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初めての試み

【世界関数値77538−−4月】


 何度目になるのか、もう数えるのをやめてしまった。僕は淡々と、着々と、事務作業をこなすかのように生きた。表面上では周りに友好的な態度を取りながらも、心の中ではどうせやり直すんだからと投げやりな気持ちで接していた。


 僕の唯一の心の拠り所、四ノ宮埃を除いては。


 いくら他のことがなおざりになろうとも、彼女と接する時だけは真剣であろうと心がけた。四月に最初に話しかけてから、六月になる頃には最初の世界と同じスピードで仲良くなり普通に話ができるようになっていた。


 そんな6月のとある放課後。僕は四ノ宮埃を図書館に呼びつけた。というのも、僕はこの世界で初めての試みをしようとしていた。それは人に世界の移動をしていることを話すこと。もちろん普通の人にそんなことを話せばすぐに精神異常者とでも思われて終わりだろう。


 しかし僕は埃ならわかってくれると、確信めいたことを勝手に思っていたのだ。そして僕を応援してくれるだろうと、そんな自分勝手な期待を彼女に向けていた。僕は一人、図書館で彼女が来るのを待っていた。


「ああ、有。もういたんだ。早めに来たつもりだったんだけどな」

 彼女は図書館のドアをゆっくりと開けると、そう言って入って来た。


「いや、僕も今来たところだよ」

 本当は授業が終わってすぐに走って来たのだが、そこはカッコつけたいお年頃。


「そんなこと言って、実は急いで来たんじゃないの?」

 彼女はクスクスと笑って言った。ここのところ彼女の笑顔を見る機会が増えて来た。それは仲良くなった証であり、彼女との別れが近づいている証でもあった。


「そんなことないって」

 僕は照れを隠すように頭をポリポリと掻いた。


「それで? 話って? まさか、愛の告白?」

 彼女はまた笑ってそう言った。


「まぁ、告白といえば、告白かな」

 僕がそう答えると、一転彼女は顔を赤くして恥ずかしがった。冗談で言ったことを予想外に肯定されて真っ赤になるってなんだよ。可愛すぎか。


「え、うそ、ほんと?」


「でもごめん、愛の告白ではないかな」

 本当は彼女のことをすでに深く愛しているのだが、まだそこまで行くことはできなかった。彼女の死の要因がまだわからない以上、イレギュラーな行動はできるだけ避けたかったから。


「なーんだ」

 彼女はつまらなそうにそういうと再び僕の方を見た。


「それじゃ、なんの告白?」

 彼女はまっすぐ僕の目を見てそう言った。僕の態度から、真剣なことに気づいてくれたのだろう。


「実は僕が未来から来たって言ったら信じる?」


「それはタイムマシン的な話?」


「まぁ、少し形は異なるけど大体どんな感じかな」


「やっぱり作ってたんだ」

 彼女は右手の握りこぶしを口に当てながらそう言った。


「やっぱりって!? 知ってたの!?」

 僕は彼女の言葉に心底驚いた。まさか気づかれているとは思っていなかったから。

「ううん? 正確にいうと知ってたわけではないかな。有が昔に発明した装置を見たことがあるって話はしたよね?」


「うん。したね。寿命のやつだよね」


「それ。その説明書、というか理論書を読んだ時に、漠然とだけど、この子はそういうものを作れるんじゃないかと思ったの。人の脳が放つ電波に言及した研究を続けたら、そういう結末に行き着くんじゃないかと勝手に予想しただけ」


