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【世界関数値0−−4月】


 やはり目が覚めたのは、僕が高2になって初めて学校に足を踏み入れようとしたその瞬間。その事実はある残酷な事実を僕に示した。第一、これまでの世界移動からして、都合がいいことが多すぎたんだ。僕を中心に物事は動きすぎていた。0世界の区切りがたまたま僕が学校に入ろうとした瞬間なんてのは、できすぎている。


 埃が定理Iを思いついたのは、そもそもなんでだ?不自然だったのは、僕が埃と仲良くなる期間で彼女の死のタイミングが早まったり遅まったりしたことだ。そもそも、僕が彼女と会ってさえいなければ、彼女は定理Iを思いつくことなどなく、生きて数学を愛し続けることができたのではないか?


 そんな疑問が頭に浮かんだ。僕が彼女と仲良くなり、僕が埃と昔会った白波瀬有だということに気づき昔の発明について思い出さなければ、定理Iを思いつくことはなかったのではないか。そう思い始めると、もうその思いは止められなかった。そしてその疑問を確かめる手っ取り早い手段が一つあった。


 だから僕は迷いなくその手段を実行した。そう。僕は今入るはずだった学校に背を向け、自宅への道のりを再び歩き始めた。登校中の学生たちは一人逆行する僕を不審な目で見たが、一切立ち止まることなく僕は一直線に自宅に帰った。


 ……そして僕はそれ以降学校にいくことはなかった。そう、僕はその日のうちに学校を退学した。僕は僕自身が埃と会ったせいで埃が定理Iを思いついてしまったという仮説を思いつき、それが正しいかどうかを確かめるために、埃との一切の関わりを絶ったのだ。もしそれで埃が助かれば、僕の仮説は正しいということになる。


 少し……仮説が間違っていたらいいという気持ちもあった。だって、埃を救おうと必死になっていた僕自身が根本の原因だったなんて、悲しすぎるじゃないか。


 そんな僕の思いとは裏腹に、僕が彼女との繋がりを絶ってから、彼女の命が脅かされることはなかった。別に学校まで辞める必要はなかったのかもしれなかったが、そこまでして試してみたかったのだ。僕が原因なのかどうかを。でも、結果として僕は間抜けなピエロでしかなかった。一人舞台の上で悲しいワルツを踊っていただけなのだ。


 僕はそれから持ち前の技術を生かして親の手伝いをすることで生計を立てた。幸い親のおかげで仕事は山のようにあったし、何も気にすることなく作業に没頭できるのは楽だった。千夏とてっちゃんには勝手に色々決めすぎだと怒られたが、まぁあいつらのことだ許してくれるだろう。僕は一番救いたかった一番好きな人と会うことを諦めた。でも、それでいいんだ。目的は果たせたんだから。


 そう自分に言い聞かせて、僕はただ生きるために年月を重ねていった……。


  


【同世界−−10年後】


「いってきまーす」


 僕はひたすら部屋にこもって仕事をする両親を残して息抜きに出かけることにした。現在僕は両親が起業した会社に所属していることになっている。主に両親の手がけるプロジェクトの手伝いや、自分が主導となってシステムを構築したりすることで生計を立てていた。昔からやっているだけあって高校を中退しても仕事に困ることはなかった。まぁ両親の力も大きかったのかもしれないが。


 そんなわけで僕はちょうど地獄の缶詰(部屋にこもりきりで仕事)を終え、ぐっすりと睡眠をとった後、息抜きでカフェに行くことにした。仕事がひと段落した時は、よくそこで本を読んだりぼーっとすることで精神の安定を得ている。


 千夏とてっちゃんは僕がいきなり高校を中退した時、すごい剣幕で問い詰めてきたものだが、今となってはそれもいい思い出だ。


 僕は自宅から5分ぐらいのところにある馴染みのカフェへと向かった。

 ちょうど季節は夏を迎え、蝉の鳴き声がうるさく蒸し暑かった。早くクーラーの効いた室内に入りたかった僕は急ぎ足でカフェにたどり着いた。


 入口のドアを開けるとカランと来客を知らせる鐘の音がなった。クーラーの効いた室内に入るとそこが極楽のように感じた。店員に声をかけると、いつも通り好きな席に座ってくれと言われたので、ちょうど良さそうな席を探した。


 店には客は少なかったので、いい席が選べると思いながら店内を見渡した。


 僕はそこで信じられない光景を目の当たりにした。窓際の一席に彼女が、四ノ宮埃がなんてことない顔で座っていたのだ。


 彼女は本に夢中になっていた。


 しかし、僕が見ていることに気づいたのか、僕の方を見た。歩いて近づいてみると、それは数学とは全く関係のないただの小説で、少し驚いた。


 彼女と接点を持つわけにはいかなかったが、ちょっとぐらいの幸せぐらい望んでもいいだろうと思い、彼女の横を通り過ぎ彼女と背中を挟んだ隣の席に座った。そして僕は店員にアイスコーヒーを注文した。


 店員がアイスコーヒーを運んでくるまで、僕は何か起こるんじゃないかと警戒していたが、なんてことはない。彼女は後ろで本を読み続けているだけだった。僕も負けじと持ってきた小説を読み始めると、店員がアイスコーヒーを持ってきてくれた。


