赤い少女③
さっきまで降っていた黒い雨が止んだ。
私は、名前すら知らない町を裸足で歩いていた。広すぎるよ。この世界。あの真っ白な部屋とは大違い。
「……………」
どうしてあの女は、逃げようとした私を止めなかったんだろう?
私は獣人の敵で。絶対に殺さなきゃいけない存在なのに。
『これからは、自由に生きなさい』
優しく笑いながら、一言だけ。今までパパしか知らなかったけど、もし私にもママがいたら、こんな感じなのかなぁと思った。もちろん、あの人は本当のママじゃない。だけど今、私は温かい何かに満たされていた。
「……………」
逃げたは良いけど、これからどうしよう。分からない。
ねぇ、パパ。
パパ…………。
………。
私には、今まで何人ものパパがいた。一年同じパパもいれば、一週間で違うパパに変わったこともある。『パパ』と名乗る白衣を着た男達は、私に何度も何度も何度も何度も獣人を殺させた。獣人を殺すとご褒美にお菓子やケーキをくれた。
少しでも殺すのを躊躇ったり、余計なことをするとご飯を抜きにされた。
でも本当は、あんなことしたくなかった。
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静かな部屋。
私以外に誰もいない。天井から、声がする。パパの声。
『何か欲しい物ある?』
『ないです』
『そう……。何かあったら、パパに教えてね』
『はい』
『じゃあ、次の悪者退治もお願いね』
『はい』
ビーーーーーッッ!!!!
目の前のドアが、開いた。少しだけ外が、見えた。私が知らない外の世界。
産まれてから、ずっと私はここにいる。この白い部屋にいる。部屋の外は危険だから、絶対に出ちゃダメだとパパに言われている。
いつものように私の部屋に悪者が入ってきた。
私は、悪者が嫌い。
パパが、悪者が嫌いだから。
私が彼らを退治しないと、世界はもっとダメになってしまうとパパが前に言っていた。
この悪者は、私を見ると
「あなたを倒せば、ここから出られる。あなたを殺せば……」
「?」
意味が、分からない。でもこの悪者も前の悪者と同じことを言っていた。
私は、少しだけ。この悪者と話をすることにした。
「ここから出て、どうするの?」
「そんなの決まってるじゃない!! 家族のとこに帰るの。あなたにもいるでしょ? 家族が。心配してくれるパパやママが」
カ……ゾク?
ママはいないけど、私にはパパがいる。まだ一度も会ったことがないパパ。いつも声だけ。
パパは、家族?
分からない。
「ごめんなさい。あなたには、悪いけど。私は、私は………。もう帰りたいの!!」
悪者は、十秒もしないうちに獣の姿になった。先ほどの可愛い姿は、なんだったんだろう。
「だがら………死ん…デ……」
私を襲おうと向かってきた。鋭い歯。爪。尖った耳。
「やっぱり……。悪者は、み~んな一緒」
私を傷つけようとする。仲良く出来ない。
ピッ、ヴュッ。
私は、思い切り悪者の顔面を殴った。すると悪者の頭から、ブリュッと脳ミソが飛び出て、目玉や良く分からない血の塊が、部屋に散らばった。
あ~ぁ。また、部屋が汚れちゃった。
「良くやった。さすが、パパの娘だ」
「ねぇ、パパ。パパは、私の家族なの?」
「あぁ……」
なんで嘘をつくの。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
また雨が降ってきた。
私の前に、獣の香りがする男の人が立っていた。無表情で私を見ていた。
「………………」
「………………」
お互い無言。雨音だけ。
「わたしの………」
「なに?」
「わたしの、新しいパパになってくださいっ!」
「………なんだよ、それ」
男の人は、スゴく困った顔をしていた。でも少しだけ、笑ってくれた。
「ハ…ハ……」
「ダメ?」
この男は、私と似ている。
人間? 化物? それとも両方。
ずっと一人で、何もない孤独すぎる世界の中にいる。
今まで、そしてこれからも。ずっとずっーーーーと一人。
「…………」
だけど今は。
今だけは。
一人でいたくなかった。