「そんなこと思ってたんだ」


「でも、まさか本当に完成させていたなんて、本当驚きだけど」彼女はまたくすりと笑った。


「じゃあ、信じてくれるってこと?」


「もちろん。目を見たらわかるよ」

 僕はなんだか涙が出そうだったけど、そんなことに時間を使っている暇はなかった。本題に入らなければならない。


「ありがとう。それじゃあ、話の続きをするね。それで、君は……」

 僕はその先がどうしてもいえなかった。君はもうじき死ぬだなんて宣言するようなひどいこと、彼女の気持ちを考えると言いづらいのは当たり前だった。


「死ぬんでしょ?」

 僕が言葉に詰まっていると、彼女はあっけらかんとしてそう言った。すでにこの段階で気づいていたのか。


「うん」


「で、有はそれを阻止しようと獅子奮迅してくれているわけだ」


「その通り……かな。それで……」


「どうしようもなくなって、私自身に相談しに来たと?」

 彼女は何もかもお見通しだというような態度だ。


「……うん。直接的な死の原因を取り除いても、何度だって違う死の原因が襲いかかってくるんだ。だから、実際の原因はもっと違うところにあるんじゃないかって思って。君に直接聞きに来たんだ。何か心あたりはない?」

 それは無慈悲なことだと、死ぬ彼女自身に原因を尋ねるということがどれほど残酷かどうか僕は理解していた。理解していたが、尋ねずにはいられなかった。


「心当たり、かぁ。ないなその。うん。ない」

 彼女は一呼吸開けた後、僕から目をそらしてそう言った。


「……そっか。なら、僕が頑張るしかないな」


「その必要はないよ」

 彼女は僕の手を取りながらそう言った。


「え?」


「もうさ、諦めなよ。私のことなんかほっておいてさ。有は昔の友達もいることだし。私のことなんて忘れちゃいなよ」


「そんなのできるわけない!」

 僕は思わず感情的になり大きな声を出してしまった。それに驚いて彼女は僕の手を離した。


「できるよ。有は」

 そんなこと言って欲しかったわけじゃなかった。僕は「有ならできる、私を助けて」って言って欲しかったんだ。

 でもそれがどれほど独善的なことなのか、その時の僕には考える余裕なんてなかった。僕は目を伏せて感情を抑え込む。


「できない。したくない」


「できるよ。したくないだけで。人はなんのために忘れるんだと思う? 必要がなくなった情報を脳から消去することもそうだけど。辛い記憶とか、悲しい記憶を忘れて前をむくために忘れるんだ。だから、有も私のことは諦めていいんだよ。有は十分頑張ったよ。君の言葉が本当なら、相当な時間遡行を繰り返して来たんでしょ?」

 彼女には全て見抜かれていた。僕が時間遡行の話をした時点で、彼女は僕の状況を見抜いていたんだ。もう僕は行き詰っている。


 彼女はそう言った後僕の頭に手を当て、ゆっくりと撫で始めた。


 そして、彼女はまた口を開いた。

「それにさ、もし、もしだよ?有の頑張りでこの世界の私が助かったとして、他の世界の私はどうなるの?他の世界の私がみんな死ぬんだったら、私だけ生き残ろうなんて思えないよ。それにもしかしたらその影響で他に死ぬ人が出るかもしれないし」


「そんなの、そんなの知らない! 僕は目の前の君を、目の前の埃を救いたいんだよ!」

 僕は思わず彼女の肩を掴んでそう言った。すでに暮れかかった太陽が窓から差し込む図書館には僕たち以外誰も人はおらず、まるで二人だけの世界にいるみたいだった。


 彼女の頬を夕日色にきらめく雫がこぼれ落ちていく。僕はその雫を指でふき取ると、改めて彼女に言う。


「僕に君を救わせてよ」

 彼女はその僕の言葉を聞くと、何かを決心したかのような強い目をして僕の目をまっすぐ見て返事をした。


「だめ。諦めて。もう有とは話さない。私は私を曲げられないし、君を巻き込むわけにもいかない」

 彼女は僕の決意を踏みにじるかのようにそう言うと僕に背を向けて図書館を出ていった。


 一人残された僕はただただ呆然と立ち尽くした。



 それからの僕は、自分で言うのもなんだがまるで抜け殻のようになってしまった。埃との交流が断たれてしまった以上、これ以上この世界で彼女に干渉することも、彼女自身に話を聞くこともできない。


