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最後の世界移動

 2世界での彼女を救ったばかりの僕はせっせと次の世界へ移動する準備を進めていた。WRをパソコンにつなぎ、電源をつけた。ソフトを起動しパソコンの画面に見慣れたダイアログが表示される。手際よく作業を進めていき、そしてとうとう画面に本当に行いますか?という確認のメッセージが現れる。そして僕ははいのボタンを押し……。


 プルルルル、プルルルル


 はいのボタンをクリックする直前、着信の音が鳴り響いた。誰だよこんな時にと思いながら渋々携帯を見ると、画面には四ノ宮埃の文字。急いで電話に出る。


「もしもし? 白波瀬ですけど」


「有? 今どこにいる?」


「どこって? 僕んちだけど……」


「今から行くから待ってて! ……あ! 場所教えて!」


「今から送るよ。んじゃとりあえず切るね」


「ちょっとまって! 今から話したいことがあるのは今そこにいるあなただから!くれぐれも行かないように!!」

 彼女が何を言っているのかはすぐにわかった。世界移動する前の僕に何か話があるのだろう。それにしても電話の向こうにいる彼女はかなり焦っていて、息を切らしていた。そんなになって僕に伝えたいこととはなんなのだろう。


 家の場所を通信アプリ『Bine』で送り、場所がわかりやすいように玄関のドアを開けたすぐのところで彼女を待った。5分と経たないうちに彼女は現れ、全力疾走で僕のところまでやってきて、そのまま衝突した。僕は後ろにぐらついたが、なんとか倒れずに済んだ。しかし、彼女は衝突すると同時に僕に抱きついて離れなかった。


「どうしたの? 突然」


「……」しがみつく力が強くなる。


「ちょっと? 埃?」


「有、自分を犠牲にする気でしょ」


「何言ってるの? 埃が定理Iを証明しないなら僕も証明しないよ?」


「違う! 私は今ここにいる有の話をしているの!!」


「なんのこと」


「数学的帰納法!!」


「え?」


「私も家に帰ってから気づいたの。有が何をしようとしているのか。有は、有は全ての世界の私に対して同じ交渉をして証明させないつもりなんだよね?」


「なんのことだか」


「誤魔化さないで。前に私、話したよね。宇宙の話。数学的帰納法で全ての宇宙の法則が示せたらロマンチックだよねって話。これってまるでそれと一緒みたい。前の世界の話は私から見たら、いわば確定しようのない仮定の事実。有はそれを使って今の世界の私の説得に成功した。前の世界がn=kで私の存在は仮定された。そしてこのn=k+1の世界で君は私の存在を証明するはずだった。でも私は気づいたの」


「気づいたって、何に?」

 僕は彼女のはなしを否定も肯定もせずにそうとだけ尋ねた。


「有が全ての世界を一人で救おうとしてるってことに、よ」


「一人じゃないよ。僕達だよ」


「違うわ。世界を移動するのはあなた一人でしょう。もう一つ私は気づいたの。今ここにいる私がそれを許してしまえば、他の世界の私もそれをきっと許してしまうだろうって。それと同時にこうも思ったわ。他の世界の私はきっとそれを許さない。だからここは起点となる世界なんだろうって。そうね、きっとn=2の世界なんじゃないかしら」


「ぐ……でも、僕が頑張るだけで全ての世界の君が救えるんだよ? しかもどの世界の僕も無事でいられるんだ!! それのどこが悪いっていうんだよ!!」


「悪いよ!! 今ここにいる有も無事でいなきゃやだよ!」

 珍しく埃は感情的になっていた。


「なんで!!」


「なんでも!! 私が嫌なの!!」


「たった二ヶ月しか一緒に過ごしていない君がなんでそこまで?」


「それはこっちのセリフ。でもね、有。私が二ヶ月しか有と接していなくても、有がどれだけ私と接してきたか、どれだけ私のことを考えてきてくれたのかはね、わかるんだよ。それは私が最初に有と会った時に気づいたんだ。私を最初に見たあなたの目は、懐かしいものを見るような優しい目つきだったから。それはこれまで会ったどんな人とも違う反応だった。みんな最初は珍しいものを見るような目つきだったり、興味のない様子の人もいるけど、あなたの態度だけは違和感があったの。それで話して見ると、なんだか数年来の友達のように感じてしまって……。私は見ての通り友達付き合いがいい方じゃないから、そんな経験初めてで。有はきっと、本当に何年という時間を私と過ごしてきたんでしょ?」


