赤い少女①
校長に依頼された為、本当に仕方なーーーくやって来た地図にも載っていない場所。すでに歩き続け、二時間が経過していた。名前の知らない虫が、ブンブンそこら中を飛び回っており、顔に装着した可愛いアニメキャラのお面にも容赦なく突撃してきた。
来た道を引き返そうと思った、ちょうどその時。暗く不快な森を抜け、目の前に巨大な研究施設が姿を現した。
「すぅ~~ぁ~~~、臭っ!」
周囲から漂う死の匂い。施設入口は固く閉ざされており、厳つい警備員が、私の前に立ち塞がった。
「身分証をご提示ください」
「はい」
ゴッ!!
ピュリ………。
身分証がないので、代わりに軽くデコピンをプレゼント。簡単に相手の頭蓋骨が砕け、脳ミソが外に飛び出た。
そのモザイク(血の塊)が気持ち悪く、お面を外して地面に吐いた。
「おぇえっ」
私は、地面にキスをしている警備員を無視して正面から入った。
まぁ……結果。それが悪かった。
厳重過ぎるセキュリティのせいで、先程から警報が鳴りっぱなし。腹まで響く音のせいで、さらに気持ちが悪くなった。早く仕返しして帰ろう。
巣を壊され、怒った蟻達が次から次へとわき出てきた。私は、彼らを一匹、一匹、丁寧にひねり潰した。あえて即死はさせない。死ぬ恐怖を感じられるように。
「うえっ」
あぁ……気持ち悪い。
また、一匹。相手が短機関銃を装備していても私には傷をつけることが出来ない。
「この程度ですか~? 政府公認の殺戮集団とやらは」
弱い。弱い。お豆腐のように脆い。
先ほどからイライラだけが、募っていく。オークション会場にいたあの男の方が、少しは楽しめた。彼は、まだ生かす価値があった。
校長には黙っているが、例の生徒を殺したのは、おそらくあの男だろう。それを言ったら、確実に校長に獲物を横取りされる。だからこれは、私だけの秘密だ。
十分で建物内の蟻をほとんど始末した。
「ほぉ~、なかなかの設備。さすがに資金は潤沢だな。ってか、私達の血税をこんなことに使って……」
自販機で缶コーヒーを買い、エレベーターで地下五階に降りた。エレベーターの扉が開くと、また銃弾の嵐。
ズドババババババッッッ!!!!
あまりに攻撃が単調。退屈で。眠くなってくる。そろそろ終わりにしよう。
「うん?」
最後の一人。そいつの上半身を壁にめり込ませ、十回目の嘔吐をした私の前に可愛い女の子が現れた。………五歳くらいだろうか。白い服、赤い靴。迷ったわけじゃないよね。まぁ、おそらくこの組織に飼われている生物兵器ってところか。この場で出してきたんだ。この少女が、奴らの切り札なのは明らかだった。
「お嬢ちゃん。私に何か用かい?」
「アナタを殺します」
「うんうん。そうか……。分かった」
「殺します」
少女は風神のごとく、一瞬で私の鼻先に。
「ほぉ」
速いが、まだ私ほどじゃない。少女の両腕を掴む。
ガリッッ!
「っ……」
少女は、その小さな口で私の腹に噛みつき、躊躇なくその肉を食いちぎった。
「痛いなぁ………。そんなの食べたら、お腹を壊すよ? お嬢ちゃん」
少女の左手。自分で傷をつけた手の平から血が流れている。
「それは何?」
「私の武器」
蒸発し、霧状になった血は、少女を囲むようにぐるぐると円を描く。
奴等から奪った拳銃を使い、弾が尽きるまで少女の頭を狙い撃ちした。
だが、赤い霧が邪魔をして少女の体まで弾が届かない。攻撃を全て防がれた。
手の傷口からは、まだ赤い霧状のものが出ている。私を目掛けて襲ってきた。それも尋常じゃない速さ。瞬きさえ許さない。一瞬で喰われてしまう。私は、久しぶりに本気で走った。足の筋力を最大まで上げて。背後から、執拗に追いかけてくる赤い煙。
これは予想であり、確信でもあるのだが……。アレに捕まると、恐らく死ぬ。私は逃げながら、傷ついた腹から流れている大事な血を手の中に貯めた。その血は、すぐに蒸発し、黒い蟲の集合体となった。
それを試しに赤い血煙にぶつけると、簡単に赤に侵食された。
「クク……。なるほど、なるほど。この組織もなかなか面白い物を作る。やっと、面白くなってきましたよ」
まだまだ実験段階だろうが、こんな可愛い生物兵器を量産されたら、三ヶ月で世界中の獣人は死滅するだろう。
建物内に仕掛けた小型爆弾を階数ごとに爆発させた。
運が良ければ、先ほどの少女を生き埋めに出来る………かな?
…………………………。
…………………。
…………。
「はぁ……はぁ……。老体に、これはキツイ」
離れた場所から崩壊、炎上する施設を見た。赤い煙は、もう追って来ない。あの少女も。
校長に今日の成果をメール報告。私の役目は、とりあえずこれで終わりだ。
「はぁ………ぁ………」
少女に抉られた腹部からは、まだ血がダラダラと流れている。少し、貧血気味。タバコに火をつけ、空を見上げた。手を伸ばせば、掴めそうな煌めき。
「…………」
校長。
私は、やっぱり変態です。瀕死の状態なのに。私は今、こんなにも幸せを感じています。
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教頭が、緊急入院した。全治三ヶ月。
土曜日ということもあり、教頭の十歳のお孫さんが見舞いに来ていた。
「おじいちゃん、大丈夫ぅ? サユリね、おじいちゃんが早く良くなるように神様にお願いしたよ」
「うんうん。早く治すね。退院したら、おじいちゃんが何でも買ってあげるから。待っててね」
「うん。 おじいちゃん、大好きぃ!! 私ね、『生きた餌』が欲しいの。最近、苦い薬ばかりで新鮮なのを食べてないから」
「……分かった。今度は、必ず手にいれるからね」
抱き合う祖父と孫。
私が言えた義理じゃないけど、甘やかし過ぎ。居心地が悪くなり、私は病室を出た。ここは、獣人専用の病院。
医者や看護師、面会人……全員、獣人。
私は、この病院の地下に作られた特別病棟を訪れた。外界とは、完全に隔離された場所。武装した特殊警備員を複数人配置し、24時間完全監視している。コバエ一匹、この場所から逃げることは出来ない。私は、二重の鉄扉を開け、ある病室の中に入った。病室と言うより、牢屋に近い。
「気分は、どう?」
「どうして、殺さないの? 敵なのに」
「う~ん。アナタが、とっても可愛いからかな」
崩落した施設の瓦礫の下から、少女を回収した。私は、しばらくこの少女を側で観察することにした。
「来週には退院出来るよ。だから、安静にしなさいね。退院したら、おばさんの家で一緒に暮らしましょう」
「…………………」
この少女の秘密を暴かないといけない。
獣人の未来がかかっている。




