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OTE

 未来への移動は大きな賭けではあったのだが、僕は目をさますとなれない体の感覚に気がついた。身長や肉付きが自分でないように思えて違和感を感じた。


 目を覚ました場所は、なんてことはない僕の部屋の中だった。日中からカーテンを閉め切って部屋で寝ていたらしい。この様子だと、WRを使えない、なんてことにはならなさそうで少し安心する。


 僕は部屋を出てリビングに出たが、そんなに変わった点はなかった。両親が共にいなかったもいつも通りだ。


 いや、今日が何日なのかわからないがそれがいつも通りなのかは本当のところはわからなかったが。僕はとりあえずやけに乾いた喉を潤おすことにして冷蔵庫を開けた。冷蔵庫には同じみのエナジードリンクが大量に並んでいて、僕はエナジードリンクではなく冷蔵庫のサイドポケットに申し訳なさそうに並んでいた瓶の牛乳を取り出して一気に飲み干した。とりあえず僕はWRの存在を確認しに倉庫へと向かった。


 倉庫の片隅には変わらずWRが置いてあり今は埃がかぶっていた。ひとまず過去に帰る手段を確認して一安心。


 次に僕が向かったのは両親の仕事部屋だ。両親の仕事部屋には基本的には入らないようにしているが、別に入ったからと言って怒られるということはない。ただ単に部屋に行くと仕事を嫌という程手伝わされるから入らないだけだ。


 しかし、今回はとりあえず今の自分の現状を把握する必要があった。そんなわけで僕は両親の仕事部屋に向かい、その扉を開いた。


「おお! 有! 早かったな! もう仮眠はいいのか? 流石にもうちょっと眠っていても良かったんだぞ!?」

 入って早々そう声をかけてきたのは僕の父、白波瀬歩だった。


「そうよ、命を削っちゃダメよ? いくら納期が近いからって」

 もう一人僕を心配して声をかけてきたのは僕の母、白波瀬菜穂子だった。二人の声の掛け方からして僕は現在両親の手伝いをして日々生計を立てているようだ。


「あ、いや、そうじゃなくて」


「そうじゃなくて?あ!そうか別件か。有確かOTEの仕事があったんだっけか?」


「OTEって?」


「Organization of Time Ethics。千夏ちゃんが勤めてる会社だろ? 会社って形をとってるだけではあるが……そんなことよりどうした? 有。そんなことも忘れたなんて? 寝ぼけてるのか?」


「そうよ。昨日根詰めすぎてまだ疲れてるんじゃないの?」

 両親の心配する目つきが妙に心に刺さる。今の僕は本当の僕じゃないんだと言えたら言ってしまいたいものだが。


「大丈夫大丈夫。本当、寝ぼけてたみたい。ごめん、ちょっと出てくるわ」


「気をつけてな」


「気をつけるのよ」


 心配する両親を後に残し、僕は一旦自分の部屋に戻った。どうやら僕は実家の手伝いをしながら、千夏のツテでOTEという会社からも仕事を受注しているらしい。OTEの本社を調べると、電車で一時間ほどで着ける場所にあるようだった。


 時間倫理機構。Organization of Time Ethics。通称OTE。ネットで調べてみた結果、これは会社という形をとってはいるが、時間倫理機構という名の通り時間遡行により起こされる悪事などの対策をする組織のようだ。そしてその会社で千夏が働いている……と。詳しく調べる必要がありそうだった。


 また、メールを遡ってみると、千夏からの依頼がどういったものなのかがわかった。一言で言えば、定期的なシステムのメンテナンスのようだった。しかし、それもすでに終わっているらしい。


 携帯電話の番号欄を探してみると、すぐに千夏の名前が見つかった。そこで千夏もちょうど昼休憩かと予想される時間帯だったので僕は千夏に電話してみることにした。電話をかけるとツーコールぐらいで千夏は電話に出た。暇なのかあいつは。


「もしもし。千夏?」


「うん。どしたの? 有から私に電話なんて。あ、もしかして仕事の件?」

 なんだか変わらない千夏の声を聞いて僕はなんとなく安心した。少なくとも、彼女は僕のことを知っている。それだけの事実が春風のように僕の心に吹き込み、妙に胸を暖かくした。