「それは……うん。そうだね。これまで世界を移動してきて君と過ごした時間は数年分に値するだろうね」


「やっぱり……あなたから世界の移動なんて突飛な話を聞かされた時、すんなり受け入れてる自分に気づいたの。でも、それも今考えると納得できるわ。あなたが実際に私と数年の付き合いがあるなら、違和感は説明がつくもの」

 彼女は凛とした態度で僕と向き合った。そしてゆっくりと口を開いた。

「だから有、その方法で私を救うのはやめて。これは私を脅して私を助けようとした有に対する、”お願い”よ。何か、何か方法があるはず。有が私を諦めきれないというなら、違う方法を探して。これは無茶なお願いかもしれないけど、そんな風にして救ってもらうぐらいなら、死んだ方がマシ。私をずっと思ってくれてる人を犠牲にして得る命なんて、私は必要ない」


「はは、無茶言うなぁ」

 僕は前髪をかきあげながら笑って言った。本当、救おうとすればするほど無茶苦茶な条件を突きつけてくる。あれもダメ、これもダメ。でも、彼女のお願いなら仕方ないか。そう思い自分の中で覚悟を決める。


「無理? できない?」

 煽るようにそう言ってきた埃に対し、一言。


「やってやるよ。埃の”お願い”、叶えてやる。だから、安心して……待ってて」

 それはもちろん根拠があって言った言葉ではなかったし、ただの虚勢だった。でもそれは同時に宣誓であり、自分に言い聞かせるための言葉でもあった。僕が永遠に世界を飛び回る以外に救う方法なんてすぐに思いつくはずもなかったが、好きな人の前でぐらい、カッコつけたいじゃないか。


「わかった。有を信じる。自分を犠牲にしないってことも含めてね」

 そのとき見た彼女の笑顔はまるで雷のように僕の心を打ち抜き、ただの住宅街がまるで花畑にいるような気さえした。


「それじゃ、僕は家に帰って方法を考えるね」


「うん。わかった」


「それじゃ」


「うん」

 僕は自分の家の扉を開いて中に入った。がしっと言う音が聞こえるかのように扉は捕まれ、後ろから埃が入ってきた。


「え? あの、埃? 僕を信じるって?」


「うん。だけど、方法に関しては一人で考える必要はないでしょ?何より私自身の問題なんだから、私も力にならせてよ」

 それは正論だったが、さっき思いっきりカッコつけた手前、なんだかすごく、恥ずかしい。


「う……わかったよ。それじゃ、僕の部屋に案内するよ」

 仕方なく埃を僕の部屋に案内し、適当な場所に座らせた。WRの説明書を渡すと、埃は一心不乱に読み始めた。


 埃はたまに「なるほど」「そこはそう説明がつくのか」などとボソボソ独り言を言いながら僕が書いた説明書をひたすら読んだ。そして読み終わるやいなや、キラキラ輝かせた目で僕に言う。


「有、あなた天才ね!!」


「当時の僕は、本当にどうかしていたんだ。今見るとよくこんなの思いついたなって思うよ」


「ふふ、謙虚なところは有の美点ではあるのかもしれないけど、さすがにこれは謙遜しなくていいと思うわよ? ……ああ、そうだ。そんなことを言ってる場合じゃないわね。方法を考えなくちゃ」

