、五体満足な騎士たちに指示を出していたエーレが入れ替わる様に俺の前にやってきた。
「では、我の後についてきてください」
俺はヤバいなーと思いながら、エーレの後をついて行った。
ライゼは心地よさそうな寝息を立てていた。安らいでいるようだ。
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