「うん。実はそうなんだ。ちょっと問題があったかもしれないから、急だけど今からもう一回そっちに行ってもいいかな?」


「え? 今から? ……5分ぐらい待ってて」

 千夏はそう言うと一旦電話を切った。そして待つことぴったり五分後、時間通りに千夏から折り返し電話がかかってきた。

「もしもし? 有?」


「うん。本当に時間通りだったな。すごい」


「まったく、そんなことに感心してる場合じゃないでしょ。とりあえず上の許可は取ったから今からきてもらっていいわよ。……いや、私が行った方が早そうだし、今から車で有の家まで行くから、待ってて」


「そう? 何から何まで悪いね」


「今に始まったことじゃないから大丈夫よ」

 心なしか千夏の口調が大人っぽくなってきていることに今になって気づいた。と言うか気が強くなっていそうと言うかなんと言うか。


「でもありがとう。千夏がいてくれて助かったよ」


「なっ!もういいから!切るわよ!!」


 そう言うなり千夏はブチっと電話を切った。そんなに照れなくてもいいのに。そう言うところは変わってないな、と感じながら僕はクローゼットの中にかけてある服から適当に選んで着替えた。流行というものがあったとしても、今の僕にはわかりようもないので適度にきっちりしてそうなカッターとジャケット、下は黒のパンツを選んだ。

 着替え終わると、両親に出かけることを告げ、外で千夏が来るのを待った。

 千夏は黄色いスポーツカーに乗ってやってきた。キキーとブレーキの音が住宅街に響き、中からナイスバディ・・・とまではいかないが大人っぽくなった千夏が降りてきた。


「や、有。久しぶり……ってほどでもないか。時間が惜しいし早く乗って」


「うん」


 見知った顔との再会を喜ぶ間も無く僕は千夏に急かされスポーツカーの助手席に座った。僕が車のドアを閉めた途端千夏はアクセルを思いきり踏み、急スピードで車は走り出した。


「それで? 問題って? どの程度のものなの? 有のことだから重大な欠陥とかではないんだよね?」


「ああ、うん。そう。ちょっと気がかりなところがあったから一応見ておきたいレベルのこと。心配かけちゃってごめん」


「ふーん……じゃあそんなに急いで来る必要なかったね」

 千夏はハンドルを握り、前を見ながら返事をした。


「いや、そんなことないよ。助かったのは本当だから。ありがとう、千夏」


「うん」


「それにしても派手な車だよなぁ」

 僕は自分が乗っているスポーツカーを中から眺めながら言った。未来の自分は見慣れているのかもしれないが、今の僕は初めて見たものだからそんな感想が口から出た。


「何よ。何回も見てるじゃない。まぁ、見るたびに同じ感想言ってるけどね」

 千夏はケラケラと笑いながら言った。どうやら未来の僕も同じことを何回も言っていたようで助かった。


「だって本当に派手なんだから仕方ないじゃん」


「私が好きだからいーの……それで」


「ん?」


「この前の返事聞かせてもらってもいい?」


 信号待ちの時間に千夏は真剣に僕の目を見てそう言った。しかし、当然僕にはなんのことかわからないので、軽率に返事はできない。

「えっと……」僕は口つぐんだ。


「……」


 千夏はひたすらに僕の目を見て返事を待っていたが、時期に信号が青に変わり千夏は運転を再開した。


「ごめん。やっぱりまだ答えられないよ」

 僕はそのタイミングを狙って煮え切らない返事をした。


「……それってやっぱりまだあの子のこと引きずってるから?」


 さすがの僕でもその言葉の意味はわかった。あの子が誰を指すのかも。ただ相変わらず話の筋は見えないままだけど。


「自分でもわからない。でもまだ答えは出せそうにないのは確かだよ」

 できるだけ思わせぶりなセリフでその場を乗り切ろうと僕は心にもない言葉を並べた。


「ふーん! まったく有はいっつもそうなんだから。でも……答えが出たらちゃんと教えてね。ちゃんと受け止めるから」


「わかった」

 僕がそう返事をしてからは会社に着くまで車の中を沈黙が支配した。それは車を降りて会社に入るまで続いたが、不思議と嫌な沈黙じゃなかった。それは僕が事情を何も知らないからなのかもしれなかったが、確かに居心地の良さのようなものを感じた。


