モンスターテイマー、劣悪パーティの魔術師に別れを告げる
あっという間に一日をまたぎ、出発の日の朝。
準備が整ったハリス達の部屋に、慌てたポーラが飛び込んでくる。
「ごめん! 寝坊した!」
息を切らすポーラの格好は、髪型や装備が大きく乱れた、彼女の言葉も納得の姿。
その見た目に、リンゴは自身の腰に手を当てて注意する。
「全く、もっとしっかりしてください。勇者なんですから」
「ホントにごめん! 早くに起きちゃって、二度寝したらつい!」
ぺこぺこと頭を下げるポーラの格好を、リンゴは軽く正していく。
見かねたレナも、宿に備えられた櫛を取り、彼女の髪を整える。
リンゴの言うとおり、二人に面倒をみられる情けない格好を晒すポーラに、ハリスは腕を組んで告げる。
「まるで王様だな、至れり尽くせりじゃないか」
「ごめんね、お仲間の手なんか借りちゃって」
「レナ達が好きでやっているのだから、俺は否定しない。ただ、お前は少し謝りすぎじゃないか?」
「ごめん……」
直後に返ってくる返答に、ハリスは柄にもなく噴き出して笑う。
謝りグセとも言えるポーラのそれが、根深いものだと理解しつつ、すっかり身だしなみの整った彼女の姿を見る。
そんな彼女の前で、リンゴが一仕事終えたように汗を拭う。
「ふぅ。今度からは気をつけてくださいね?」
「うん、ありがとね」
感謝を告げるポーラに、リンゴは満足げな笑みを浮かべる。
二人のやり取りを見たハリスは、彼女達の関係性の変化をだいたい察しつつ、わざとらしく尋ねようとする。
「リンゴ、いつの間にポーラとそんな仲良くなったんだ――」
しかしその時、彼の問いかけを遮るように、ドアがノックされる。
四人が顔を見合わせたあと、代表してレナが扉を開け応対にあたった。
扉の向こうにいた宿の主は、彼等に向かって伝える。
「宿の外に、お客様に会いたいとおっしゃる方がきておりまして」
「私達に、ですか?」
「いえ、ハリスという方に、モノと名乗る魔法使い風の女性が」
宿番の語るその名前と特徴に、ハリス達はハッとした。
*
宿のチェックアウトを終え、四人が外に出ると、話どおりにモノはいた。
出てきた彼等に気付いたモノは、組んでいた腕を下ろす。
「あ……どうも」
少し会釈すると、コートの襟で隠れた口元に貼られた、白い布がチラリと覗く。
リーダーに殴られた跡は残っており、未だ完治していなかった。
それもあってか、暗い様子のモノに、ハリスは軽い口ぶりで話しかける。
「改まりすぎだ、『どうも』はないだろ」
「……って言っても、アンタ以外はほぼ初対面みたいなモンだし」
「屯所の事情聴取の時に会っただろ、気にするな」
柔らかい態度で接するハリスのおかげで、モノも少しだけ軟化する。
そこに、後ろから一歩前に出たレナが、心が近づいたついでに尋ねる。
「あのパーティにいて、何故あなただけが、ハリス様の実力を理解していたのですか?」
鋭い質問に、顎に手を当てて考えるモノ。
彼女の様子は答えを探しているというより、既にその回答は知ったうえで、それをどう伝えるかを思案しているようだった。
やがて何か決まったのか、彼女は少し目を伏せて語りだす。
「私だけじゃない、アイツ等も理解はしていた。ただ受け入れなかっただけ」
的を射る解答。彼女の言葉に、ハリス以外の三人は思わず息を飲む。
モノは彼女達の反応も見ずに、補足するように口を開く。
「長いコト一緒にいれば、誰だってどんなヤツかは理解できる。ただ、それを受け入れるかどうかは、結局はその人次第なんだよ」
「………………」
「受け入れられなかったんだ、アイツ等は。だから明らかに強いハリスを、自分たちの中で弱いって無理やりランク付けしたんだよ」
清々しい表情で、モノは四人にぶちまける。
彼らから解放され、溜め込んでいた愚痴を一気に解放したようであった。
ただし、そんな哀れな彼等に付き合っていたモノも、何も失わずに自由を得られたわけでは無い。
それを指摘するように、今度はポーラが尋ねる。
「あなたの冒険者ライセンスも失効になっちゃったけど、大丈夫なの?」
「まあお金は貯まったからね。もう少し融通は効いてほしかったけど」
「……ゴメンね」
謝るポーラに、モノは「いいのいいの」と返事する。
二人の会話どおり、被害者であるはずのモノだったが、劣悪パーティに所属したままであったため、連帯責任としてライセンスを失ってしまった。
それでもモノは少し楽観的で、浮かれたまま語る。
「といっても、依頼やクエストで報酬をもらう権利が無くなるだけで、魔術が使えなくなったワケじゃないからさ」
するとモノは、ハリスの顔を覗き込む。
「せっかくだし、アンタ等の旅にでも付き合おうかな。荷物持ちでもいいから」
彼女の提案に、女性三人は興味深そうに瞳を輝かす。
新たな戦力の増強に、レナはハリスの顔を見るが、彼は渋い顔をしていた。
すると彼は、その顔のままモノに告げる。
「いや、お前は必要ない」
「……何でさ」
不満そうに告げるモノ。
レナ達もハリスの意外な反応に驚くが、彼は言葉を続ける。
「お前には、他にやるべきことがあるはずだ。目標金額まで貯まったんだろ?」
「そうだけどさ、アンタには恩もあるし」
「恩? それなら今回の一件は、俺にあの時、クエストを譲ってくれた恩返しだ」
ハリスがそう言った瞬間、モノの脳裏に、世界樹の町で最後に出会った時の記憶がよみがえる。
彼女にとっては罪滅ぼしに渡した、ありふれたクエストの一つでも、ハリスはこれでレナと出会い、新たな生活を踏み出した。
ハリスはその恩を清算するように、再び口を開く。
「折角なんだ、自由に生きろ。俺たちの知らない世界で」
後腐れなくハリスは告げ、レナ達を連れて歩きだす。
かつて自分が投げた言葉を彼から返され、モノの瞳は少し潤む。
だが彼女は涙を振り払い、彼等の背中に呼びかける。
「お金の使い道とか、聞かなくていいの?」
「――知らん、勝手にしろ」
何も聞かず、自分と同じ自由を与え、去っていくハリス。
彼はモノのほうを見ず、軽く手を上にあげて振る。
それを別れの挨拶に、モノは町に一人残される。
孤独に街道へ佇む彼女は、コートの懐から一枚の撮影魔術用の紙を取り出し、眺める。
モノと、彼女によく似た病床につく少女の映された紙に、彼女は清々しい笑顔を浮かべる。
「そうね。この子を助けたら、私も自由にさせてもらうよ」
――いっぽうで、自由を与えたハリスもまた、心が晴れたように歩を進める。
彼の瞳には、『フェンリル』が住まう霊峰が、遠く青空の下に広がる景色を映していた。
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