ドラゴン娘、選択を迫られる
金色の龍が倒れていく光景を、世界樹から見つめるリンゴ。
朦朧とする中で杖を下ろした彼女は、ぷはっと息を吐く。
「また魔力を奪われる前に、対策を……!」
リンゴはそう呟くと、目を閉じて何かを念じる。
直後、彼女の周りに魔法陣が展開された。
陣の中に描かれた文字が、白い光を放っていく。
しかしその中に、赤い光を放つ文字が数個浮かび上がる。
(この部分を改竄して、私から魔力を吸い上げていたのですか。癪ですね……!)
原因を洗い出すと、リンゴは赤文字部分に手を伸ばす。
次第にその文字列は書き換わり、同時に白い光を放ちだす。
――しかし直後、彼女の意思に反するように、魔法陣の放つ光が純白から禍々しい赤に逆転してしまう。
「な、うぐっ……!?」
驚くと同時に、苦悶の声を上げるリンゴ。
寄り添っていた研究員は、慌てて歩み寄ろうとする。
「リンゴ!」
「離れてください! 貴女の魔力も奪われてしまいます!」
振り絞るような声で叫び、リンゴはハリス達が戦う場所を睨む。
そこには頭部の半壊したファブニルが、傷を治しながら立ち上がる姿があった。
巨大な黄金龍の足元では、同じく折れた腕を再生させ、赤く輝く魔法陣を展開させるヴァイス。
彼女は世界樹を見上げながら、喜々として叫ぶ。
「もう何百回と完全復活できるぶんの魔力は奪ったけど、いっそのこと全部もらうよ!」
ヴァイスの声に共鳴し、魔法陣の放つ光は強くなる。
たかぶる力に目を細めた彼女は、剣をかかげて告げる。
「キミからもらった魔力で、ボクは夢を叶えるよ……世界樹を……」
ブツブツと呟く間、剣は赤黒い光を宿していく。
彼女の頭上では、ふたたびファブニルとレナの衝突が始まる。
刀身に溜め込んだ光を、ヴァイスは思い切り振りはらい、放とうとしたその時だった。
頭上から伸びてきたリベイルケインが、彼女の首を絡める。
バンジージャンプのように引き上げられていくヴァイス。
彼女を捉えたハリスは、再び世界樹へ叫ぶ。
「今だ、リンゴ!」
ハリスの声を受け、リンゴは残された力を振り絞る。
今にも倒れそうな体を両足で支え、大きく身体を開く。
すると次第に自分を囲む真っ赤な魔法陣は、元の白い光を放って正常化されていく。
いっぽうのヴァイスは、ハリスの手でレナの上へ無理やり引き上げられていく。
彼女の肉体が現れた瞬間、待機していたポーラが刃を振るう。
鞭が解けると同時に、首へ食い込んでいく剣。
だが切っ先はそれをたち切る寸前で、ピタリと止まる。
まるで肉が突然鋼鉄に変わったかのような手応えに、ポーラがヴァイスを睨みつけると、彼女はうすら笑って呟く。
「首の皮一枚繋がった……なんてね」
「……っ」
「良かったね、お友達を一人助けられて」
話している間に、刻まれた傷は回復していく。
首が刃を包み込むと、ポーラは前回の戦闘経験を活かし、ヴァイスを蹴って剣を無理やり引き抜いた。
二人の前には、一切ダメージのないヴァイスが立ちはだかる。
彼女はおもむろに足元へ視線を落とす。
「さっき言ってたね、この子がファブニルを倒した伝説の龍だって」
「本人から聞いたからな、ファブニルの存在が明かされる前に」
「じゃあさ、なんでまだ倒せていないんだい?」
ヴァイスが指摘すると、ハリスにも雑念のような思考がよぎる。
再生するとはいえ、ファブニルにダメージを負わせ続けるレナ。
対して黄金龍は黒龍の肉体に傷一つ負わせられていない。
体格は同じだが、能力抜きの実力はレナのほうが上である。
にもかかわらずレナは、トドメを刺せないまま。
その違和感から、ハリスも気づく。
(レナはファブニルを倒す代わりに、かつての文明を滅ぼした……)
かつてレナからも語られた、伝説の一端。
思い出したハリスが頭を上げると、先んじて気づいていたヴァイスが答え合わせのように告げる。
「倒さないんじゃない、倒せないんだよ。ファブニルを沈黙させるには、それだけの威力が必要なのさ」
導き出された答えに、ハリスは拳を握りしめる。
するとレナも顔を伏せ、全力でファブニルを弾いて距離を取ると、空を見上げて口を大きく開ける。