 受付で許可証をもらうと僕はそれを首からかけて会社の中に入った。話しかけると受付の子は許可証なんてとんでもない!という感じだったが僕は普通に許可証を求めると今度はちゃんと渡してくれた。そしてそのあとは千夏は僕をパソコンが何台も並んだ部屋へと連れていってくれた。


「それじゃあ私は別の仕事があるから。作業が終わったらまた連絡して」

 千夏はそう言い残すと返事をする間も無くスタスタと何処かへ行ってしまった。そこで僕は早速目的を果たすことにした。もちろんシステムの問題云々はまったくの嘘だ。というかそんなシステムのこと、今の僕には知りようもない。ただ僕は情報が必要だったから、OTE内部から閲覧できる情報を確認したかったのだ。


 千夏のおかげでまんまとその企みは成功したわけだが・・・あれ?そういえば千夏がここで働いているぐらいだからてっちゃんもいるとばかり思っていたんだけど。さすがにてっちゃんは違うところで働いているのか。


 僕はその部屋のパソコンから内部の情報にアクセスした。

 

『OTE設立史

OTEは一人の数学者が残した公式によって引き起こされた時間移動問題を調停、管理するべくして立ち上げられた会社である。

 20■■年、数学者四ノ宮埃が証明した通称「定理I」によって時間軸を移動することが可能ということが証明された。そして理論上可能とされた時間移動は実際に5年後には実現された。というのも時間移動に必要な技術の高さがすでに到達可能なところに来ていたのも大きな要因ではあるのだが。

 そうして実現された時間移動だが、当然問題は浮上した。そう、時間移動を利用した犯罪である。予想された問題であったため、時間移動、いわゆるタイムリープの技術が確立されるまでにその問題を解決するための会社が設立された。それがOTEであり、時間移動による犯罪を未然に防ぐことがOTEの存在理由であり役割である。

 OTE設立に技術面で大きく貢献したのは技術者である白波瀬有であり、設立メンバーである高崎千夏や前橋哲也らとともに時間犯罪の防止に貢献した。』


 それは想像以上に身の回りのことでしかなく、出てくる名前がこぞって見知った名前だったのは予想外だった。続きを読んでいくと、どうやら、千夏は現在OTEのCEOをやっているらしい。


 またOTEは全国、海外に渡って活動しているらしく(多様性があり過ぎるであろう時間犯罪を防ぐためというのだから当然といえば当然だが)、てっちゃんは海外との連絡役であり、海外に引っ張りだこのようだ。


 何か夢のような情報が次から次へと出てきて目の前がくらんだ。しかし、次に目に入ってきた内容は一気に僕を現実に引き戻しふわふわした気分を吹き飛ばした。


『20■■年 数学者四ノ宮埃を殺害し、唯一OTEの手を逃れていた組織「リンシャオ」の時間移動を阻止。同組織機動隊により壊滅。』


「四ノ宮埃を殺害・・・!?」

 思わず声に出ていたが一人なので問題はない。それよりもその内容だ。


『「リンシャオ」は中華系マフィアの組織であり、世界中で様々な悪事を働いてきた組織である。時間移動ができるようになり、自分たちの悪事が防がれることを恐れ時間移動によって彼女を殺害した。それはOTEが唯一防ぐことができなかった事件であったが、技術者白波瀬有をも殺害せんと時間移動をした際、それを検知したOTEはそれを阻止。また抵抗した組織は機動隊によって壊滅した。四ノ宮埃を救えなかった理由に関しては明らかになっていないが、おそらく歴史には変えることのできない収束点のような事実がいくつかあるということがこれまでの観測で明らかになっているため、そういった類のものではないのかと予想されている。』

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