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ドラゴン娘、罪を背負う

 雪原の銀世界はほぼ一掃され、まだらな荒野へ変わった。

 分厚い雲も欠片一つなく吹き飛んだ。


 青空の下、全身から白い煙をあげて沈黙する黄金龍。

 あちこちに痛々しい傷を負った彼女は、再生する兆しを見せない。


 そんなファブニルの足元に、小さな人影が転がる。


「……魔力の八割を使っても、消滅には至らなかったか」


 角も羽根も無い人型へ変身したレナが、地面に横たわって呟く。

 ボロ布を纏った彼女は、息を切らしつつ空を見上げる。


 巨大な影を落とすファブニルの骸を瞳に映し、彼女は涙を浮かべた。


「貴様は立派な王だ、ファブニル。同胞であるドラゴンを全て退避させ、龍の背負う罪をその身で全て背負おうとしたのだから」


 レナの言葉に、ファブニルからの返答はない。

 ドラゴンとして一人この世界に取り残された彼女は、浮かべていた涙を零す。


 次第にファブニルの肉体は、砂のように朽ち果てていく。

 それを見上げるレナを、もう一つの大きな影が遠くから見つめる。


 雪原に住まう伝説の銀狼――フェンリルである。


『全く、とんでもないことをしてくれたねぇ』


 彼女が姿を現すと、再び空に雲が立ち込める。

 朽ちていくファブニルの肉体と、倒れ果てたレナの身体に、真っ白な雪が降り始める。


 観察するように目を細めたフェンリルは、言葉を漏らす。


『お前さんは金色の龍の尊厳を守ることができたかもしれない。でも、その罪を背負いきれるのかい?』


 言葉のうちにも雪は降り積もり、一面を銀世界に変える。

 そんな中、雪の中から身を起こし、姿を現すレナ。


 同時に彼女の目の前に、ファブニルの肉片が落下する。

 レナは思わず見上げるが、そこに先程まであった巨体は完全に朽ち、消え果てていた。


 黄金の鱗が残る肉片に、レナは駆け寄って触れる。

 そこから感じる温もりに、彼女は何かを察す。


「完全に死ねてはいないのか……こんな姿になっても……」


 ファブニルを抱きしめ、大粒の涙をながすレナ。

 意思を失い、再生できない体になっても、彼女の力は健在であると理解する。


 ファブニルの背負うはずだった罪を、彼女の命ごと奪い取ったレナだったが、後悔はすぐに訪れた。


 ファブニルが守ろうとしたものは、人間の未来。

 引き換えレナが守ったものは〝ファブニルの理想像〟。


 彼女は現実のファブニルを殺してまで、自分の中のファブニルを守ったのである。


「ただの自己満足ではないか……っ!」


 苦しそうに呟き、うずくまるレナ。

 しかし後戻りはもうできない。


 雪の中で立ちあがった彼女は、夜通し歩いて山の中にあった目立つ岩の下へファブニルの残骸を埋葬する。

 振りかえると、その姿をフェンリルが見ていた。


 レナは彼女に礼をすると、翼を広げて告げる。


「……背負いきってみせる。何千年経とうとな」


 フェンリルの言葉は、彼女の耳に届いていた。

 少女の姿の龍を見る銀狼は、何も語らずにうなずく。


 するとレナは、ファブニルの遺体を彼女に託すように頷き、翼を広げてその場を飛び立つ。

 上空へ昇るにつれ、龍の姿を取り戻すレナに、フェンリルは呟く。


『いつかその術を教えて欲しいもんだね。レナーズベルグ』


 フェンリルはそう漏らしながら、飛び立つレナを見送った。


 *


 それから数日かけて、力のほとんどを使い果たしたレナは、世界樹の町へ訪れた。


 現在よりも広く大きく発展していた町――当時〝国〟であった場所は、瓦礫の山と化していた。

 唯一無事な巨大な木、世界樹が都市の跡に影を落とす。


 瓦礫に降り立ち、レナは周囲を見回す。

 しかしその地に人の気配は一切無い。


 瞬間、人間たちの全滅を察したレナが俯いた時だった。


「――お前か、世界に火を放った者は」


 背後から聞こえた何者かの声に、レナは振り向く。

 世界樹を背にしてそこにいたのは『リベイルケイン』を持った一人の男と、彼の遠くから見つめる無数の人々、数多の動物やモンスター達だった。


 彼等の期待を背負った男は、硬鞭の先をレナへ向ける。


