赤い少女②
毎日、毎日、同じ夢。
私は、忘れ物を取りに戻ろうと必死に走っている。でもその途中で………。
何を忘れていたのか、どうしても思い出せなくなってしまう。
それは、絶対に忘れちゃいけない。私が壊れない為に、いつもそばに置いておかなくちゃいけないものなのに。
突然、フッ……と『景色』が変わる。
道路の真ん中に立っている。ずぶ濡れで。黒い雨に混じる濃ゆい血の匂い。
白い女の腕が、ナオの胸を貫通している。ナオは口から大量の血を吐いて、激しく痙攣していた。
女は、その腕を無理矢理引き抜く。
許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。
でもーーーー。
私には何も出来ない。これは、私の『夢』だから。女が振り向く瞬間、そこでいつも夢が終わってしまう。
「あたまに……。なにか…入っ………くる………。いた…ぃ…………」
今朝。
例の生物兵器(少女)が家から逃げた。少女が寝ていたベッドからは、体に深く埋め込んだ発信器が、抉り取った肉片と一緒に見つかった。ママは、「まぁ、すぐに戻ってくるでしょ~」って笑っていたけど。私は、少しも笑えなかった。
もしかしたら、あの夢の中の女はアイツかもしれない。
『もし』が現実になる前に、あの女を消さないといけない。ナオを失ったら、私はただの獣に逆戻り。醜い獣。それは、死んでも嫌だから。
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終わりは、突然やってくる。
良いことも悪いことも。いつかは、終わる。いや………終わると思っていた。
あの時まで。
愛する娘を失って初めて知った。終わりのない悪夢に苦痛、絶望があることを。
妻を亡くし、娘までも。復讐の為だけに生きる今の俺を見たら、きっと彼女達はひどく悲しむだろう。
それでも俺はーーー。
獣人と同等の力を怪しい薬によって強制的に引き出したこの体。もう長くはもたない。死期が近いことくらい分かる。乾いた砂は、後は砕けるだけ。それまでに、一人でも多くの獣人を道連れにする。
…………………………。
……………………。
……………。
どしゃ降りの中、傘もささないで裸足の少女が前から歩いてくる。見覚えがあった、その顔に。
前に一度だけ施設の中で、彼女を見たことがある。
【 対獣人用の生物兵器 】
彼女を一体作り出す為、実験により五十人以上の尊い命が犠牲になっているとか。
ほんと、どいつもこいつも。
腐った悪魔に取り憑かれてる。
「………………」
「…………………」
少女は、俺の前で停止した。
「………………」
「……………………」
お互い無言。雨音だけ。
「わたしの………」
「なに?」
「わたしの、新しいパパになってくださいっ!」
「………なんだ、それ」
大真面目な、そんな顔で。こんなぶっ飛んだことを言われたら、さ。
「ハ…ハ……」
「ダメ?」
もう二度と笑うことなんてないと思っていたのに。
俺は、簡易サンダルと傘を買い、少女に渡した。俺を色のない目で見つめる少女の顔が、なぜか幼い頃の愛娘とかぶり。
「……っ」
気付くと俺は、冷えきった少女の痩せ細った体を強く、強く抱きしめていた。
今が、雨で良かった。
こんな情けない顔。あぁ………くだらねぇ。