 最初は僕も諦めてなるものかと、意地になって彼女と意思疎通を図ろうと話しかけ続けた。しかし彼女の意思は固く、僕の努力も無駄に終わった。そして彼女は一切僕と話すことなく7月になり、彼女の運命の日が訪れようとしていた。

 

「ねぇ! 無視しないでよ!」


「……」

 僕は諦めずに彼女に話しかけながら、下校の道を一緒に歩いていた。ただ後ろをついて言っていただけとも言えるのだが。


「ねぇってば!」


「……」

 やはり彼女の意思は固く、僕の言葉に一切返事をしてくれない。そこで僕は何か彼女の気を引く話題がないか頭の中を引っ掻き回した。そこでなぜか頭に浮かんだのは、彼女が証明した公式のことだった。


「埃さ、公式を一つ証明したよね??」


「……!」

 ピクッと少し動いて止まった後、彼女はまた何事もなかったかのように歩き出した。


「ね、やっぱりそうでしょ」


「……」

 彼女は言葉こそ発しないが、明らかにソワソワして落ち着きがない。僕が未来から来たと言う言葉を信じているならば、数学者として自分の証明した公式の評価というものはどんなに隠そうとしても気になるものなのだろう。


「通称定理I。四ノ宮貴章教授の娘が高校二年生という若さで死ぬ直前に証明した公式で、明らかになった時にはすごい騒ぎになってたよ。その後議論が続けられたけど、間違っていたなんて話は全くなかったみたい」

 僕の言葉に彼女は目を輝かせた。


「やっぱり、間違ってなかったんだ! 私の公式はちゃんと生きていてくれたんだね……」

 自分が死ぬという事実よりも自分が生み出した公式が正しかったかの方が気になるなんて。やっぱり、数学者なんだな。そう思いながら目の前で目を輝かせている埃を見つめる。


「やっと話してくれたね」

 僕は微笑みながら彼女の目を見てそう言った。

「あ……」

 彼女は思い出したかのように顔を赤くした。そして漆黒の長髪をなびかせながら僕の方を振り向いて一言。

「ずっと無視するつもりだったのに。ばか」


「まさか、前の知識がこんな風に生きるなんてね」


「なんでそんなに必死になれるのかな。もう諦めてくれていいのに」


「諦められるわけないだろ。大好きな人の命なんか」


「辛い気持ちを味わい続けるだけだよ」


「いや……君を助けてみせる」

 僕は自分に言い聞かせるように強くそう断言した。


「でも、他の世界の私は助からないんでしょ?」


「他の世界の君も助けてみせる」


「はは……欲張りだなぁ。有は」

 彼女は薄倖そうな笑みを浮かべると、今度は僕の方をまっすぐと向き直り僕の顔を指差した。


「なら、君に頼もうかな。他の世界もひっくるめて、私を助けて。有」


「……わかった。必ず」

 僕はふらっと彼女の方に近づき彼女を抱きしめる。

 運命の日の直前にして、僕はようやく彼女の本音を聞けた気がした。そしてその日、僕はある決意をした。


 僕は基本的に過去にしか遡ったことがない。それも一年以内に限られる。それは過去に行きすぎると自我の安定性が確保されなかったからという理由があった。そして未来に行くこと、これに関して言えば二つの大きな問題点があった。


 一つは飛んだ先の未来の自分が生きているかどうかがわからないという問題だ。もし僕がその時点で死んでいれば、僕の自我は一瞬にして消え失せてしまうだろう。

 また、もう一つの問題点。それは飛んだ先の未来で過去に戻る方法があるかどうかがわからないことだ。もし僕があの装置を処分してしまっていたり、使えない状態になってしまっていたりしたら、僕は過去に戻り四ノ宮埃を助けに戻ることができなくなる。


 しかし、ここ最近埃を救う手立ての光明すら見つけられなかった僕は未来へ行くことを決意した。大きなギャンブルではあったが、未来の方が何か得られる情報は大きいかもしれない。僕は自分の家に帰った。そして、部屋でWRを目の前にする。起動ボタンを押す。僕の意識は、この世界関数の25歳の僕へと飛んでいった。


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