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どっちもという選択ができるような大人になりたい。

必ずしも自分の意見は固くなくていい。きっと自分らしさを保つための考え方、根幹のモットーは無意識にある。それを変える必要はないけど、それを守るために、考え方はきっと柔軟に変わっていくほうがより良い毎日になると思います。そんなエッセイです

と、言うのも何に関しても私が見ている限り、結構頭の固い人って多いんじゃないですか?折衷案という言葉は皆、当然知っている言葉だと思います。しかし、日常生活で、いざ意見が分かれた時に、お互いの話を聞いて納得する形で、どちらかの案にしたり、両方の案のいいところを併せ持つ折衷案を取れていますか。わざわざそんなトラブルになることなんて少ないよー。というのはある意味当然なのですが、いざ皆さんが持つ誰かの口論に対して抱く印象って、意外と最悪なんじゃないでしょうか。本来は小学生でもお互いが納得できるように考え方を擦り合わせていくものですよね。多くの人が、お互いのことを考えて、自分だけのわがままが通る世界ではないことを十分すぎるほど、このきびしい日本の中で学んでいるのだと私は感じています。


しかし、なぜでしょう。自分の意見を信じ、他人の意見には耳を塞ぎ、大声をだして、他人を押さえ付けるような人々の行動は悪い意味であんなに目立ちます。多くの人が、あほくさい。しょうもない。という事をわかっているからです。


もしかしたら、この意見を通さなければ、この日本、もしくは世界、地球が粉々になって消し飛んでしまうのかもしれないなんて状況があったのかもしれません。そうであれば、堂々と人々の前で命をかけて、攻撃しあっていただければ良いのでしょう。それこそ、頑張って言いくるめないと殺されるなんてことでは何が何でも言葉を大にして意見を通すべきだと考えてしまうのでしょう。我が身がかわいいのはほぼ全ての人が無意識に抱く仕方のないことだと考えます。きっとどんな手段を使ってでも、自分の主張を続けます。では、ここで、全く同じように自分を守る為に、誰かを守る為に自身の主張を変える事が出来ない人が現れたとします。もう大変です。そうして、彼らの頭の中では世界を救うんだ。と言いたいが如く戦いを始めます。物語の上ではただただ熱い、それこそなろうの作品にもある展開なのでしょう。


しかし、よく考えてください。きっとこの戦いで、当事者以外の誰かが傷つくことになります。物語上では、その姿さえ演出としての大切な背景です。ですが、この日本、フィクションとノンフィクションの区別をないがしろにしてはいけません。側から見れば迷惑極まりません。よく考えてください。理性的な決定の仕方がもっとあるはずです。本当にどちらか片方のみの選択しか出来ませんか?


それが誰かを傷つけていませんか?誰かが絶望を理解できないまま満面の笑みをしていませんか?


確かに辛い思いをしたり我慢をする人というのは物事を決める上で当然出てきます。しかしその我慢を減らす努力ができるはずです。これに関しては、ああ言えばこう言うと言ったような、決まった正解が無いような話になってきます。そんな問題こそ、臨機応変、状況による!決め切らない!そんなゆるい気持ちも必要なのではないでしょうか。


私は本来、人を悪意を持って傷つける理由というのは何があっても存在しないと考えています。ただし、実際そういうわけにはいかない人というのも存在してしまいますよね。まあ言っても「悪意のみ」だと救いようがないものではあります。


私が思うに、一般的には私たちの身近なものというもののスケールには限度があります。人生における重大な決断であれば自分を歪めることも厭わないということもあり得ますが、少なくとも全く他人を考慮しないなんてことはないはずです。しかも簡単にその状況というのは、受験、結婚、就職等の人生の節目が思い付くくらいでしょう。意外と日常生活ってしょうもないものの積み重ねですよね。単なる口喧嘩や、簡単な決め事、冷静になるとなんでこんなことに怒っているんだろう。と。


少しわかりづらいかもしれません。最近の話を。

私は、ゲームが好きです。でもものすごいうまいわけではありません。このsns世界の中で、今の一位は下手くそだ。もっと下に上手い人がいる。時間をかければ誰でも一位になれてしまうのだ。と主張している方がいました。一位になってるんだから下手くそとか言ってあげないでやれよ。上手くなるための考え方なんて、一位になるくらいなんだから持ってるだろう。と思いました。曰くいろんな人に持て囃されて調子に乗っていたら強くなれない。とのことです。そんな強くなってどうするんでしょう。本人以外がどうこう言う立場になり得るのでしょうか。その主張されている方もトップレベルで上手い人です。きっとゲームの世界ですら一般人には見えない何かがあるのでしょう。彼の言う通り一般人は一位を素直に尊敬し褒めるのが精々なのでしょうか。


私思いました。皆さんも思ったはずです。どっちでもよくね?と。大抵意見が2つ出るとどちらにも正しい所って絶対あるんですよ。これ以上ゲームの話をしてもあれなのでこの例えは使いませんが、スポーツ等もそうですよね。本気で大会等優勝を目指し、強くなる選手と、勝てれば嬉しい。だから頑張る。というそこそこの人、娯楽として楽しむ人、むしろプレイせずに観戦が好きな人もいます。じゃあどれが一番いいかなんて決まりませんよね。そしてこの考えも含め、誰も人に押し付けるべき考え方というのは存在しません。ただし、一般常識や、倫理観、道徳観念等、多くの人が持つべき考え方は存在します。ただ私が言いたいのはもっとスケールの小さい話です。落ち着け。別にどっちでもええやん。そういう考えもあるよね。ふーんと。


確かに思考放棄です。それの何が悪いのでしょうか。必要な時に必要な考察をすれば良いのです。当事者以外が、簡単に人に行動を指示しては、お互いに嫌な気持ちになるだけです。


ああ、このような考え方を持つ私なので、書いているそばから、生み出される反論に予防線を張り、余計にわかりずらいエッセイとなってしまう。


みんなもっと人を許して。何をしても怒られる、怒る、八方塞がり、ストレス、人に理不尽を押し付けないで。人と時と場合と、さまざまな状況に臨機応変に、折衷案の存在の考慮、忘れないで。全世界が変われとは言わないしそんな影響力は誰にも出せない。でも今生きる自分の考え方を少し、より良い折衷案に変えることができたなら嬉しいです。



「堂々と命を懸けて攻撃しあってほしい。」これが比喩ではなく、実際のものとなってしまったものがいわゆる戦争というものなのでしょうか。様々な理由でそれぞれが決して許してはいけない、譲れないなにかをこの歴史の中で持ってしまったのかもしれません。やはり、命をかけるといっても、人の生き死にに関わることにしてはいけませんね。

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