 埃は珍しく興奮している様子で、なんだか今日になって彼女のいろんな素顔を見れてる気がした。


「そうだよ。考えなきゃ。とはいえ、これまで散々考えてきたことなんだからなぁ。そう簡単に答えが見つかるとは……」


「世界関数は、いわゆるf(x)のようなものだと考えていいの?」

 埃は僕の言葉を無視して問いかけてきた。


「うーん。まぁざっくり言うとそう言う解釈でいいかな。僕が世界につけてる整数はそのf(x)に固有関数をかけて出た値になってるんだけど」


「代入するxの値に関しては?」


「正の実数である限りはどんな数を入れても世界は存在するみたいだけど、今は整数を入力してそこから逆算して自動的に代入するはずだったxの値を入力するようにしてる」


「正の実数? 負の実数や虚数だと都合が悪いの?」


「みたいだね、f(x)で計算しているのは積分値なわけだから、負でも問題ないかと思ったんだけど。世界を感知してくれないんだ。虚数についても同じ」


「そこは演繹的なことしかわからないのね……それじゃ、ゼロは?」


「えっ?」


「ゼロよ、0。積分値だからと言って0を除外して考えるのはおかしいでしょ」

 彼女の言葉が脳天に雷のように突き刺さり、僕は天啓とも言える閃きを得た。僕は急いでWRを起動し、世界移動の設定のパラメータを入力する準備をする。


「そうか、確かに、0を除外して考えるのはおかしい。とりあえずx=0を代入して……やっぱり! n=0の世界は存在する!」

 パソコンの画面には世界関数値0の世界が確かに感知されていた。しかし、時間設定の欄はある数字ですでに設定されていた。


「ここ、すでに数字が入力されてるけど、これはこういうものなの?」

 自動で入力された時間の欄を見て、埃は僕にそう質問した。


「いや、違う。普通は関数値を入力したあとに時間も設定する……んだけど……だめだ、入力しようとしても弾かれる」

 僕は時間設定の欄に入力しようとしたが、一切反応してくれなかった。


「つまり、n=0の世界はその一点しか存在しないってこと?」

 彼女は不思議そうな顔でそう言った。それは疑問形であったが、自分に言ってるようにも聞こえた。


「……そうみたいだね」

 僕は一応返事を返した。


「そこから世界は派生していったってこと……かな?」


「でもそれだとそれまでの世界が負にならない理由がわからないよ」

 彼女の案は面白いと思ったが、疑問点も確かにあったので僕は素直にそれを口にした。それに対し埃はこう答えた。


「例えば……こういう解釈はどう? これまで世界は何度も派生と収束を繰り返していて、有のWRで同調させられるのは、自分が今いる世界が前に収束した地点から、次に収束する地点、みたいな」


「世界は波のように増えたり減ったりを繰り返してる……か。可能性としては……あり得るかもしれない」

 手探りの議論は進んでいくが、何一つとして正しいとわかる事実は出てこない。議論が難航していたとき、埃は何かを思いついたように僕からパソコンを奪った。


「わからないなら! 実験だよ。有」


「実験!?」


「そう。実験!!」


「どういうこと?」


「ちょっと待ってて!!」

 また興奮した様子でパソコンを操作する埃。見ていると、どうやら、ある世界での時間をいじりたいらしいので、やり方を教えてあげた。


「まず、ある世界関数値の世界の観測をするわ。有は天才的な発明をする割に抜けてるのよ」

 埃に急にけなされ少しムッとしたが、黙って彼女の言葉に耳を傾け続けた。


「世界関数値7の時間設定を変えるね。最初に出てくるのが今の時間らしいから、それを下げていくわ……」

 埃は入力ではなく矢印キーで時間欄の数字を下げていくと、とある数字の地点で減少は止まった。埃はその数字を書き留めた。


「ここで止まるの見たわね!! 次はこれを上げていくわ……」

 今度は矢印上キーで時間欄の数字を上げていくと、とある数字の地点で増加は止まった。


「ここで止まった。そして、さっきn=0の世界で止まっていた時間は……」

 埃は世界観数値に0を入れると、指定できない時間欄の数字が現れた。これは矢印キーで数字を動かそうと思ってもピクリともしない。そしてその数字は、さっき埃が書き留めた数字と見事に一致していた。


「一緒だ……」

 僕が驚きの声を漏らすと、彼女はまた興奮して口を開いた。

「そうよ! だから……今の私たちから観測できるのは収束から収束までの世界だけなのよ。そしてその始まりの地点は……0世界。世界関数値0の世界から派生したものなのよ」


「そうか! なら0世界で世界が派生するほどのイベントがあるはずだから、それを正しい方向に導ければ、埃を助けることができるのか!!」

 僕もつられて興奮して埃と手を取り合って喜んだ。0世界で世界が派生するのは、おそらくほんの一瞬の出来事。おそらく移動したすぐ後に勝負が決まる。


 今、わかることが一つあった。0世界で固定された時間は、高2の4月。僕が学校に足を踏み入れた瞬間だった。すでに世界移動を何回かこなし時間設定の数字がどれくらいを指すのかを理解していた僕はそれに気づいたが、埃は気づいていないようだった。


 そしてその情報から僕は何が埃を死の運命にひき入れてしまったのか、理解してしまった。だから僕は埃に黙って0世界へ飛ぶことにした。埃は僕を黙って見送ってくれた。


 装置を頭につけ、準備を終わらせる。画面に現れた本当にいいですかという確認にはいと答える。そして僕は最後の世界移動を試みた。


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