『貴様は確か、時折我等に攻撃していた……』


「俺は「太陽の王」。その通り、各地で暴れるお前達を追っていた者だ」


 彼の姿は、レナも見覚えがあるものだった。

 世界じゅうで被害を出すドラゴン達を止めるため、その討伐に立ちあがった、最初は名も無き英雄だった男だ。


 男は敵対心をむき出しにしてレナを睨む。

 いっぽうで安堵したレナは、それを隠して告げる。


『世界を焼き焦がす我が炎から、どのようにして逃れた?』


「あの木のおかげだ」


 親指で世界樹を指し示す男。

 世界樹の力で地下に生まれた空間に、世界各地の人々や生物は身を隠し、炎の難から逃れることができたのだ。


 しかも世界樹は、あらゆる植物を貯蔵している。

 数度地上が焦土と化しても、世界樹が大地を再生させ、三日で自然を元の状態に戻すことのできる、生物にとっての最後の砦であった。


 当時の技術を用い、数は少ないが世界全土に植樹された巨木。

 ファブニルの策略どおり、人類は身を守る手段を完成させたのだ。


「俺たちは生き延びた……だが世界を破壊したお前達を、俺はゆるせん!」


 男の声にレナは反応し、顔を上げる。

 太陽の王は英雄然として彼女を鋭く睨みつける。


『許せん、だと……?』


 誰もが見上げる巨体から、誰も聞こえない小さな声をもらすレナ。

 しかしレナは、自身の中で渦巻く感情を飲み込み、ファブニルから奪い取った罪を遂行する。


『許されなくて結構! さあ来るがいい……貴様が我を止めねば、我はもう一度、世界を燃やしてくれようぞ!』


「ッ……うおおおぉぉぉぉッッッ!」


 怒りをむき出しにした太陽の王が、レナと衝突する。

 正面からぶつかり合い、戦いを繰り広げる両者。


 人とは思えぬ圧倒的な力に、レナは本気で男と命の奪い合いに興じながら、内心で呟く。


(これでいい……さあ、我を倒せ。世界を救え……!)


 悲壮のあふれる覚悟を決め、激闘を繰り広げるレナ。

 両者共に満身創痍になるなか、太陽の王は慟哭し、リベイルケインを彼女の首の裏に突き立てる――。


 *


 語り終え、レナは口をつぐむ。

 そこから先は、ハリスもよく知っている。


 人々がかつてシェルターとして使った地下空間に、レナはリベイルケインと共に封印され、千年以上の孤独を耐えた。

 ハリスが硬鞭を引き抜くことで、彼女は罰から解放されたのだ。


 全てを知ったハリス達は、各々に複雑な顔をする。

 やがてリンゴは、話を反芻して涙を流し始める。


「なぜ歩み寄ろうとしなかったのですか!? 理解しあえていれば、誰も傷つかずに済んだのにっ!」


「かつてのドラゴンは、今以上に恐れられていました。人との対話などできないほどに」


 感情的になるリンゴの疑問に、レナはすぐ回答する。

 彼女の素早い回答を受け、申し訳なくうつむくリンゴ。


 レナが宥めるために彼女の頭を撫でていると、ポーラも頭を下げる。


「ありがとう。辛い話をしてくれて」


「いつかは話さなければいけないものでしたから」


 彼女の返答に、ポーラはぎこちなく笑う。

 やがてレナはハリスにも目を向けるが、彼は何も言わず、全てを受け入れるような温かい表情で頷いた。


 彼の表情に救われたような感情を抱くレナ。

 しかしその時、そんな彼等を背後から呼ぶ声が聞こえる。


「こんなところにいたのかね、キミ達」


「……マスター」


 腕を組む彼に振り向き、ハリスが口を開く。

 すると彼は、静かな視線で四人へ告げる。


「ついてきてくれたまえ、悪いようにはしない」


 静かながら訴えかけるような彼の言葉に、ハリスは三人に目配せし、首を縦に振った。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

次回は2月25日(木曜日)の投稿予定です。


この作品を「面白い!」「もっと続きを読みたい!」と少しでも感じましたら、

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執筆の励みになりますので、何卒よろしくお願いいたします。

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