 僕はそれを眠気覚ましに飲みながら持ってきた本を読むつもりだったが、読み進めるうちに睡魔が襲ってきてうとうととしてきてしまった。もしかしたらこれまでの徹夜の連続の疲れが取れきっていなかったのかもしれない。


 そして僕はいつのまにかテーブルに突っ伏して昼寝してしまっていた。





 目をさますと、すでに日は落ちかけていて店内は夕日色に染まっていた。慌てる必要はないのだが、バッと身を起こした。なぜ慌てて起きたのかというと……目の前にいたのは、四ノ宮埃だったからだ。


「えぇっ!?」


「ちょっと、お化けでも見たような声を出さないでよ」

 いきなり目の前に現れた埃に思わず出したひょんな声に彼女はツッコミを入れた。


「だって、え? なんで?」


「その反応。やっぱり君でしょ。見た瞬間わかったもの」

 埃の言葉は理解不能で、僕にはなんのことかさっぱりわからなかった。


「な、なんのこと? 僕は君を見たことないし、君も僕のことなんか知らないはずでしょ?」


「知らないはず、ねぇ。ふふ、そうね。確かに、私は君を知らない。でも君は知ってるんでしょう?」

 彼女は懐かしい微笑みで僕を見た。でも僕は彼女と関わりを持つわけにはいかなかった。だから精一杯の拒否を示す。


「なんのことだか、わからないよ」


「君が店に入ってきて私を見た時、一目でわかったの。あ、この人だなって」

 拒否するしないに関わらず、実際僕はその話の筋が見えなかった。


「??」


「ああ、私のことを心配しているなら、気にしなくていいわ。数学なら、もう、捨てたから」


「はぁ!?」

 次々と彼女の口から出てくるのは驚愕の言葉たち。ちょっと思考が追いつかない。


「あー、そもそも順を追って話さないとわからないよね」

 僕の戸惑いを察したのか、彼女はちゃんと説明してくれる気になったらしい。


「5年前、私は昔交流のあった白波瀬歩さん、白波瀬美穂子さんの元を訪れたの。それは、幼い頃に白波瀬有君という当時12歳の天才少年が開発した寿命を測る装置というものの詳細がどうにも気になったから。

 でも結局白波瀬有くんの許可が下りなかったと言って断られたの。ただし、白波瀬夫妻は代わりに今新たに開発中だというアプリを試させてくれたの。名前は「運命の人測るったー」。変な名前だけど説明を聞いたら、眉唾でもないことがわかったわ。きっと君はどういうものかわかるんでしょうけど、ざっくり言うと自分の放つ電波の波形から理想の恋人を探し当ててくれるって言うものだったの。私はそれを使った」


「それで? どうなったの?」

 うちの両親は俺の発明品を利用してそんなのものを作っていたのかと思いながらそう尋ねた。


「わからなかったわ」


「わからなかった? やっぱり大した発明じゃなかったんじゃないの?」


「私も機械の不調かと思ったんだけど、白波瀬夫妻はその原因を探るためにも私の放つ電波を解析してくれたの。そしたら、私の放つ電波って、何かの干渉を受けて波形が大きく変わっていたらしいの。それで運命の人がわからなかったって。それで私、自分の放つ電波というものが気になって、私が昔見た白波瀬夫妻に白波瀬有くんの発明を見せてもらうように頼み込んだの。最初は断られたんだけど、何回も頼んでたら口外しないことを約束に見せてもらえたわ。そこでWRのことを知った」


「……」


「それで私に干渉していた存在を知ったの。ま、誰なのかも丸分かりだったんだけど。そしてその人が、必死に私のために何かをしてくれていたことを知った。私はどうにかその人と会おうとしたんだけど、どうやっても会ってくれなくって。それで色々調べて見たら、その子、数学者としての私をマークしてるらしいじゃない。それで私は・・・数学者としての活動を辞めた」

 確かに僕は数学者として活動していた埃を逐一チェックしていた。でも最近はその活動の知らせも届かなくなり、すっかり関わりは無くなったと思い込んでいたようだ。


「そんな簡単に辞めれるものじゃないだろ?? 君にとっての数学は!!」

 僕はすでに墓穴を掘っていることに気づいたが、口は止められなかった。


「簡単じゃないよ。でも、それ以上に、私は恩人に会いたかったんだよ」


「……悪い方に何か運命をねじ曲げられたとは思わなかったの?」


「それは疑問だったけど。どっちにしろ、会わなきゃ話は始まらないし。それぐらいしても私は君に会いたかったんだよ。白波瀬有くん?」

 彼女は首を傾け、僕に疑問を投げかけた。僕は諦めてそれに応える。数学者でない埃なら、関わっても大丈夫、だろう。きっと。


「あー。もう、僕の負け。また会えて嬉しいよ。埃」


「やっぱり。それじゃ、あなたが私にしてくれたこと。最初から終わりまで。全部聞かせてくれる?」


「長くなるよ?」


「時間はたっぷりあるから、大丈夫でしょ?」


 そこで彼女と僕は幾度目かの邂逅を果たし、僕の長い話はその日だけでは話し足りなかった。何日も何日も、彼女に僕の途方もなく長い旅の話をした。



 そして僕はn+1回目の恋をした。

 ……いや、するのだ。


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