五話 忠告と承知
「これで終わりです。お疲れさまでした」
「ライゼ様こそ、本当にお疲れさまでした」
深夜すら通り越し、もう既に早朝と言えるくらいの時間に、ライゼと中年の神官は頭を下げた。
今、治療できる人全てがある程度安定的な状態へと移行したのだ。警戒は必要だし、まだまだ治療は必要な人もいる。けれど、ライゼと中年の神官が最後を終わらせたのだ。
仮眠をしていた神官や冒険者も時々起きて手伝おうとしていたが、ライゼが無理やり寝かせていた。
なので今起きているのはライゼと中年の神官と冒険者ギルドの外で警備をしている冒険者だけである。
静寂と暗闇と小さな蝋燭の灯火が冒険者ギルドを優しく包み込んでいる。
そんな中を頭を下げていたライゼと中年の神官は少し移動し、置いてあった椅子に座った。
ライゼはそのついでに“空鞄”を出し、中から保存食を取り出した。また、机の上に燭台と枯れる事のない蝋燭を取り出し、火をつけた。
丸い小さな机が揺らめく火の明かりで灯される。
影が蠢き、蠢き、やがて落ち着いていく。
「ヘルメス」
『ん』
俺は長い舌を出してその保存食を受け取る。またライゼは中年の神官にも渡す。
「粗末なものですが、すみません」
「いえ、とんでもない。大変感謝します」
「なら良かったです」
そして保存食を渡したライゼは自分の口にも保存食を含む。
また木製のコップも三つだし、それぞれに魔法で水を入れていく。それらを俺と中年の神官と自分のところに置いておく。
「本当に何から何まで……」
もっさもっさと乾燥して口の水分を奪う保存食を口にしていた中年の神官は、保存食を噛みしめるように食べた後、木製のコップに注がれた水をゆっくりと飲み干した。
食べ物と水に対しての感謝がその所作にはあった。
「……ライゼ様」
「はい、何でしょうか」
そして保存食を食べ終わった中年の神官は、蝋燭の明かりによって奥深い影を纏いながらライゼを呼んだ。
とても静かだった。
「ライゼ様。どのような経緯で放出している魔力を抑えているのかは分かりません。どうして常に飛行帽を被っているかも詮索は致しません。私にとってライゼ様が今日示してくださった慈悲が全てですので」
「……はい」
「ですが、ライゼ様よりも少しだけ長く生きている私から言える事は幾つかあります」
中年の神官はそこで長く沈黙をとった。
俺は少しだけ警戒する様に隠蔽しながら体内の魔力を高める。いつでもライゼを連れて逃げられるように。
「己の命が一番大事なのです。女神さまから頂いたたった一つだけ確かな己の命だけは大事にしてください。誰かを助ける際に自分を犠牲にしてはなりません。今、ライゼ様が隠さなければならない命に関わるかもしれない情報を安易に晒してはいけません」
飛行帽を被っていたとしても、身長の低さと放出魔力の少なさ。そして何より、回復魔法を己に掛けていないのに長時間働けている事。
疑念が生まれるのも仕方がない。
それにそれだけじゃない。
依頼として受け、報酬の契約を結んだとはいえ医療技術や物資、魔法を惜しみなく提供しているライゼは悪意ある者にとってはとても好都合でしかない。
「……確かに、傍から見れば僕の魔力と使った魔法の数はおかしいですし、僕自体が何かを持っていることも否定しません」
まぁ、金はある程度あるからな。
それでも旅費でほとんど消えるものなのだが。
というのは冗談である。
「人族と言いながら飛行帽やゴーグルを外さないのも訝しいと思われますし、医療に関する知識をどこで手に入れたかも重要です」
この世界での医療はあまり発達していない。
いや、女神教内や一部の国、例えばアイファング王国など魔法が進んでいる国や安定的な国などは進んでいる。冒険者ギルドもある一定の医療を持っているだろう。
けれど今日というか日付では昨日だが、ライゼが見せた医療技術はまだ知られていないものだ。
レーラーが人体の構造や病気、怪我などの治療技術を公開していないからだ。
いや、公開しようとはしたが利権争いが面倒でできなかったらしい。
医療技術のあるなしで救える命が違う。人は大切な人の命を救いたい。それを非情に利用する人たちがいて、いくらレーラーだとしてもそんな人たち全員を相手にとることはできない。
レーラーは武力に強いが、それだけなのだ。
「そしてたぶん今日の昼頃には何処からともなく弱い僕を襲いに誰かがやってくるでしょう。襲ってくる人たちは大抵良い鼻や目、耳をお持ちですから」
だが、そもそもそれは最初から分かっている。
「でも、僕は思いました。僕はこの手で命を殺めたこともあります。けれど救える手でもあると思っています。血に塗られても、火傷を負っていても誰かを助ける事はできますし、誰かを笑顔にする事もできると思っています。信じています」
ライゼは命を殺めたと言っているが、直接殺めた命は魔物と生きるために狩った動物だ。俺が知っている限り人の命は殺めていないだろう。
まぁ、襲ってきた盗賊や山賊を身包み剥いで放り出した事はあるが。
それでもライゼは自分が人を殺めたことがあると言っているし、そう思っている。
俺がそれを否定する事はない。
「まぁ、それでも僕は最初に選別しました。……僕は傲慢ですし、酷い人間です。けれど助けたいと思いました。それだけです」
「……そうですか」
「ええ、ですので失礼します」
そして俺達は冒険者ギルドを出た。
依頼料は盗ん――勝手に貰っていった。
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今回で百分話目になりました。
そしてもうそろそろストックが切れそうで、ヤバいです。
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