『グオオオオオオォォォオオォォォオォッッッ……!』
空の雲すら裂くような咆哮。
……しかしそれ以上、彼女は何もしなかった。
悩み苦しんだ末の慟哭めいた叫びに、ハリスとポーラは何とも言えない感情を顔に浮かべ、ヴァイスは逆に喜々とする。
黒龍と対峙するファブニルに、彼女は手をかざして制止すると、ハリス達へ告げる。
「――二回戦はおしまい。町の人たちは世界樹へ避難して、ボクの仲間は町を占拠した。侵攻は進んだけど、これじゃ拮抗状態だ」
「………………」
「ボク自身、今のキミたちを完全に排除する手段はないからね」
提案するように、一方的に告げるヴァイス。
しかしそれはハリス達も同じで、リンゴの異常を治せたものの、町は奪われレナは正体を晒し、勝利とはとても言えない。
互いに難航不落の強敵に、攻略手段を出しあぐねている。
しかし立場上、ほんの少し有利なヴァイスは、話の主導権を握り続ける。
「今から一日半後の夕刻、ボク達は〝ボクの目的〟を遂行する」
「それが第三回戦……いや、最終戦か」
「そうだね。君たちがボクを止めて、代わりにその黒い龍にもう一度罪を背負わせるか。それともボクを見逃すか」
二択を突きつけ、背を向けたヴァイス。
彼女は答えを聞くことなく、黄金龍へ飛び移る。
ヴァイスの着地を確認し、町へ歩きだすファブニル。
立ち尽くす漆黒の龍に、ヴァイスはもう一度視線を向けると、余裕の籠った声で告げる。
「しっかり考えて選びなよ、自分たちの背負うモノを」
*
それからすぐ、ハリス達も世界樹へ向かった。
巨大な木の麓では、あちこちに仮設テントが作られ、戦闘での傷病者の手当てや、炊き出しが行われている。
三人は人々の前に立つと、ヴァイスから告げられた猶予を語り、そして隠していたレナの秘密を簡潔に説明する。
話を聞いた彼等は、驚きつつも渋い顔をする。
そんな彼等の気持ちを汲み、マスターが代弁する。
「……ありがとう、キミたちは休んでくれたまえ。その間に我々は、キミたちの話を受け入れる」
マスターが動揺するほど、レナの秘密は大きなものだった。
再戦までに設けられた猶予は短いが、それでも受け入れるのに時間が必要なほどに。
そこから人々は、再び慌ただしく動きだす。
命を救った三人は、その波に乗れず、ぽつんと立ちつくしていた。
だがそこに、魔女帽を被った小さなシルエットが一つ、三人のもとへ歩み寄る。
「ハリスさん」
「……リンゴ、体調は大丈夫か?」
「魔力の回復に時間はかかってしまっていますが、体はピンピンしています。助けてくれてありがとうございました」
礼をしたリンゴは、頭を上げてレナを見上げる。
今まで正体を隠してきたレナは、彼女の瞳に耐えきれず、逃げるように視線を逸らす。
するとリンゴはため息を吐き、微笑んで告げる。
「なにを怯えているのですか、私たちは仲間ですよ?」
「しかし私は、本当は恐れられるべき存在で、にもかかわらず皆様を騙していて……」
「隠していたのは残念でしたが、少なくとも私はそれだけです」
励ますようなリンゴの声に、レナは視線を落とす。
するとリンゴは、ハリスが時折見せる笑みに似た表情で、彼女に告げる。
「今はみんな、伝説に知ったレナさんより、共に過ごしたレナさんのほうが良く馴染んだ存在だと思いますよ。だからきっと、受け入れてくれます」
「……そうですかね」
不安げなレナの声に、リンゴは強くうなずく。
彼女はそのままレナを見つめ、一つの願いごとをする。
「だから、もっと教えてください。あなたの本当の過去を」
重々しくも優しいリンゴの声。
それはレナにとっては苦い過去かもしれないが、何よりファブニルを倒すには必要な情報であった。
戸惑うレナだが、ハリスとポーラも深くたのみ込む。
彼等の意思に堪忍したレナは、深く息をついて頭を上げると、か細い声をもらした。
「……一度、静かな場所へ移りましょう。ここでは落ち着いて話せませんので」
レナのささやかなお願いを聞き、頷いた三人は、慌ただしい人々の喧騒から少しだけ離れることにした。




