カエル男とヘビ女と上司
僕には、俯いた顔を上げることは出来なかった。
白く濁った脂汗を額から滲ませ、ジッと耐える事しかできなかった。
もし、眼前に立っている女性を見てしまったのなら、その美しい首を絞めてしまうからだ。
大理石の様に艶やかな首筋、ぷっくらと膨らんだ頸動脈がまるでネックレスのように輝いている。
僕が、彼女の気道を親指で押しつぶし、他の指が白い肌に食い込んでいく姿を想像するだけで、鼓動が高鳴ってしまう。
何故、こんなにも絞めたくなる首をしているのだろうか。
カウンターの上に置いてあるメニュー表を見詰めるしか出来なかった。
このままじゃ僕は犯罪者になってしまう、と感じた。
同じ店内にいる限り、どうしたって彼女とは顔を合わせることになるのだ。
逃げることは出来ない。
最悪、この両腕を切断すれば絞殺しなくてすむだろう。
しかし、それでは仕事が出来なくなってしまう。
僕は思い悩んだまま、その場に立ちつくしていた。
私には、目を背けることが出来なかった。
眼球が乾いて頭痛が起ころうとも、瞼を開ける事しかできなかった。
もし、あの俯いている男が、レジの前から消えてしまったのなら発狂してしまう。
それほど、彼の汚い皮膚を嚼み千切りたかった。
荒れ果てた大地のように乾燥した肌に、吐き気を催すニキビが潰してくれと列を作っている。
私が、そこに白い歯を突き立て、暴れる彼の身体に手足を巻き付けている姿を想像するだけで、下腹部の奥が疼いてしまう。
何故、こんなにも噛み付きたい体をしているのだろう。
このままじゃ私が犯罪者になってしまう、と感じた。
どうせなら、あの不細工がキレて私を襲ってくれると、やり返すチャンスが生まれるというものだ。
しかし、如何せんキモが小さい小物。
ジロジロと見詰めるだけで、きっと何もしてこない。
こっちの我慢はもう限界だというのに。
私はどうすればいいのだ。
「どうもこうもない。遊んでないで仕事しろ」
バーガーショップ店長の叱責が飛んだ。
その顔は、ナメクジのように白く、触れると糸を引いていそうだった。